心ごと抱きしめたい
▶【ドーナツさんのお父さんを追いかける】
わたしは……ドーナツさんのお父さんを追いかけることにした。
だって、あんな言い方ってない。ドーナツさんがどんな思いでジャムの側にいたのか、どんな思いで行方不明っていう知らせを聞いたのか!
自分は息子をひとり置き去りにしておいて、勝手なことばっかり!
五年ぶりに再会したんだったら、他に何か言うべきことがあるでしょ!
「ああ、もう! あったまきた!」
追いかけて謝らせなくちゃ気が済まない。
ドーナツさんのことも気になるけど、まずはあのマフィン男を捕まえないとね!
わたしはドーナツさんのお父さんが歩き去った方へ走り出した。
カップを遠巻きに見ていた人たちも、わたしを見て道を開けてくれる。
あの目立つ深緑色のマントのおかげで、わたしはすぐにマフィンさんを見つけることができた。わたしたちがカップで乗り越えてきた険しい岩山のふもとに、大きな大きな穴が開いていた! も、もしかしてコレ、地下トンネル!?
マフィンさんはそこへ消えていく。
わたしは叫んだ。
「待って!」
マフィンさんはわたしを振り返って、そして無視して中に入っていった。なにあの態度!
「待ってください! マ…フィンさん!」
「マフィンじゃない、コーマ・フィンだ」
「聞こえてるんじゃない!」
真顔で訂正してくるマフィンさんに、わたしは思わず突っ込んでしまった! ええいもう、ここまで来ちゃったら、失礼とかお構いなしに言わせてもらうわ!
「さっきのはさすがにないんじゃない? 成人してるからって、十五歳の息子をひとり残して出てっちゃって、結界のせいだけど生死不明で一度も会えなかったんでしょ? 他に言うべきことがあるでしょ! 先に!」
「…………何を」
「はい?」
「何を言うことがある? 主を守れなかったのは事実だろう」
わたしはカッとして叫んだ。
「わからずや! ジャムがいなくなって、一番ショックだったのはオルさんなのに! オルさんは、同じように父親に置いてかれてひとりになっちゃったジャムのこと、弟みたいに思ってたんだよ? 側にいられなかったのは、お城の決まりのせいじゃん!」
「…………」
「それでもオルさんは頑張って騎士になったよ! 嫌がらせされて、入団試験で騎士全員と戦わされても、一騎打ちで全員倒したって聞いてる! それでも、そこまでやっても、ずっと側にはいられなかったんだから、しょうがないじゃん!」
悔しくて……悔しくてしょうがなくて、わたしは言いたいこと全部言い終わってからようやく大きく息を吐いた。にじむ涙を乱暴にぬぐう。
マフィンさんは驚いてるみたいに目だけ大きく開いてわたしを見ている。
「そうか……勝ったのか。まぁ当然だがな」
「ちがうっ!?」
そこじゃない! そこじゃ!!
「なんだ?」
「そうじゃないでしょ〜〜〜!? もうっ、なんなの……」
マフィンさん、ズレてるよ! 色々と!
もしかして昔からこんな感じなんだろうか。
今のマフィンさんからは、ドーナツさんを見下したり、バカにしたり、そういうネガティブな感情は伝わってこない。むしろ、試験を突破したドーナツさんを誇りに思ってるように見える。
「オルさんのこと、嫌ってるんじゃないの……?」
思い切って聞いてみたら、マフィンさんは心の底から「わからない」っていう表情でわたしに聞き返してきた。
「息子を嫌う理由がないが?」
「……じゃあ、なんであんなに冷たい態度を取ったの? なんであんなに怒ったの」
「冷たい、態度……? 確かに叱ったが、それはあいつが悪い。大事になる前に、シャリアディースを斬れと言ったのにそうしなかったからだ」
「!」
また、その言葉……!
このひと、本気でドーナツさんにシャリを殺させるつもりだったんだ……。
「本気、なんですね。そんなにシャリアディースが憎いんですか? それとも、オルさんのことを……?」
「何を言っている。そんな事はないと言った」
「じゃあどうして! じ、実の、息子に、人殺しなんて……」
「それが、騎士だからだ」
冷たい瞳に冷たい声……。
騎士って、守る者って、何なの? こんなの、ただの、人殺しだよ……。
「そんなにシャリアディースを殺したかったんなら、自分でやれば良かったじゃない!」
「……すでに試した。だからもう、私では近づけない」
「ふぅん。それはお生憎さま! ついでに言うと、これからもチャンスはないと思うから諦めたら!? ジャムとシャリさんは仲良いみたいだし、オルさんはきっと貴方の言うことなんて聞かないんだから! 協力してくれそうもないし、オルさんに謝る気もないみたいだから、もう行くね!」
「…………」
わたしの捨て台詞に、マフィンさんは言い返しもしなかった。わたしはわざとらしくクルッと向きを変えて走り出した。いーーっだ! あんなひと、大嫌い!
途中、ドーナツさんが投げた剣を見つけたけど、わたしはそれも無視して走った。あんな物、もう捨てて行けばいい! あのひとが勝手に拾うでしょ!
「オルさーん! オルさん、どこ〜?」
海岸を目指しながら、わたしはドーナツさんの名前を呼んだ。
砂浜はすごく走りにくい。でも、早くドーナツさんに会いたくて、わたしはとにかく走った。どんどん村から離れていって、ずいぶん走った頃、風にたなびく深緑のマントが目に入った。
「オルさん!」
わたしに背を向けて、海の方を見ていたドーナツさんは、ゆっくりと振り向いた。その表情が、すごく、置いてきぼりにされた子どもみたいに頼りなげで、わたしの心臓はギュッと痛くなった。
「オルさん……」
「アスナ」
わたしに向かって笑顔を作るドーナツさん。
……いっそ、怒っていてほしかった。
そんな風に無理して笑わせるくらいなら、わたし、追いかけない方が良かったじゃないか、って。そう思った。
思わず顔をしかめたわたしを見て、オルさんが慌てて言った。
「なんで、泣いてるんだ? 何か、嫌なことでもあったのか?」
「ううん、なんでもないの……」
わたしはオルさんに思い切って抱きついた。頬に当たるのは固い鎧の感触で、背中に回した手もほとんどちゃんと抱きしめられなかったけど。
わたしが抱きしめたかったのは、オルさんの心だから、いいの。
「アスナ……」
オルさんは困ったようにわたしの名前を口にしながら、そっとわたしの背中を撫でてくれた。




