盗み聞き
「暗殺の危険は本当にないのか? 僕が一番気にしているのはそこだよ」
ふっと目が覚めると、横でアイスくんが誰かと話していた。
暗殺…………暗殺!?
なにその危険ワード!?
ひとまず寝たフリをして続きを聞くことにする。わたしはタヌキ……わたしはタヌキ……。スヤスヤ〜。
「そんなもの、いつだって付き纏ってきただろう。今さらだ。……お前がいなくなってから、すべてが煩雑になった。まったく、不愉快なことだ」
「えっ。それって、僕がいなくなって不便だったってこと? 僕のことは信用してたから? へぇ〜〜ぇ?」
「チッ! お気楽な脳みそめ。……本当にイライラする!」
「素直じゃないなぁ」
「……変わりすぎだ、お前は」
ほうほう!
仲良くなってますな!
これはアイスくんじゃなくてもニヤニヤしちゃう!
「……これからどうするつもりなんだ、本当に。あいつらの言いなりになる必要なんかないんだぞ?」
「うん……。最初の計画とはかなり違ってしまったから、戸惑ってはいるけど……」
「最初の計画?」
「あ。そ、それは、気にしないで……」
最初の計画?
それって、反乱を起こさせたり、王都に爆弾を仕込んでテロを起こそうってヤツのこと?
「言ってみろ」
「え……」
「それがお前の望みに一番近いはずだ」
クリームくんの声は意外なくらい優しかった。それに背中を押されるように、アイスくんも喋り出す。
「最初の計画では、隠れ家でアスナさんと一緒にふたりだけで暮らしていくつもりだったんだ」
「うん」
「アスナさんも僕も、利用されるだけ利用されて、結局は使い捨てにされるだけの存在だったからさ……」
「……悪かったよ」
「いいんだ、本当のことだし。あのときは平和だったなぁ。一時期はどうやってこっちに繋ぎ止めようか、監禁まで考えたものだけどね。家に帰してあげなくちゃと思う反面、どうしても手放せなくて」
「……本当に合意の上なんだろうな、お前たちの関係は」
「もちろんだよ。ちゃんと計画は白紙に戻したし、アスナさんの意思に従ってるよ」
アイスくん……!
監禁って……アイスくーーーん!!!
ヤバい、これ、わたしが聞いちゃいけないヤツ!!
「ともかく、今の計画はそれこそ年単位で考えなくちゃいけないだろう? だから、アスナさんは……家に帰してあげた方がいいんじゃないかと思ってる」
え…………?
「だが……」
「もうアスナさんにはさんざんお世話になったじゃないか。さっき見せてもらったデータからもわかる、アスナさんのおかげでギースレイヴンの土地はかなり回復してるだろ? だってほら、僕がジルヴェストからアスナさんを騙し…ンンッ、連れ出した日から数値が大きく動いてる」
「……もう一度聞くが、本当に合意の上なんだよな?」
「合意の上デス……」
「面倒だから関わらんぞ、私は」
ご、合意の上、デス……たぶん。
いやいや、それよりも、わたしのこと帰すって、どういうこと……?
「本当に、アスナと別れていいのか?」
「……僕は、アスナさんがいてくれないと、何ひとつマトモにできないんだよね」
「だったら」
「やることなすこと裏目に出るし、伝えたいことは伝わらないし……。アスナさんが、僕に力をくれたんだ。アスナさんはぼくのやりたいことを聞いてくれたし、知ろうとしてくれた。交渉の場では他の人との間に入って調整してくれた。本当に……アスナさんがいないとダメなんだ、僕は」
「…………」
「首輪が外れて思い知ったことは、自分で物事を考えずに命令されるままだったこれまでは、すごく楽だったんだなぁってこと。まるでぬるま湯だよね、辛いことがあっても、我慢さえすればいいんだから。
でも、これからはそうはいかない。ハッキリ言って、ギースレイヴンはすごく嫌な国だ。変えていくのは難しい。こんな土地にアスナさんを縛りつけるのは嫌なんだ。それに、今みたいな、倒れて寝込む生活なんて体に良くない。それを許容した時点で僕は、彼女の魔力を自分たちの快適な生活のために使おうとしたジルヴェストと何ら変わりなくなってしまう。そんなの許されない、僕は、許したくない……」
そっか、わたし結局、倒れてまた寝込んでたんだ。
アイスくんに、迷惑、かけちゃったかな……。
「アスナと共にここを出て、ふたりだけで暮らすこともできるんだぞ。それこそ、最初の計画通りに。ギースレイヴンも、星詠みの一族も、すべて放っておけばいい。お前には、何も背負うものはない」
「…………。そういうわけにも、いかないさ。奴隷たちの首輪は、すぐにはすべてを外せない。そんなことをすれば大混乱だ。わかりきったことを言うなよ」
「そうか。なら、もう何も言わない。だが、答えはまだ出さなくていい。すべては明日の女王との謁見で決める」
「ありがとう、クリエムハルト」
「ほら、もう行け! 寝惚けた頭で参加できるほどうちの会議は手ぬるくないぞ。さっさと寝ろ!」
「でも、アスナさんが……」
「明日になったらお前共々この女も叩き起こしてやる!」
「そんなぁ!」
ドタバタと慌ただしく部屋を出ていく気配がした。ホッとため息をついたわたしに、クリームくんの声が降ってきた。
「どこから聞いていた?」
「ひゃっ!? や、やだ、バレてたの……」
「まったく……。なんて顔してるんだ」
「…………」
「明日、女王陛下に謁見してもらうぞ。お前のことを話したら、ぜひ会いたいと言っておられた。……アイスシュークは魔力を失った私のために、陛下からすべての首輪を律する権利を譲り受けるつもりだ。そうなれば、常に命を脅かされながら、何年もこの国のために働くことになる」
「そんな!」
「ちゃんとふたりで話し合え。後悔しないために」
クリームくんはそう言って部屋から出ていった。月明かりに照らされて、部屋の中に影が伸びている。ピーター・パンに連れられてネバーランドへ冒険の旅に出かけたウェンディは、最後はロンドンに帰っちゃったんだよね。
ウェンディは、後悔しなかったのかなぁ……。




