急展開?
オルさんは、わたしの背中を撫でて落ち着かせてくれながら、明るい声で言った。
「アスナ、海の向こうにわずかに陸が見えるんだ。ギースレイヴンって、実はけっこう近いんじゃないのか?」
「……そうかも。シャリアディースが見せてくれた地図だと、とても近かった気がするから」
「俺さ、陛下ならきっと、戦争を止めようとすると思うんだ」
「うん」
そうだ。
きっと、ジャムならそうすると思う。でも……。
「あの宰相閣下と陛下なら、どこへ行っても大丈夫だろう。連絡をくれないのは、きっと、何かしら理由があるに違いない。だから、探しに行こう!」
「わたしたちで?」
「ああ。でも、今日は偵察だけな。ここから見える距離なら、今から行って帰ってこられる。遠くから様子を見て、それを城の大臣たちに報告したい。いいか?」
「うん! 今のわたしたちなら、条件が揃ってるもんね! このまま何の収穫もなく帰るより、その方が絶対いいよ!」
「よし、そうと決まれば、カップと弁当を取りに帰ろうぜ!」
わたしたちは乗ってきたカップまで戻った。
村の人たちはもう誰もいなくて、寂しい空気に波音だけが響いていた。カップの中には誰かが拾ってくれたのか、オルさんが地面に叩きつけたあの剣があった。
「親父かな。自分で持って行ってもよかったのに、俺のために……」
「きっと、これはもうオルさんの剣ってことなんじゃない?」
「ああ。そうだな」
変なところで優しいマフィンさん。
こんなことするくらいなら、出てきてひとこと声をかければいいのにね。
海辺でのお昼ごはんは、いつもよりもっと美味しく感じられた。
それはきっと、久しぶりの遠出と、そして一緒に食べる相手が特別だから。
ごはんを食べてちょっと休憩して、わたしたちはカップでギースレイヴンを目指すことにした。と言っても、まさか誰にもナイショで行くわけにもいかない。でも、ゼリーさんの村の人は誰も出てこないし、勝手に地下にお邪魔するのもどうかと思うし。
妥協案として、お城に伝書機を飛ばすことにした。誰に伝言するかは迷ったけど、オルさんの勧めでキャンディのパパさんにすることにした。キャンディのパパ、アガレットさんとは個人的に知り合いなんだって。
確かに、お城ですごく弱ってたオルさんと会ったとき、アガレットさんは心配そうにしてたもんね。
「オルさんの伝書機、使っちゃってよかったの?」
「ああ。アスナの伝書機は、アスナが持っててくれ。必要になったとき、確実に魔力を込められるのはアスナだろうから」
「そっか。わかった」
カップに乗って、水晶球に魔力を込める。
今から向かうのは、魔力の枯渇した土地、ギースレイヴン。この国の魔力を昔から狙っている国でもあるし、そこを治める王子さまはわたしの血と心臓を狙ってる……。
アイスくんに連れられて、一度だけ行ったけど、重要な物も何も見ずに帰ってきちゃったんだよね。
しかも、危ない目にあって。
今回はただ遠くから眺めるだけ。
だから、きっと大丈夫!
「アスナ、どうした? やっぱりやめとくか?」
「ううん、大丈夫。出して……」
「わかった。行くぞ!」
カップが音もなく浮かび上がって、海へと乗り出していく。まるで船旅をしてるみたい!
カップを守る膜があるから、風を感じられないことは残念だけど、それでも見下ろす海面はすごく鮮やかな青で、わたしの口からはため息が漏れていた。
「あ~あ、写真撮りたい!」
「写真?」
「うん。ジルヴェストには、写真ってないの?」
「あるにはあるけど。まさか、海を撮るために使うとは思わなかったな。あれって、家族とか友人で撮るものだろ? ……まあ、でも、こんな風景なら確かに、目に焼き付けるだけじゃもったいないよな」
「オルさんって、そっか、海は初めてなんだっけ」
「ああ。すごいよな、これ、全部水なんだろ?」
「う~ん、水って言うか、海水? しょっぱくて飲めないんだよ」
「そうなのか! なんだ、水筒の水を飲み干しても、すぐにおかわりできると思ったのにな……」
「あはは、いっぺん舐めてみる? オルさんなら泳ぎもすぐにマスターしそうだし」
「お、泳ぐ!? いや、それはちょっと……」
慌てた表情のオルさんが、何だか可愛くておかしかった。
そうやって海の上をぐんぐん進んだころ、本格的に陸地が見えてきた。広い海岸と、その先には少し変色した広い拓けた土地が見える。
「でかいな……」
「ジルヴェストと違って、大陸だもん。でも、見て、海岸沿いに何もない」
逆に言えば、ジルヴェストを攻めてくるような船の姿も見えないってことだけど、港は他所にあるのかもしれないもんね。
「櫓すらないのか……」
「やぐら?」
「ああ。見張り台のことだ。海辺は警戒していないんだろうか」
ふ~~ん?
そういうものなの?
「もう少し近づいてみてもいいか?」
「うん」
オルさんは難しい顔でカップを操作する。
もうすぐ上陸できそう、と思ったそのとき、突然波が割れて目の前に大きな影が覆いかぶさるように迫ってきた。
「きゃああ!?」
「アスナ! 俺に掴まれ!」
わたしの体をぐいっと抱き寄せながらオルさんが叫ぶ。
返事なんてできないまま、わたしは無我夢中でオルさんのマントを手探りで掴んでいた。
「コイツぅ!」
何なの!?
敵!? それとも、怪獣!?
オルさん、戦うつもりなの……!?
薄く目を開けて、何が起こっているのかを確かめる。
わたしの視界に飛び込んできたのは、まるで……恐竜! 首の長い恐竜は、頭突きをするみたいにわたしたちのカップに迫ってくる。オルさんはそれを、水晶球を操って避けた。
――助かった!
でも、そう思った瞬間、ムチみたいな尻尾がカップを直撃した。




