お城への招待
朝、ドアを叩く音で目が覚めた。
「おはよう、アスナ。準備できたら下で朝食にしようぜ」
「う〜〜〜ん、わかっ、たぁ〜〜」
いつも朝は蜂蜜くんに起こされたり、逆に起こしてあげたりしてたから、この状況にはまだ慣れないなぁ。わたしはベッドから降りて支度を始めた。
「アスナに色々、伝えなきゃいけないことがあるんだけどさ、何から言ったらいいのか……」
「えっ、なに? ジャムが見つかったわけじゃない、よね。やっぱり。じゃあ、一番大事なことから教えて」
一瞬、「もしかして」って思ったけど、オルさんの表情からすぐに察した。
そんな都合のいい話なんてないよね~!
オルさんはひとつ頷くと、何でもない表情でとんでもないことを言い出した。
「アスナを起こす前、部屋に手紙が届いたんだ。女王陛下が謁見を希望してるとかで、王宮まで来いってさ」
「えっ」
「何なら、服とかも用意するって。昼食会だってさ」
「ええっ!?」
今何時!?
八時四十分! 急がないといけないんじゃないのっ!?
「オルさん、ゆっくりしてる暇ないよ! 早く支度しなきゃ!」
「でも、昼食会だぞ?」
「お城までどのくらい時間がかかるかわかんないし、それに、服とか用意するの大変じゃん!」
「そうか? 俺はべつにこのままでいいけど」
オルさんが良くてもわたしは良くない!!
朝ごはんを切り上げようってお願いすると、オルさんは不思議そうな表情をしながら頷いてくれた。わたしも急いでグラスの中のオレンジジュースを飲み干す。
「それで、どうやってお城のひとと連絡とるといい?」
「ああ。王宮の使いなら、すぐそこにいるぞ」
「ええっ!?」
オルさんが目線で教えてくれた方向を見ると、優しそうなお爺さんが壁際に立ってて、振り向いたわたしに深くお辞儀した。
「ずっとあそこにいたのっ?」
「ああ。待ってるって言って」
「早く教えて……」
小声でオルさんに聞くと、何でもない顔でそう言われた。
もうっ、オルさんてば! 落ち着きすぎ!
執事っぽいお爺ちゃんに連れられて、馬車でお城まで行く。ドレスはその途中でお店に寄って、たくさん用意されていた中から選ばせてもらった。そこでお直しして、ついでにお化粧も。お城についたときには時間ギリギリだったから、やっぱり早く行動して良かった!
「けっこう、時間がかかるもんなんだなぁ」
「そうなの。しかも今回はお直しがすぐすんで助かったけど、もしどれもダメだったら、わたし、私服のままだったよ!」
「そういうものかぁ」
「ご婦人方のドレスというものは、例えて言えば貴方様の鎧一式と同じく、よりよく能力を発揮するためにはオーダーメードが一番でございますれば、急場であるにもかかわらず完璧な美しさを装われていらっしゃるお嬢様の素晴らしさにはまさに感服といった次第でございます」
「へぇ〜」
ゴメン、執事さんが何を言ってるのかサッパリだ!
きっと褒めてくれてる……んだよね?
オルさんもわかってるのかわかってないのか、って感じだった。
そして、お城につくとすぐに中に案内された。豪華な庭、豪華な廊下、そして豪華な食堂。お花と果物がたくさん飾られた長細いテーブルの端っこに、女優さんみたいに綺麗な女のひとが座っていた。
「妾はワフアル、この国の王である。よく参られたな、客人よ。委細構わぬ、楽にせよ」
クリームくんと同じ薄いクリーム色の金の髪、そして瞳は金色、真っ赤な唇のそのひとは、自分をギースレイヴンの王さまだと言った。つまり、クリームくんのお母さんだ。
若い! それに細い!
十歳すぎた子のお母さんには見えないよ。まだ二十代だよね、きっと。
思わず女王さまに見とれているわたしの横で、オルさんがマントをバサッとして深くお辞儀した。わたしもそれにならう。
「ギースレイヴンの偉大なる国王陛下に拝謁が叶いましたこと、真に有り難く、身に余る光栄と存じます。私はジルヴェストに仕える若枝の騎士、オールィド・ドゥーンナッツ、そして私の横におりますのはジルヴェスト国王の婚約者でございます」
「アスナ・クサカです」
「危難の折り、王太子殿下にお助けいただきましたこと、また、惜しみない援助をいただきましたこと、厚く感謝申し上げさせていただきます」
なんて言ってるのかチンプンカンプン再び!
でもきっと、「お会いできて嬉しいです、助けてくれてありがとう」ってことだと思う。
「……よい。ところで、そなたらの持つという、我が子クリエムハルトの手になる許可証とやら、見せてはくれぬか? 異邦の騎士殿?」
女王さまの言葉に、オルさんは例のバースデーカードみたいな許可証を取り出して、執事さんに預けた。女王さまはそれを手に取って、見て、それからオルさんを見た。
「確かに、これはクリエムハルトの書いたもの。しかし、疑問は残る。なぜ、そなたらにここまでの厚遇を与えるのか。妾は知りたい」
「わかりません」
「……なに?」
「ですが、おそらく、我々が王太子殿下と交わした約束と関係があるかと」
「その約束とは?」
「申し上げられません。私は、王太子殿下とお約束いたしましたので」
オルさんはニヤリとした笑顔を浮かべてそう言った。
大丈夫かなぁ、そんなに挑発して……。
女王さまはここで初めて声を出して笑った。
「ふっ、ははっ、そうか。国主たるこの妾が申せと言っておるのに、そなたは答えぬと?」
「はい。申し上げられません。どうしても内容をお知りになりたければ、この場に王太子殿下をお呼びいただく他ありません。私たちはいつまでも待ちましょう」
えっ?
えっ!?
そうなの!?
なんか、ふたりとも笑顔だけど、睨み合ってる?
今、どんな状況? 大丈夫?
わたしは心臓バクバクでふたりの答えを待った。
女王さまは前のめりだった姿勢から、元の椅子に深く腰掛ける姿勢に戻って、優しい微笑みを浮かべた。
「すまなんだ、異邦の騎士殿。おせっかい焼きな母親の、つまらん横槍であった。王太子とはいえあれはまだ十二、対等な関係を結べているのかと、少し心配になったのよ」
そっか!
女王さま、王子さまを心配してたんだね。急に外国の人間を王都に入れて、好き勝手させてたらそりゃお母さんとしては気になるよね!
「当然の心配りです。気にしておりません」
オルさんの言葉に、わたしもコクコク頷く。
女王さまはさらに笑顔になった。
「マナの実も、そなたたちから譲られたものと聞いている。それなのに、このような態度を取ったこと、真にすまなかった。改めて妾からも、そなたらの来訪を歓迎しよう。遠慮なく、何なりと希望を申すがいい」
「では……」
オルさんは真面目な顔をして口を開いた。




