魔の水
▶【アイスくんの方へいく】
わたしは……
迷ったけど、アイスくんの方へ行くことにした。一緒にいれば、クッキーくんが守ってくれる。それに、逃げなきゃいけなくなったときも、すぐに一緒に逃げられるから。
わたしはポケットの上から、キョウさんにもらった手鏡を押さえた。大丈夫、ここにある。わたしは走った。
「アイスくん!」
「アスナさん!」
アイスくんの胸に飛び込むと、ふわっとした何かに触れて、自分の立っている位置がズレた気がした。ビックリしているわたしをアイスくんが抱きとめてくれて、わたしたちは手を取り合った。
「“氷の槍”!」
クリームくんが魔法を放ってきて、わたしたちの脇をすり抜けて後ろの方へ突き刺さった。
「クソ……! 妙な真似を!」
「クリエムハルト、聞いてくれ! 争いたくない!」
「うるさい、黙れ!」
「お願い、やめて! もうこれ以上殺さないで!」
「!」
クリームくんの手に集まっていた、氷の魔力が消えていく。
「わたしたちは、奴隷にされた人たちを助けたいだけ。ここの人たちは今まで散々虐げられてきたよ。勝手に追い出したんでしょう? だったら、わざわざ村を探し出して殺さないでよ! 要らないって、捨てたんでしょう!? 捨てられるひとの気持ちがわからないの!?」
「…………」
「クリームくんの目的は、ここの土地を蘇らせることなんだよね? そのためにわたしを連れてこさせようとしたんだよね。だったら、それは協力できるよ。ジルヴェストを襲わなくたって、魔力ならあげるから! だから、もう、殺さないで……わたしたちを自由にして。このまま、行かせて」
わたしは一歩前に出た。両手を広げて、何も手に持っていないことを示すように。そして、アイスくんを庇うように。
「アスナさん!」
「……お前たちは、反乱を企んでるんじゃなかったのか……?」
クリームくんはわたしを探るように、じっと睨みつけながら言った。反乱を起こすと思われてたんだ……。だから、兵器や兵隊を引き連れて潰しに来たんだ。
いったいどこからそんな話が流れてきたんだろう。確かに最初の案では、こっちの奴隷の人たちに反乱を起こさせる予定だったけど、その話はもうなくなったのに!
「反乱なんか起こさないよ。ここに暮らすひとたちは、武器どころか水や食料すら足りてないんだから。見てよ、この乾ききった土地を。見捨てられて、なにひとつ援助のない中で、どうやって反乱なんか起こせるっていうの? 生きていくだけでやっとなんだよ?」
「だが……」
「この土地を救おうとしてたクリームくんなら、わかってくれるって信じる。お願い。殺さないで」
もう一度、お願いする。
きっと、クリームくんにはもう、戦うつもりはないと思う。魔法も途中でやめて、わたしの言うことを噛みしめるように聞いてくれていた。
だから、お願い。このまま帰って……!
クリームくんは何かを振り払うみたいに強く首を横に振る。それから、ゆっくり口を開いた。
「わかった……」
「クリームくん!」
わたしは思わずホッとしてアイスくんを見た。アイスくんも嬉しそう。でも、いきなりクリームくんが苦しみだして、わたしたちは慌てて駆け寄った。
「よせ……来るな!」
「でも……!」
「クリエムハルト、どうしたんだ……?」
クリームくんは髪の毛が半分黒に染まっている方の、右目を手のひらで押さえていた。
「うぐぅぅぅぅ!」
「大丈夫? 苦しいの?」
最初見たときには髪の毛だけが黒かったのに、側で見ると手で押さえている下の皮膚も黒くなっているみたい。いったい、どうなってるの?
「クリエムハルト、いったいどうしてこんなことに……」
「ここから離れろ……、魔力が、暴発しそうだ……。そうなったら、お前たちまで……!」
魔力の暴発!?
どういうこと?
「クッキーくん、これ、どういうことかわかる?」
「う〜ん、この子の魔力じゃないものが体の中にある。それが出てこようとしてるんだよ」
「それって、どうなっちゃうの?」
「…………」
クッキーくんはとても言いにくそうにしている。もう、それだけで嫌な予感しかしない。
「クリエムハルト、これはいつから?」
「……お前に関係ない……さっさと行ってしまえ……」
「関係なくない! 僕たちは家族だ……。それに、主人と奴隷という関係ではあったけど、ずっと側にいて、ずっと見守ってきた……。だから、関係なくなんてない。そんな悲しいこと、言わないでほしい……」
「…………好きにしろ」
アイスくんに支えられて、クリームくんはぶっきらぼうに横を向いた。
でも、すぐにまた苦しみだしてしまった。まだ小さいのに、必死で声を殺して耐えている様子が痛々しい。
「クッキーくん!」
「ぼ、ぼくにはわからないよぅ! カロン……カロン、来て!」
泣きべそのクッキーくんがマカロンさんを呼ぶ。
まさかと思ったけど、わたしたちの影が動いて本当にマカロンさんが来てくれた。
「……呼んだか」
「カロン、ボクじゃ手に負えないの! どうにかして、これ!」
「ふむ」
マカロンさんは真っ青になって震えているクリームくんに手をかざすと、アイスくんを見て言った。
「確かに、私の領分のようだ。この子の中に巣食っているのは魔力を食い、魔力を高める魔の水だ。自ら飲んだか、それとも誰かに仕込まれたか……。このまま放っておいても死にはしないぞ」
「痛みは取り除けないのか? それに、魔力を食べる水なんて、本当に放置して大丈夫なんだろうか……」
アイスくんが心配そうな声で言う。クリームくんが魔力を高めるために飲んだんだったら、どうしたらいいのかな。体に悪いんだったら、取り除いてほしいけど……。
「この魔の水が体内にあれば、確かに魔力は高まる。だが、時折りこのように酷い激痛に襲われるだろう。水がある間はずっとだ。そして、寿命はおよそ半分ほどに減る」
「そんな!」
「今、この水を排出させれば、寿命の方に影響は出ない。だが、もう二度と魔法を使うことはできなくなるだろうな」
マカロンさんの言葉に、わたしたちは何も言えずに息を呑んだ。




