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▶【動けない……】
わたしは、動けなかった。
アイスくんの邪魔にはなりたくない。わたしが余計なことをして、アイスくんが巻き込まれたりしたら……! そんなのダメ!
クッキーくんがアイスくんのことを守ってるなら、わたしは近寄らない方がいい。
だって、一度に何人も助けられないよね……。
わたしが立ちすくんでいる間に、アイスくんとクリームくんの言い争いは激しくなっていった。
「ただの小娘にしか見えないが、よほど男を誑かすのが巧いのだろうな? 己の身の安全だけ考えていればよかったろうに、アイスシュークを使って反乱まで起こさせるとは!」
「やめろ! アスナさんを侮辱するな!」
「事実だ! その女のことがなければ、他の奴隷たちのことなど頭にもなかったくせに!」
「ぐっ……! それは……、けど、アスナさんのことは違う! 取り消せ!」
「ご執心だな。そういうところが! 誑かされているというんだ!」
クリームくんの手の中で氷が弾ける。
「“氷の槍”」
「“盾”!」
「小癪な!」
「やめてくれ……、争うつもりはないんだ!」
「だったら、俺様の邪魔をするなぁっ!」
「アイスくん!」
クリームくんの手から、何発も何発も、氷の魔法が放たれる。それはアイスくんの魔法によって、逸らされたり散らされたり……でも時々、それをすり抜けるようにして魔法が迫って、危ない場面もあった。
わたしは、見守ることしかできなかった。
クッキーくん、どうか、もう少しだけ頑張って……!
「この国はもう傾いてる、それがわからないわけじゃないだろう、クリエムハルト!?」
「お前がその名で呼ぶな!」
「もうやめて! やめてよ……! お願い、クリエムハルトくん、アイスくんの話を聞いて……」
「黙れ、女! 誰もお前の話など聞いていない!」
クリームくんの手が、もう一度わたしの方を向いた。
思わずギュッと身構える。
「やめろ!」
「“氷の槍”」
「“氷の、槍”……!」
クリームくんの魔法と、アイスくんの魔法がぶつかる。ううん、アイスくんの魔法の方が強い!
「ぐあっ……!」
「クリームくん!」
「クリエムハルト!」
アイスくんの氷の槍がクリームくんに突き刺さった。わたしもアイスくんも、慌ててクリームくんに駆け寄っていく。そのとき……
パンッ!
乾いた音がした。
「え?」
わたしは突き飛ばされたような衝撃を胸に受けて、あっ、と思ったときには仰向けに地面に転がっていた。……何が起こったの? 胸が熱くて、体が重い。強い痛みが襲いかかってきた。
「アスナさん!?」
「はは……ははははは! ザマァ見ろ!」
クリームくんは高笑いしたあと、変な風に咳き込んで、また笑っていた。
「アスナさん! アスナさん、しっかりして……」
アイスくんとクッキーくんが、わたしを覗き込んでくる。心配そうな表情……わたし、撃たれたんだ。
「ア、イス……くん……」
「喋らないで。……ひどい傷だ。ルキック、どうすればいい!?」
「わかんない…、ボク、わかんないよ……!」
「そんな……!」
アイスくんがわたしの体を抱き起こしながら、クッキーくんと話してる。どのくらい怪我をしたんだろう。この世界にも、傷を癒やすような魔法はないから、病院に行くしかない。こっちの世界の病院がどこまでできるか、わからないけど。
「…………」
「えっ、アスナさん、なんて……?」
「病院……」
「それって、どこのこと? ジルヴェストか? いや、元の世界に帰した方が……」
アイスくんの言葉で気づく。そっか、この世界じゃ、こういう傷を治せる病院も限られてるんだ。
「ルキック、転移を……」
「うん、わかった」
「待っててね、アスナさん」
でも、それより先にまた拳銃の弾が発射される乾いた音がした。
「あうっ!」
「ルキック!」
狭い視界の中で、クッキーくんが自分の身を呈して、わたしたちを庇うように動いてくれたのがわかった。
「ごめん、アイス……ボク、もう……」
「ルキック、しっかりしてくれ! あとちょっとだけ……」
「ごめんね、アイツが動くより先に、防御の膜を張ってれば良かったのに……」
「ルキック、体にヒビが……」
クッキーくん……。
ダメ、これ以上クッキーくんに負担をかけられない……。
「……キョ、ウ、聞こえる……?」
『アスナ。大丈夫? 転移させるんだね。アスナを元の世界へ』
「アイスくんたち、を、そっちへ……」
『えっ』
「アスナさん!?」
わたしは取り出していた手鏡をアイスくんに押し当てた。
「アスナさん、ダメだ!」
「キョウ……!」
『わかったよ……』
「やめ……!」
キョウはアイスくんたちを安全な場所へ移してくれた。
よかった……。
『アスナ……これでよかったの? 無茶したから、もう、アスナを帰してあげられるだけの力が……』
手の中の手鏡が、ピキリと音を立てた。
わたし自身の転移はもう、いい。多分、この傷じゃ間に合わないから。
アイスくんが無事なら、それでいい。
「妙な力だな」
「…………」
「アイスシュークを逃したか。それで? 自分はここにこうして倒れたまま。まぁ、どこへ逃れても一緒だ、お前は死ぬ」
わたしのそばに立って、見下ろしているのはクリームくんだった。そのお腹から胸にかけて、大きく血が滲んでいる。
「だが、俺様をアイスシュークと同じところへ送れば、お前も助けてやる。あの、どこから現れたのかわからんガキを治療するために送ったのだろ?」
わたしは、笑ってしまった。
「……何がおかしい」
「死ぬ、のが、こわいの……?」
「いや。だが、俺様にはまだ成さなければならないことがある」
「そう……。でも、いやだよ……」
クリームくんはわたしに銃を向けた。
引き金が引かれて、わたしの右足が跳ねた。……もう、何も感じない。
「これが最後だ。よく考えて答えろよ? 俺様を連れて転移しろ」
「や……だ、よ……だ。ばぁ…か…………」
わたしはクリームくんを見上げて、ニッコリ笑って言ってやった。体が重い……。目を開けていられない。
クリームくんが嗤った気配がした。
「そうか。なら、俺様と共にここで死ね」
パン、パンッと乾いた音が響いて、わたしの体が熱くなった。もうとっくに動けなかったんだけど、最後の力も失って、わたしはすべてを手放した。
わたし、このまま死ぬんだ……。
ごめんね、アイスくん…………。
END『あと一歩』




