学園生活、はじまりはじまり?
持ってきた物は少なかったけれど、すでに部屋に運ばれていたわたしのための服や勉強道具などをひとつひとつ確認するのに手間取った。それも終えたら、部屋に戻ってきた蜂蜜くんが寮の中を案内してくれると言うので素直にお願いすることにした。
寮の大部分は当たり前だけど生徒の部屋。その他には生徒が家族や外からの友人と話ができる応接間やティールーム、遊戯室、自習室、図書室、それにお洗濯できる大きな部屋もあった。魔法で動く洗濯機だなんてすごい! ハイテクならぬマギテック?
「ところで、その、ミッチャンってなんなんですかぁ~」
「蜜ちゃん。可愛いじゃない。ミシェールって、なんとなく呼びにくいしさ」
「本名に近いから嫌なんですけど~」
「間違えてミッチェンって呼ぶよりマシじゃない?」
「そりゃそうですけどね~。あ~あ、影から見守るだけの楽な仕事だと思ったのになぁ~」
と、金髪を揺らして愚痴る蜂蜜くん。お疲れ様というか、御愁傷様というか。成人男性的に女装してまでこんなところに送り込まれるのってどんな感じか聞いてみたいけど、きっと怒られるのでやめておいた。
お昼を食べ損ねていたわたしは、ティールームで軽食とお茶をいただきながら、蜂蜜くんと色々な話をした。
「蒸し返すのは正直、嫌なんだけど。わたしに吹き矢を飛ばしてきたのはどうして?」
「そりゃ……、あのときは覗き見していたのが誰かわかりませんでしたから。意識を奪ってどこかに運んで、ちょっと記憶を弄っておこうと思ったんですよ」
「記憶なんて弄れるの? あ、魔法?」
「……企業秘密」
企業ってなによ、と思ったらこのひと暗殺者だったわ! 素で忘れてた!
「あの陰険……いえ、宰相閣下の護りはさすがに堅いですね~。貴女にかけられたその魔法、いつまで効果が続くのやらわかりませんが、身の安全は保証されたも同然でしょう」
「魔法?」
「ええ」
「そっか、さっきのあれ、魔法なんだ。ところでさ、今、シャリのこと陰険って言わなかった?」
「しゃり?」
「そそ。シャリアディースだから、シャリ。わたしの国の言葉で炊いたお米に酢をかけて味を整えたもののことよ。美味しいよ?」
「…………ぷっ! っくくくく! あははははは!」
蜂蜜くんてば笑いすぎ。やっぱこのひと、笑い上戸なんだろうなぁ。それにしても、笑うと可愛いなぁと、ちょっとだけ思ったのだった。
夕食はキャンディのネットリした視線を感じながら蜂蜜くんと向い合わせで食べ、お風呂も部屋ごとにあったので大した危機もなく。ちゃんと文字は読めるから、覚えることはたくさんあるけど何とかやっていけそうな気がしている。
誰からの贈り物なのか、苺を散らした柄の三年日記に今日の出来事を書き込みつつ思う――三年もここにいる気はない!
「ねぇ、蜜ちゃん、明かり消して…………うぎゃ!」
「ん?」
二段ベッドから下を覗くと、まさにお風呂上がりの蜂蜜くんがブラジャーを着けようとしているところだった!!
「色気のない悲鳴ですね~」
「ちょ、ちょちょちょ! なにしてんの!!」
「なにって? ああ、変装ですよ。こういう、一見どうでもよさそうな、くだらない部分から事が露見するのは避けたいですからね。仕事は完璧に、がモットーなんでぇ」
「だからって……えええぇ……?」
「……アスナ」
「はいっ!」
「こんな所、できるだけ早くオサラバしたいんですよ、ボクは。帰り道を見つけるのかそれとも諦めて誰かの嫁になるのか、さっさと見極めてくださいよ。ね?」
「はい……」
蜂蜜くんに睨まれて、わたしはすごすごと羽根布団の下に引っ込んだ。
これって責任重大だなぁ。
わたしが最初に思っていたよりずっと、わたしがここにいることで、誰かが何かしらの影響を受けているんだ。だからわたしは、ダラけてなんかいられない。のりちゃん、 由美子……わたし、頑張るから!
入学式の午後から全教科筆記テスト、その翌日から授業が始まった。筆記テストで満点取れた教科の授業は免除され、半年に一回の実技テストに合格すれば単位がもらえる仕組みなんだって。その早抜けテストは毎週末行われて、当たり前だけど、わたしは赤点ばっかり! どこの世界も女子高生ってやつは厳しいです!
「あ~、お茶のテストが全然ダメだぁ~!」
「……ボクもあと一歩ですねぇ」
「あら。初年度の、しかも一番最初の学期に早抜けする生徒なんて、滅多におりませんわよ」
返ってきた答案用紙を前に、お茶の席に突っ伏すわたしと項垂れる蜂蜜君。キャンディは小指を立てて持ったティーカップを口に運びながら呆れたように言った。
「キャンディは満点じゃん、抜ければいいのに。別の科目の勉強できるよ?」
「私は、その……、アスナの受ける授業を早抜けしようなんて思いませんもの……」
「うわぁ、ありがとう……」
ええい、頬を染めるな!
「キャンディス様の足を引っ張らないでよ、アスナ!」
「そうよ、そうよ!」
相変わらずキャンディの後をついて回る金魚のふん……もといキャラメルちゃんとチョコちゃんだ。遠巻きに悪口を言ってくるのは、嫌みを言われる度にわたしがハリセンを取り出して机を叩いていたせいです。えへへ。
「キャル、ココ、いい加減になさいな。貴女たちもまだ満点を取れないのでしょう?」
「それは……」
「ううっ……」
「取れてないんかい!」
思わずツッコミを入れてしまう。
「ほら、二人ともいらっしゃい。私が教えて差し上げますわ」
「キャンディス様!」
「ありがとうございます~!」
キャンディは面倒見のいい女の子だ。最初はドン引きしたけれど、だんだんと落ち着いてきて今はいい感じの距離を保っている。なんというか、共同生活も一週間すればちゃんと適応できるものなんだね~。……あれ、一週間?
「そういえばアスナさぁん、そろそろドーナツさんがお迎えに来るのでは~?」
「はっ……!」
「ああ、今思い出したんですね~? いってらっしゃ~い」
「蜜ちゃんは? 来ないの?」
「ボクはゆっくりしたいのでぇ」
「んぐぐ!」
この薄情暗殺者め!
でも、なんとなくドーナツさんと相性が悪そうなのがわかる。仕方がなくわたしはひとり、行く支度をするのだった。
「はぁ~、残念ですわぁ。私もご一緒したかったです、アスナ」
「じゃあ、聞いてみとくよ。じゃあね!」
わたしを名残惜しそうに見送ってくれるのはキャンディだけ! くそぅ、寂しくなんかないもん!




