添い寝
鎧を脱いだ、お風呂上がりのオルさんは、いつもとはまるで別人みたい。
前に一度、水浴びしてるとこを覗いちゃったときがあるけど、それの比じゃない。だって、あのときは窓から見えただけだし! 今みたいに隣にいるわけじゃないし!
ベッドの端っこに座って、タオルドライしているオルさん。
マトモに見ることなんて恥ずかしくてできないけど、ついついチラ見してしまう……。
いかん!
これじゃわたし、まるっきり不審者だ!
「アスナ、風呂は?」
「わ、わたしは夕方入ったから、だ、大丈夫!」
「そっか。ここ、ドライヤーなくて不便だよなぁ」
「そ、そうだね」
うう……何気ない会話も満足にできないっ……!
いくらわたしの好みの男性の範囲から外れてるって言っても、男のひととこんな近い距離で、しかもお風呂上りとかいう無防備さでいられると、心臓がバクバクだよぉっ!
どうしよう、今夜!
一緒の部屋で寝ることになるなんて~~!
「じゃあ、俺、廊下にいるから。ちゃんと寝るんだぞ?」
「うぇっ?」
「え?」
オルさんは鎧を手に立ち上がってた。
もしかして、それ着て廊下に立ってるつもりとか……。
「オルさん、鎧着るの? 廊下にいるって、まさか、ずっと立ってるつもりじゃないよね?」
「当り前だろ、ちゃんと座って寝るって」
「いやいやいや!」
ニコニコしてるけど、それはおかしい!
それはおかしいよ、オルさん!
「座って寝るなんて無理だよ! 体がおかしくなっちゃう! しかも、鎧を着たままなんて絶対反対!」
「そんなこと言ったって、警戒しないわけにはいかないだろ?」
「でも! 鍵かけておくとかじゃダメなの? つっかえ棒しておくとか!」
「けどなぁ……」
「相手がドアを開けてる間に、オルさんなら起きて迎え討てるでしょ? ね? 一緒に寝ようよ!」
「う~~~ん……まあ、そこまで言うなら……」
わかってくれてよかった!
と、思ったのもつかの間……オルさんがわたしと同じベッドで寝るつもりだっていうことに気づいて、わたしは人生で一番焦った。
「えっ、ちょ、ちょっと待って! 一緒にって、わたし、そういう意味じゃなかったのに!」
「いや、だって……」
「む、無理! むりぃ!」
「確かに狭いけど、詰めれば大丈夫だって。ほら、壁際に寄ってくれよ」
そういう無理じゃなーーーーい!
ベッドの大きさは、セミダブルかそれより大きめで、詰めればふたり横になれないことはなかった。
わたしの頭をオルさんの胸あたりに置いて、向かい合うように横向きに寝れば。
ああっ、でも、こんなの恥ずかしすぎる!!
わたしは薄い掛けシーツに顔を埋めた。
あんまりにも近すぎて、うっすら伝わってくるオルさんの高い体温や、寝息や、お風呂上がりの石鹸の匂いを意識してしまう。いや、それより、わたしお風呂入ってからちょっと時間たってるんだけど、わたしの方が大丈夫かっ!?
ううっ、いったいどうしてこんなことに……!
って、寝息? 早くない!?
顔を覆った指の隙間から覗き見ると、オルさんはすっかり寝てしまったみたいだった。
睫毛の長い、整った顔立ちをしているけど、日焼けした肌と凛々しい眉はやっぱり男のひとのもの。閉じられた瞼の下には、深い、エメラルド色の瞳がある。
こげ茶色の髪の毛は、サラサラして見えるけど、ちょっと尖って硬そうな感じ。
思わず触って確かめてみたくなる。
「……こっち見すぎ」
「きゃっ」
「ちゃんと寝ないとダメだぞ」
「オルさん、いつから起きてたの?」
「あんなに見られてたら、誰だって起きるって」
そうかな?
そんなのオルさんだけだと思うけど!
「色々、ビックリするようなことや、ツラいことがあったかもしれない。けど、今のアスナには俺がいる。今は、安全だから、ちゃんと寝てしっかり休んでくれ」
「あ……」
ポンと頭に置かれた手は、いつものように優しくて。
わたしの目にはじんわりと涙がにじんでいた。
スッと、オルさんの体が傾いて、まるでわたしを抱きしめるように大きな腕が背中に回される。
「アスナが寝るまで、こうしておいてやるから。だから、目を閉じるんだぞ。怖い夢でうなされたら、ちゃんと起こしてやるからさ」
「うん……。ありがと、オルさん」
「おう。おやすみ、アスナ」
「おやすみなさい」
わたしは、オルさんに言われるままに目を閉じた。
そうだね、今日は色々あったよね。
初めてふたりで遠出して、オルさんのお父さんに出会って。海を越えて、恐竜に襲われて、ギースレイヴンの王子さまに出会った。
その途中では、拐われたり、縛られたり、怖い目にもたくさんあって……それから、人間じゃなくなっちゃうって、言われたりとか……。
だんだん不安な気持ちが広がってきて、鼻の奥がツーンとしてきた。オルさんの手に力がこもる。そっと見上げると、澄んだ緑色の瞳が柔らかく笑った。
――大丈夫だ。
そう、言われてる気がして。
何も聞かずに側にいてくれる優しさに、わたしも今は何も言わずに、そっと涙をぬぐった。




