分岐点 4
村の上をぐるっと回って、ドーナツさんは降りるための場所を探していた。その間にも、人がたくさん出てきて、こっちを見上げて何か言っていた。ビックリさせちゃってるみたい。
ゼリーさんと同じ、緑色の髪の毛をしたひとが多い。そんな中に、ドーナツさんと同じ緑色のマントに黒い鎧を身に着けたひとがいた。もしかして……ドーナツさんのお父さん!?
当然、ドーナツさんもそのひとには気がついていた。だんだんと地面が近づいてきて、カップはゆっくりと着地する。ドーナツさんはカップのフチをヒョイと乗り越えて、腕組みをしてこっちを見ている人影に向かって走っていった。
「親父!」
「オル。どうやってここへ? 結界を抜けるすべを見つけたのか?」
「いきなりだな。もっと、こう……いや、それはいい。親父、先王陛下は? 一緒じゃないのか?」
「ここは漁をするための家だ、ほとんどの住人はちゃんとした家に住んでいる。もちろん、陛下もそこにいらっしゃる。詳しい話を聞かせてくれ」
……なんか、アッサリしてる。
五年ぶりの、生き別れた親子の感動の再会じゃなかったの?
っていうか、ドーナツさんのほうは何か言いたそうだったのに、お父さんひどくない?
「アスナ! こっちに来てくれないか?」
「あっ、うん、今行くね!」
ドーナツさんに呼ばれて、わたしは自分だけの世界から帰ってきた。いけないいけない。
ドーナツさんのお父さんを睨みつけちゃわないように気をつけて、わたしはカップから下りた。乗るときと同じように、横でドーナツさんが支えてくれる。
ふたりでドーナツさんのお父さんに向き合って思ったのは、このひとすごく若いなってことと、すごく……冷たいひとだなって。そう思った。
腕組みをしてわたしたちを見下ろしてくるドーナツさんのお父さん。まるで髪を黒く染めたドーナツさんが立っているみたい。双子かと思うくらいにソックリで、それでいて、色違いの瞳は青くて冷たい。このひとの周りだけ、一、二度下がってるんじゃないかっていうくらい、寒い気がする。
ドーナツさんはわたしとお父さんを引き合わせると、紹介を始めた。
「親父、彼女はアスナ。陛下の婚約者候補で、精霊様と親交があるんだ。結界についてとか、そういうのは俺よりもアスナが詳しい」
「コーマ・フィンだ。フィンと呼んでくれればいい」
「はじめまして。わたしはアスナ、異世界から来ました。ジャム……陛下がシャリアディースと一緒にいなくなってしまって、同時に結界もなくなってしまったんです。わたしたちは、陛下の手掛かりを探してここへ……」
わたしの言葉の途中から、お父さんの目がいっそう険しくなって、ぜんぶ言い切る前に怒り出してしまった。
「何だと! ジェム陛下がいなくなった? しかもあの宰相と一緒なのか! オル、お前……!」
「!」
フィンさんは、ドーナツさんのマントの首のところをグイッと掴んで引き寄せた。
「いったい何をしていた? 不甲斐ない! 自分の主ひとり守れないとはな。そのための剣は渡しておいただろう! 何故あの男を斬り捨てなかった、オル! 臆したか!」
どういうこと……?
斬り捨てるって? シャリを、ってこと……?
怒鳴り声に思わず体がすくんでしまったわたしと違って、ドーナツさんは逆にお父さんの首元を同じく掴み返して、怒鳴り返した。
「俺だってお側にいられれば躊躇なんかしなかったさ! 俺が近衛騎士になれなかったのは、親父が指名していかなかったせいだろ! せめて俺が騎士団に入るまで待てば良かったんだ!」
「……!」
本気で睨み合うふたり。
今にも殴り合いが始まるんじゃないかと思うくらい、ぶつかるような熱を感じた。
でも、そんなことは起こらなかった。
どちらともなく手を離して、ドーナツさんのお父さんは無言でどこかへ行ってしまった。ドーナツさんを厳しく睨みつけたままで。
「クソッ」
「あっ……」
悔しそうに剣を地面に叩きつけて、ドーナツさんはお父さんとは別方向へ大股で歩いていった。
地面に捨てられた剣。
お父さんから託された剣だったのに……。
置き去りにされた剣に、つい自分を重ねてしまう。
ドーナツさんはどんな思いで、この五年間、過ごしてきたんだろう。
どんな思いで、ジャムの失踪を受け止めたんだろう。
追いかけなきゃって思う気持ちと、そっとしておいてあげたい気持ちとで、わたしの心は揺れ動いていた。
「どうしよう……」
わたしは……
▶【剣を取ってドーナツさんを追いかける】
▷【ドーナツさんのお父さんを追いかける】




