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▶【アイスくんにお願いする】
わたしは叫んでいた。
「アイスくん、早く! 逃げなきゃ!」
「う、うん!」
「させるか! “氷の槍”!」
「!」
王子さまの手は、わたしに向けられていた。
アイスくんが、わたしに覆いかぶさってきて、わたしたちはベッドに倒れ込んだ。
「ううっ……!」
「アイスくん! 血が……」
アイスくんがうめいて、わたしの横に崩れ落ちる。その肩からは赤い血が流れていた。怪我をしたんだ!
わたしはすぐに起き上がって、アイスくんの怪我の具合を確認する。
「アイスくん、しっかりして! 大丈夫? アイスく……」
王子さまが目の前にやってきていた。
そして、アイスくんの体に何かを押しつけた。
「なにを……」
乾いた音が、二回した。
アイスくんが撃たれたんだってことに気づいたときには、もう、遅かった。うつ伏せの背中の真ん中に、じわりとふたつ、赤いものが広がっていく……。
「いやぁぁああああっ!」
アイスくんは抵抗することもできずに……。
こんなことって……!
「アイス!」
どこから現れたのか、クッキーくんが泣きながらこっちへ手を伸ばしてる。でも、王子さまはクッキーくんにまで銃を向けた。
「やめて!」
銃声。
悲鳴。
撃たれたクッキーくんは、血を流す代わりにヒビ割れを走らせて、空気の中に溶けていった。苦しそうな、すすり泣きを残して。
「どうして、こんなひどいこと……! どうしてよ!」
「ひどい? 裏切り者に死を以て報いただけの話だろう。勝手に出奔したばかりか、俺様の城に忍び込み、俺様の物を盗もうとしたんだからな」
わたしが泣きながら怒れば怒るほど、王子さまの方は冷静になっていくみたいだった。
無表情のまま、感情のこもらない声でそう言う。
でも、そんなの納得行かない!
「そんな! アイスくんが何を盗ろうとしたって言うのよ!」
「…………お前だ」
「あうっ!」
撃ったばかりの、まだ温かい拳銃を頬に当てられて、わたしは思わず後ろによろめいた。
「ようやく手に入れた精霊の巫女だぞ。この魔力の枯れた穢れた地を癒やすために必要な! それを奪い去ろうとする奴は死に値する! お前もお前だ、おとなしくしていたから、隷属の首輪を着けずにおいてやったのに。信用してみてもいいかと思ったのに……!」
「っ……!」
燃える瞳がわたしを睨みつける。
背筋が凍るような……憎悪の視線……。
「この女に首輪を!」
「えっ、や、やだっ!」
王子さまの命令で、男のひとたちが部屋の中へ入ってきた。わたしは逃げようとして、当然、逃げ切れずに押さえつけられた。首にキツく首輪が巻かれる。
「殿下、これを」
「ああ」
男のひとりが、王子さまに細長い棒を手渡した。まるで、乗馬用の鞭、みたいな。そして、それが振り上げられたとき、わたしの印象が正しかったことがわかった。
ヒュンッとしなった鞭は、わたしの脚に叩きつけられた。
熱い! そして痺れるような痛みが波になって襲いかかってくる。わたしは悲鳴を上げた。
その後、何度も、何度も、背中や脚を叩かれた……。
その夜から、わたしは熱を出して寝込んでしまった。
鞭で打たれたせいなのか、魔力が切れたせいなのか、それとも、アイスくんを死なせてしまったせいなのか……。
夢に出てきたアイスくんは、悲しそうな表情で、何度もわたしに謝っていた。謝らなくちゃいけないのは、わたしなのに。
わたしが呼んだから。
わたしが助けを求めたから。
わたしを庇ったから。
アイスくんは殺されてしまった。
オルさんはどこにいるんだろう。
わたしが連れ去られた後、どうなったの?
無事でいるのかな。
ひどいこと、されてないといいけど。
助けてほしいなんて、言えない。
オルさんまで、アイスくんみたいに殺されてしまったら……!
怪我が治ってからも、わたしは閉じ込められ続けた。
何日経ったのかもわからないある日、王子さまはわたしの部屋へやってきて、目の前に剣を放り投げてきた。
……見覚えのある剣だった。
「こ、れは……?」
「見せてやるだけだ。危ないから、触るな」
「…………」
面白がっているような声……。
この剣の持ち主が、わかっていて、わたしに見せてるんだ。
首輪のせいで、命令には逆らえない。
この剣を取って、斬りかかることはできない。自殺することも、もちろん……。
「こんな、剣、知らない……」
「そうか。なら、良かった。その剣の持ち主はもう、とっくに殺してしまったんだが、知り合いじゃないなら関係なかったな」
「…………」
王子さまは、高笑いして行ってしまった。
彼も、彼の取り巻きも姿を消してから、わたしは床に捨てられた剣の側へ、膝をついた。
「オルさん……オルさん!」
涙が、後から後からあふれてくる。
こんな敵国で、たったひとりで……どこにいるかもわからないわたしを探してくれたんだ……。
そして、見つけてくれた!
見つけてくれたんだ! すぐ側まで、来てくれてたんだ!
そして、わたしを、取り戻すために戦って……。
わたしのせいで、死なせてしまった。
オルさんの剣の柄の部分には血がにじんでいた。
鞘も、少し歪んでいる気がする。
こんなになるまで、戦っていたんだね。
「せめて、ひと目……会いたかったなぁ……」
思い出すのは、あの、明るい朗らかな笑顔。
見ず知らずのわたしのために、走り回って、それでも嫌な顔ひとつせずに笑っていたっけ。
そんなオルさんを、いつの間にか好きになってた。
それなのに、一度も、言えなかったよ……。
頭を撫でてくれたオルさん。
髪の毛をクシャクシャにされたっけ。
ああ……、もう、会えないんだ……。
二度と、触れられないんだ……。
「オルさん、わたし……オルさんのこと……、大好き……」
そこから先は、言葉にならなかった。
泣いて、泣いて……それでも、死ぬことすら許されない。
ああ、早く、儀式の日が来ればいいのに。
血と心臓を捧げて、それでこの苦しみが終わるなら。
でも、もしも本当に儀式によって、魂だけ元の世界に帰れるとしても、わたしはきっと帰らない。
この世界にとどまって、オルさんの魂を探すの。
そして、言わなきゃ。
貴方を、愛してるって。
END『この終わりを待ち望んで』




