晴れやかな朝
朝になって、わたしはオルさんに起こされた。
昨日は結局、あれからすぐに寝てしまっていた。しかも一度も起きずにグッスリ!
「……おはよ、オルさん。わたし、邪魔じゃなかった?」
「おはよう。ちっとも気にならなかったぜ」
「そ、そう? よかった」
あんなふうに恋人同士みたいな距離で添い寝しちゃって、しかも泣きながら寝ちゃったし、かなり恥ずかしい。
でも、オルさんの様子がいつも通りだったから、わたしもすぐに落ち着くことができた。顔を洗って、歯を磨いて、用意されていた服に着替える。
オルさんはそれに、鎧をつけて腰に剣も提げていた。
いつも思うけど、すごく重そう。あれ着て全力疾走できるって本当かなぁ。
「どうした、アスナ」
「ううん、なんでもない」
見られていない角度から様子を窺ってても、オルさんにはバレちゃうみたい。……つい、視線が行っちゃうの、直さないとね。
それからすぐ、朝食に呼ばれた。
食堂でもう一度王子さまに会って、許可証をもらう。新鮮な卵を使ったオムレツや焼きたてのパンをいただいて、食後にはハーブティーを飲みながら、色んなことを教えてもらった。
千年前、この国から魔力を奪ったシャリアディースは、そのとき、王子さまをふたりも拐ったこと。それから、二百年くらい前には、海に暴れ海竜を放ったこと。そのせいで、ギースレイヴンの船は二度と海に出せなくなって、貿易とかもダメになっちゃったんだって。
「何してんの、アイツ!」
「我々がどうしてシャリアディースという人物にここまで執着するのか、これでわかってもらえるだろうか」
わかる!
わかるよ!
「まさか、本当に千年も生きてるのか……? 俺はてっきり、それはただ子どもをビビらすための作り話で、誰かがその名前を引き継いでいるんだと思ってた」
オルさんが驚いたように言う。
確かにそういう考え方もあるけど、シャリアディースに関してはそうじゃないと思う。
だって、アイツ自身が千年もあの国にあった結界を作ったって言ったし、明らかに人間じゃないステータスだったし。
「千年、生きてるよ。アイツ。自分で言ってたもん。それにしたって、何の目的があるんだか」
王子を誘拐したり、あの危険な恐竜を海に放置したり!
ジルヴェストでは結界を張って皆を閉じ込めて、約束の千年王国がどうたら言ってたよね。
わたしとジャムを結婚させて、新しい歴史を作るとか。
アイツにとってそれがどんな意味を持つのかわからないけど、その目的を達成するためには、ジャムと一緒にジルヴェストに帰ってくると思うんだけどなぁ。
「ヤツの目的など、どうだっていい」
クリームくんのものすごく冷たい声にドキッとする。
この顔は、めっちゃ怒ってるなぁ。
「この土地を穢して約千年、そして、二百年前には海を荒らして海運で栄えていたこの国から船を奪った! 造船の技術も廃れ、暴れ海竜は討伐できず……だが、そんな敗北の歴史もこれで終わりだ。あの海竜は間もなく討伐する。俺様が作らせた新兵器でな」
「新兵器!?」
「……可能なのか? その、船とやら、もうないんだろ? 海岸にもそんなの見えなかったぞ」
「そういえば!」
オルさんの冷静なツッコミに、クリームくんは苦い顔になった。
「それは……だが、船がなくともあの怪物を攻撃することは、できる」
「確かに。相手が不死でなきゃ倒せる。俺も、目の前で見たんだが、たぶん次は倒せる」
「えっ」
思わず声が出ちゃったよ。
オルさん、アレ、倒すつもりなの……?
「倒せるものなら倒してほしいところだ。それなら、また、海に出ることができる」
「やるだけやるさ」
オルさんはそう言って笑った。
「後は、かのシャリアディースから魔力を取り戻せれば完璧だ。それならもう、ジルヴェストと対立する理由もない」
「今、俺の国には魔力がないから旨味もないしな」
「ああ。できればこれを機に、友好的な関係を結んで貿易をしたいところだ。……ドゥーンナッツと言ったな、貴殿が使者に立ってギースレイヴンとジルヴェストの間を取り持ってくれないか。もちろん、まだ打診というだけの話になるし、それも海竜を討ち滅ぼしてからにはなるのだが」
「……そのお話、喜んで承ります、王太子殿下」
「うむ。よろしく頼んだ」
ん〜、なんかチンプンカンプンなんだけど……。
つまり、「障害がなくなったらお互い仲良くやろうね」ってことでいいのかな?
「王子さま、魔力はもういいの?」
「いいわけない。このままだと土地は枯れたままなんだ」
そりゃそうか。
「だが、シャリアディースひとりの問題をジルヴェスト全体に押しつけるのはいかがなものかと思っただけだ。アイツを見つけたら、魔力を返すよう説得してくれる話だったろう?」
「あ、うん」
「お前たち、いや、ドゥーンナッツ殿に免じて他より良い待遇での盟約を結ぼうとしているのだ。そのための前提条件は充たしてもらわなければならない。
もちろん、こちらもそのための協力は惜しまないし、許可証もこの通り、発行しておいた」
「ありがたく頂戴します、王太子殿下」
「ありがとう、王子さま。それじゃ、わたしたち、そろそろ行くね」
「ああ」
手渡されたのは、バースデーカードみたいな二つ折りの固い紙だった。表には紋章が描かれていて、中身はサインと『できうる限り最大の援助を。無条件で上限なく行うこと』って書いてある。
よくわかんないけどすごいね。
「……なんて書いてあるのか、字が読めん」
「えっ、そうなの? 後で教えてあげるね」
オルさんがわたしだけに聞こえる声でそう言ったから、わたし同じようにささやき声で返した。
「それでは、良い旅路を。貴殿らの目的が無事に達せられることを祈っている」
「ありがとう! あ、そうだ。ジルヴェストに帰ったあと、よかったら、シャリアディースに拐われた王子さまのこと、調べておくよ。ほら、その後どうなったのか、知りたいじゃない?」
わたしの言葉にクリームくんも頷いた。
「ああ、そうしてくれ。無理にとは言わないが。王子たちの名は、オースティアンとコーンスタンスだ」
「!」




