ヴィークルで出発
朝からお弁当作り。寮母のアガサさんは快く調理場を貸してくれて、しかも足りないお肉系のおかずも分けてくれた。わたしは代わりに、この寮の洗濯機と掃除機を動かすための魔力を機械に入れてあげた。やっぱり、持ちつ持たれつ、助け合いの心が大事だよね。
蜂蜜くんはお弁当箱を受け取ってすぐに出かけて行った。大きなリュックサック背負って。あれ、中に何が入ってるんだろうなぁ。
わたしも一応、泊まれるだけの準備はしたつもりだけど、それはあくまで念のため。だって、さすがに寝袋とかテントとかの用意はできないもん。だから今回はちゃんと日帰りの予定。
魔力の方は、ステータスを確認したら2パーセントに上がってたから、特に問題ないと思う。さっき魔工機械に魔力を通したときも、特に減ってる気はしなかったから。
九時半頃、ドーナツさんが寮にやってきた。
今日もいつもどおりの鎧姿に深緑のマント。暑くないのかな? ヴィークルは駐車場に停めてきたって……。い、違和感がすごい。でも間違ってない!
ドーナツさんのヴィークルは、ジャムの白いやつと違って黒かった。フチのあたりに一本、ミルクチョコレート色のラインが入ってる。高級感があるなぁ。
それに、変わっていると言えばドーナツさんのヴィークルには日除けが付いていた。直射日光を浴び続けるのはツライから、正直すっごくありがたい。どっちが前かもわかりやすいしね。
ドーナツさんは地図を開いて行くべき方向を確かめると、ヴィークルの扉を開けて、わたしに手を差し出してきた。
「?」
「俺の手に掴まれ。ほら」
「あ、ありがとう」
なんか、照れちゃう。
馬車のときも思ったけど、わたしの世界じゃこんな風にエスコートされることなんてなかったからな〜。
ヴィークルに乗り込むと、鎧のドーナツさんとわたしとお弁当のバスケットでほぼいっぱいになっちゃった。元々乗れて三人くらいなものだし、仕方ないよね。
「狭くて悪いな〜。位置、そこでいいか?」
「うん、大丈夫。でも、バスケットはオルさんの方に置いてもいい?」
「おう! 昼が楽しみだなぁ」
「あはは。お口に合えばいいですけど〜」
コーヒーカップの真ん中には、魔力を込める水晶球がある。まずはわたしの魔力で動かすことにした。手を乗せると球が虹色に光る。日除けを覆うように透明な膜がカップを覆った。
これで準備はオッケー。あとはオルさんに交代して、ヴィークルを動かしてもらう。
「よし、行こう」
「うん!」
目の前の景色がゆっくりと変わっていく。浮かび上がっているのに、それを感じさせないくらい、このヴィークルはすごく安定してる。
飛び始めてもガタガタ揺れることもないし、ちっとも怖く感じなかった。
「アスナはカップを怖がらないんだな」
「カップ? あ、もしかしてヴィークルのこと?」
「そ。だって、カップに似てるだろ?」
「確かに!」
ドーナツさんの話では、このヴィークルは皆から『カップ』って呼ばれてるらしい。あんまり普及してないのは高価だからなのと、音がしないから事故が怖いからなんだって。一応、自動車みたいにルールはあるし、事故なんてまだ一度も起きてないらしいけどね。
それにもうひとつ問題がある。魔力切れになったり、何かのはずみで下に落っこちちゃったときとかに、ほとんどの人は怪我を防ぐ魔法が使えないの。大きな怪我を治してくれる魔法もないし。
それじゃあ確かに怖くて使えないよね。ほんのちょこっと外出する分は気にしないかもしれないけど。
「せっかく便利なのにね。もうちょっと改良すればいいのに」
「だよなぁ。でも、遠くに行くには列車があるし、街中を移動するだけなら徒歩で十分だしなぁ」
「えっ、列車あるの!?」
「おう。それに、王宮から宿舎までとか、そういう短い距離を行き来する車もあるぞ。地上しか走れないけどな」
「すごい……何で今まで見たことなかったんだろ。しかも、何でわたしのお迎えは馬車だったんだろう!」
車があるなら車で良くない?
学園の保護者もほぼ馬車だよね。稀に馬だよね?
「馬車はステータスだからなぁ。魔力を使わないし」
「ステータスなんだ」
超高級車みたいな扱いなのかな? じゃあ、わたし、すごい好待遇だったワケ?
どうりで街を通ってお城に行くときすごい注目されてたワケだよね。
「知らなかったな~。わたし、まだこの国のこと、ぜんぜん知らないんだ~」
「ちょっとずつ知っていけばいいさ。遠乗りにも行こうって言いながら、まだ行けてないしな。アスナ、下を見てみろよ、花畑があるぞ」
「わぁ! すごい、キレイ……」
「ちょっと休憩しようぜ」
「うん!」
まだお昼には早いけど、下に降りて休憩することになった。水分補給も大事だしね。
お花畑には色とりどりの、たくさんの花が咲いていた。って言っても、人の手が入った植物園とは違うから、花を見つけたら歩いて行って、また花を見つけて近くへ行って、って感じだけど。
「あんまり遠くへ行ったらダメだぞ」
「わかってる~!」
「本当かな」
わかってるってば。
あ、また見たことない花発見!
足を踏み出した瞬間、地面がいきなりへっこんだ。た、倒れる!
「あぶない!」
「きゃっ!?」
転ぶと思ったときにはもう、体ごとドーナツさんの腕の中だった。
お、お姫様抱っこ!
「大丈夫か? 足ひねってない?」
「あ、ありがとう……」
「よし。じゃあ、日陰で休みながらお茶でも飲もうぜ」
「うん。あ、あの、下ろして……」
「ダメ。このまま連れてく。走るぞ~!」
「えっ? きゃあっ!」
ドーナツさんは子どもみたいに笑いながら、わたしを抱っこして走った。
「やだ、早い! 怖い~!」
「あはははは!」
もう、子どもなんだから!




