おまんじゅう海竜?
すごい悲鳴を上げた海竜は、頭を反らせて空に向かって吼えた。
それから、全身をくねらせて震えた。苦しんでる。
かわいそう。
これで逃げてくれればいいけど……。
「アスナ、見ろ、コイツ様子が変だぞ」
オルさんがわたしを振り返らずに言う。
様子が変って、そりゃ尻尾を切り落とされちゃったら痛いよ。
そう思ったけど、よく見たら、確かになんだかおかしい。
海竜の見た目がどんどん透き通っていって、トゲがなくなって、見た目がつるつるになっていく。
「なにこれ……」
「さあな。でも、殺気が消えた。たぶんだが、コイツはもう襲ってこないんじゃないか?」
「えっ」
そうだったらいいなぁ。
わたしたちが見守ってる中で、ゴツゴツでトゲトゲだった灰色の暴れ海竜は、つるんとした薄い水色の首の長い恐竜になっちゃった。目は真ん丸で、口はへにょんとしてる。
「かわいい~!」
『ぴきゅ~』
鳴き声までかわいい!
つるつるぷにぷになった海竜は、わたしたちを見ると嬉しそうな声を上げた。
「見て、オルさん。あの子、こっち見て笑ったよ~。おいで~!」
「お、おい、アスナ……」
「大丈夫だよ。だって、もう何もしてこないんでしょう? ほら、静かに泳いでるよ」
「そりゃそうだけど……」
オルさんはまだ剣を持ったまま困り顔だ。
「ほらほら、剣をしまって。怖がらせちゃう!」
「う~ん」
オルさんは渋い顔をしたけど、結局は剣をしまってくれた。元々は、オルさんが「襲ってこないかも」って言い出したんだもんね。
「ありがと、オルさん」
「うん。ところであの海竜、急に変わったよな。やっぱ、尻尾の先っぽを切り落としたことが原因か?」
「そうかもね。あのハンマーっぽい部分、なんか黒ずんでたし。もしかして、そのせいで暴れてたのかも……」
「それじゃ、これって丸く収まったってことでいいのか?」
『きゅ~~!』
わたしの代わりに海竜が返事をした。これにはオルさんも苦笑い。
でも、これで海の脅威もなくなって、海竜も死ななくて本当によかった。
それにしても、この海竜、何かに似てるような……。
「あっ!」
「どうした、アスナ」
「この子、すっごく……水まんじゅうに似てる!」
「なんだ、その、ミズマンジュウって?」
「わたしの世界のお菓子。柔らかくって、つるつるで、夏になると食べたくなるの。中に甘い餡子が入ってるんだよ~」
「アンコ?」
オルさんはさらに首をひねった。
う~ん、餡子の説明は長くなるから、また今度ね。
『ぴっきゅ、ぴきゅきゅ~』
「あれ、どうしたのかな? オルさん、この子、何か言ってる」
「そうだな。……俺たちをどこかに連れて行きたいのか?」
「えっ、オルさんわかるの?」
「いや、なんとなく。おい、マンジュウ、向こうに行けばいいのか?」
『きゅ~~!』
「はは、来いってさ」
「すご~い!」
暴れ海竜改めおまんじゅうちゃんは、オルさんの言葉にウンウン頷いていた。
ここからなら、すぐにジルヴェストに戻れるけど……。
「アスナ、コイツについて行ってみようぜ」
「それは、わたしだってそうしたいけど……いいのかな」
「だって、この機会を逃すと、もう会えないかもしれないぜ? それに、コイツが本当にシャリアディース様のものなら、帰る場所はきっと……」
「シャリさんのとこ! じゃあ、そこにはジャムも?」
「ああ、たぶんな」
おまんじゅうちゃんは「早く早く」って言ってるみたいに、ちょっと進んだところからわたしたちを何度も振り返っている。行くならきっと、今しかないんだ。
「行こう、オルさん! きっとその方がいいよ」
「ああ、行こう!」
『きゅっきゅ~~!』
ふたりと一匹で青い海を進んでいく。風は気持ちいいし、お天気も良くてトラブルなし!
キラキラしてる波の合間にお魚が跳ねてたり、鳥たちが鳴いてたり、気分は晴れやかだ。
「アスナ、魔力のほうはどんな感じだ?」
「まだまだ満タンにはほど遠いから平気だよ」
「そりゃよかった。……もし、行きついた先に陛下がいるとして、アスナ、カップで待っててくれないか?」
「!」
言い出しにくそうにしながら、オルさんはわたしにそう提案してきた。この先にジャムがいたとして、わたしたちの「帰ろう」っていう誘いに乗ってくれるとは限らない。
もしくは、ジャムが帰るのをシャリさんが邪魔するかもしれない、水の精霊シャーベットさんが邪魔するかもしれない。
だからと言って諦める理由にはならないから、もしかしたら、戦いになるかもしれない。お父さんであるマフィンさんに「シャリアディースを斬れ」と命令されたオルさんは、もしかしてそれを実行するつもりなの……?
オルさんの持つ剣は「精霊殺し」、精霊を引き寄せるっていう効果があって、もしかしたらシャリさんもあの剣には逆らえないかもしれない。
発見された手記にあったように、アイツの目的が良からぬことなら、ジャムにひどいことをするようなら、オルさんはシャリアディースを斬り捨てちゃうつもりなの? 本当にそれでいいの?
「わたしも、一緒に行く!」
「アスナ……」
「嫌だよ。わたしも連れて行って」
「けど……」
「お願い」
オルさんは少しの間、黙って難しい顔をしていた。
わたしはただ、じっとオルさんから目を逸らさずに待つ。
「わかった……、一緒に行こう」
「ありがとう!」
心から納得してくれたワケじゃないと思うけど、オルさんはわたしが一緒に行くことを許してくれた。
『ぴっきゅ!』
おまんじゅうちゃんが鳴く。
遠くに、キラッと光るものが見えた。
「オルさん、アレ! もしかして!」
「ああ。氷の城だ」
ジャムのいるかもしれない、氷の城がもうすぐそこに見えていた。




