王子さまと出会う
▶【アイスくんに送る】
わたしはアイスくんにメッセージを送ることにした。
アイスくんならギースレイヴンのことをよく知ってるだろうし、何より精霊に力を貸してもらうことができる。わたしもそうだけど、オルさんのことが心配。
「アイスくん、わたし、アスナ。今、ギースレイヴンで捕まってるの。鉄格子の嵌まった、牢屋みたいな場所。お願い、一度こっちに来て……」
伝書機に魔力を通す。
わたしのリボンはまるで蝶みたいに羽を広げて、鉄格子の隙間から飛んで行った。
わたしは王子さまの所へ連れて行かれることになった。
厳しそうな女のひとたちが三人やってきて、わたしの持ち物をチェックして着替えさせる。最後は手を後ろに回されて縛られてしまった。
マナの実は当然として、髪の毛を結んでいたゴム紐もシュシュも取り上げられて、わたしは早めに伝書機を送り出してよかったとホッとした。
後は、アイスくんが来てくれるタイミング次第。
ここの王子さまは、わたしの血と心臓を狙ってる。会ってすぐに殺されるのか、それとも、もしかしたら苦しめて殺すつもりなのかも……。
「……!」
思わず体が震えていた。
(助けが来るまで、何とかして時間を稼がなくちゃ……)
人気のない廊下を進んでいく。
綺麗だけど、あんまり手入れされてなさそうな白い石のお城の廊下を。花もなにもない、殺風景な場所。人の気配がしない。
(まるで、お城そのものが死んでるみたい……)
わたしが見ているのはお城の外側と吹きさらしの廊下だけだから、なおさらそう見えるのかもしれない。もしかしたらお城の中は清潔で、賑やかで、綺麗なのかもしれない。
でも、そんなこと、わたしには関係ない。
だって、相手はわたしを歓迎するために連れてきたわけじゃないんだから。
石のアーチの先に、寂れた中庭が見える。
そこで待っていた王子さまは、想像とはまったく違って、まだ子どもだった。痩せて、背の低い、不機嫌そうな、中学一年生くらいの男の子。
薄いクリーム色の髪の毛に、夕陽の色をした瞳。毛皮のマントを羽織って、少し寒そうにしている。彼は中庭の地面に膝をつかされたわたしを見て、ニヤリと口の端を歪めた。
「お前が精霊の巫女か。ようやく手に入った」
「……違う。わたし、そんなのじゃないよ。そんなの知らない」
王子さまは一瞬、怪訝そうな顔をして続けて言った。
「だが、海を越えてやってきたと聞いたが? ジルヴェストから。アイスシュークが連れてくるものと思っていたが、まさか自分からその身を差し出しに来るとはな」
「…………」
「もう言い返さないのか? まぁいい。今日は顔を見に来ただけだ。ただそこに立っているだけであふれてくる潤沢な魔力、使い途はたくさんありそうだ」
「え? 魔力が、あふれてるの? じゃあ、血とか心臓を、取ったりしない?」
王子さまの言葉に、わたしは少しだけ緊張がゆるんだ。意地悪そうな顔をして酷いことを言ってるけど、もしかして、わたしを傷つけるつもりはないのかも……。
でも、そんな期待はしない方がよかったのかもしれない。
王子さまは自分の腰に下げてる細い剣を手で撫でながら笑った。
「いいや? お前の血をその体から出なくなるまで搾り取って、心臓を取り出し、盆に載せて、真っ二つに割いてやる!」
「そんな……」
「ははっ! だが、今はまだそうはしない。今はな。明日の夕刻、儀式を執り行ってやる。お前は元の世界に帰れるし、この土地の魔力も回復するし、良いこと尽くめだな」
「えっ」
今、帰れるって言った……?
でも待って、心臓を取り出されたら死んじゃうじゃん!
「嫌よ! そんなことしたら死んじゃうでしょ! そんな状態で向こうに帰ったって意味ない! わたしは死にたくない!」
「だが、他に方法は……」
「とにかく嫌! そんな儀式なんかしてくれなくていいから、魔力を取るだけ取ったら、ジルヴェストへ帰して。死にたくない……」
わたしは揺れるオレンジ色の瞳をじっと覗き込んだ。
王子さまはたじろいで、ふいっと視線を逸らす。そして、わたしを抑え込んだひとの一人が持っていたお盆に手を伸ばした。
「マナの実。お前がジルヴェストから持ち込んだものか?」
「そうだよ。……欲しいの? あげるよ」
あんまりにもじっと見てるものだから、わたしはつい、あげるって言っちゃった。王子さまは呆気に取られた表情になっている。
「驚いたな。普通は取り上げられないよう抵抗するものだぞ? それともやはり、ジルヴェストではマナの実も珍しくはないということか」
「ううん。向こうでもマナの実はすごいレアだって言ってたよ。それは、たまたま見つけて摘んだだけ。しかも、見つけたのもわたしじゃないの。わたしと一緒にいたひとが、くれたの……」
オルさんの笑顔と同時に、最後に見たときの様子を思い出して心が沈んだ。オルさん、大丈夫かな……。
「マナの実は、安全に魔力を回復させるためには欠かせない物だ。通常、魔力は使ってもまた自然と体に充たされていくものだが、この土地に限ってはそうじゃない。決して完全に満ちることなく使えば使うほどなくなっていくだけ……。
お前、これをすぐに女王陛下の下へ届けよ。すぐにだ」
王子さまが命令すると、脇に控えてた男のひとがマナの実が乗ったお盆を持って下がっていった。
「あれ、お母さんへ届けるんだね」
「……お前には関係ない」
「うん。そうだね」
王子さまはわたしを見て、不機嫌そうに眉を吊り上げた。そして、わたしを睨みつけて言う。
「お前、名は?」
「アスナ。アスナ クサカ」
「そうか。俺様はクリエムハルトだ。よく覚えておけ」
え……?
なに? 自己紹介? なんで?
そして、クリームみたいな名前の王子さまは、わたしを抑えているひとに命令した。
「女を立たせろ」
「ひゃっ!」
「部屋へ連れて行け。そして食事と寝床を与えろ」
「ちょ、い、痛い……!」
乱暴に掴まれて、わたしはまた来た道を引っ張られていく。
そんな背中に、クリームくんの声がかけられた。
「乱暴にするな。……あと、靴を与えてやれ」
そう、わたしは靴すら取り上げられてたんだった。
クリームくんの言葉があってから、わたしを掴む腕の力は少し弱くなって、しかも抱きかかえられた。
裸足だったから、歩かせないため? 王子さまの命令のおかげかな。
後で手を縛られているせいで、まるで荷物みたいに肩に担がれながら、わたしは夕焼け色に染まっていく景色を目に焼き付けていた。




