剣の話
ドーナツさんは木陰に敷いていたレジャーシートの上にわたしを下ろしてくれた。お茶の入った水筒も先にそこに置かれている。用意しててくれたんだ。
「ありがとう、オルさん」
「お茶、ついでくれないか」
「うん」
ドーナツさんは頷いて、わたしの隣に座った。お茶を飲みながら川の音を聞いていると、何だか気持ちがゆったりする。さっきまで、色んな意味で心臓がバクバクだったからね!
「アスナ、俺の持ってる剣のこと、どこで聞いたんだ?」
わたしはドキッとした。
この情報を教えてくれたのは蜂蜜くんだったから。
「う、噂で聞いて……」
「そっか。じゃあ、騎士団の奴らからだな」
そう言って、ドーナツさんは遠くを見つめた。
蜂蜜くんから聞いた限りだと、騎士団のひとたちとはあまり仲良くなさそうなんだよね。イジメそのものの入団試験では、騎士団のほぼ全員と一騎打ちさせられて全勝してるらしいし。
「この剣は、親父から託されたって言ったろ? 俺の親父は若枝の騎士団の団長を務めていて、王とその家族を守る、近衛騎士を取りまとめてたんだ。近衛騎士になれるのは、四つある騎士団の中でもほんのひと握りの選ばれた騎士だけ……。俺は、なれなかった」
「オルさん……」
淡々と語られる言葉に胸が痛くなる。
あんなにジャムを大切に思っていたのに、ドーナツさんは近衛騎士じゃなかったから、側にいられなかった。だから、ジャムが消えちゃったとき、すごく自分を責めてたんだ。側にいられれば、ジャムを引き留められたかもしれない、事情を話してもらえたかもしれない、って……。
「この剣は、精霊を呼び寄せるわけじゃないんだ」
「えっ」
「この剣は……精霊を惹きつけるんだ。剣が近くにあると、精霊たちはこれが気になって仕方がなくなるらしい。もしかしたら、それで近くに寄ってくるのかもな。……親父はこれで、陛下を守れと俺に言ったんだ。宰相閣下、シャリアディース殿を……いや、何でもない」
シャリさんを、どうするんだろう。
手懐けるとか?
「オルさん、その剣、もしかしたらそれがジャムを探す手掛かりになってくれるかもよ」
「どういう意味だ?」
「だって、この国には今、精霊がいるもん。剣に引き寄せられて精霊がやってきたら、ジャムのところへ連れてってって頼めるかもしれない」
「どうだろうな……」
ドーナツさんは半信半疑なのか、複雑そうな表情だ。今まで精霊がいたことのない国だから仕方がないのかもしれないけど、その代わりに悪の魔法使いがいたじゃん。精霊のことも信じてよ~。
「シャリさんが普通の人間じゃないのは知ってるでしょ? 精霊はちゃんといるよ。わたしは精霊と話したし、お願いをきいてもらったこともあるよ。だからそんな顔しないで、オルさん」
「う~~ん」
「それとも、ジャムはもう、生きてないとか思って……」
「それはない」
ドーナツさんはキッパリと言い切った。
「陛下は生きてる。絶対だ」
「だったら! きっとまた会えるよ。ジャムのところへ連れてってくれるはず。だって、わたしがお願いするもん」
「アスナ……。ありがとな!」
「わっぷ」
ドーナツさんに頭をワシワシされてしまった。嬉しいけど、髪型が崩れちゃう!
でも、さっきまでの悲しそうな表情が消えて、笑顔が戻ってよかったよ。ドーナツさんにはやっぱり、笑顔が似合うもんね。
「じゃあ、そろそろ行くか!」
「うん。風の膜が見えてきてるもんね。お昼には着くかな」
「そうだな。……おっ、マナの実見っけ!」
「えっ、どこ?」
「ほら、そこだ」
ドーナツさんが指す先に、確かにマナの実が生っていた。マナの実って、木の実じゃなくて、その辺の草原に生えてるんだ! ビックリ!
枯れてカラカラになった細い枝みたいな茎に、ちょこんと実が乗っかっている。大きめの梅の実みたいな大きさの、虹色の実。
「これって、国に納めるものなんだっけ?」
「いや、一般にも流通してるぜ。かなり珍しいものらしいけどな」
「へぇ。ラッキーだね」
「ありがたくもらっていこうぜ」
ドーナツさんはそう言って、マナの実を採った。そして、それをわたしの方へ差し出してきた。
「やるよ」
「えっ」
「アスナの方が必要かもしれないだろ」
「……ありがとう」
わたしは、こっちに来たときのことを思い出してた。
魔力切れになって、誰かにキスで魔力を吹き込んでもらわないと死ぬって言われて、パニックになっちゃったときのこと。
ドーナツさんは、わたしを叱ったり説得しようとはせずに、この魔力を回復してくれる実を探して走り回ってくれたんだよね。必ず手に入る保証もないのに。
それで、市場でマナの実のキャンディを見つけて、今度はわたしを探して走り回ってくれた。お父さんからもらったマラカイトのピアスを預けてまで。
「なんか、最初に会った頃を思い出すなぁ」
「わたしも。今、そう思ってたとこ」
「ほんの一ヶ月くらい前の話なんだよな」
「うん……。でも、もっと長いように思えるよ」
「俺もだ」
「!」
いつもより低くて柔らかい声が返ってきて、わたしの心臓が大きな音を立てた。思わずドーナツさんの瞳を見ると、少し細められた深い緑色がわたしを見つめていた。




