分岐点 9
クリームくんが固まっていたのは一瞬のことで、彼はすぐさま怒った声を上げながら車を飛び降りてアイスくんの方へ向かっていった。
「貴様! アイスシュークだなっ!? いったい今までどこをほっつき歩いていた! 何一つ連絡もよこさず、どういうつもりだ!」
「クリエムハルト殿下、どうか僕の話を聞いてください……」
「うるさい! 妙な方法で首輪を外し、騒ぎを起こす扇動者がいるようだが、貴様もそれに釣られたか? 愚かな考えは捨ててこっちに帰ってこい!」
クリームくんはアイスくんが帰ってこなかった原因は、誰かに首輪を外されたせいだと思っているみたいだった。
アイスくんは首を横に振ってそれを否定すると、さっきより強い口調で話し始めた。
「話を聞いてくれ、クリエムハルト。僕の弟……。首輪を外したのは僕自身だ、そして、他の民を自由にしたのも僕だ」
「何だと……」
「それができたのは、僕たちに流れる、同じ血のおかげだよ」
「っ! いつから……」
「この首輪が外れて、僕が貴方の下を去った後に」
「そうか……。だが、この俺様の前に立ちはだかるなら、それが貴様だろうと容赦はしない」
クリームくんはまるで威嚇するように左手を振るった。でも、アイスくんは動かない。ふたりは睨み合ったまま。いつ攻撃魔法が飛び出すかわからない、緊張した時間が流れる。
でも、クリームくんの口から飛び出したのは魔法の言葉じゃなくて、悲鳴みたいな絶叫だった。
「…………なぜ、今なんだ! ようやく……ようやくここまで来たんだぞ!? 兵器も、兵士も準備した、愚かな貴族たちの体面を保つための祝典ももうすぐなんだ! 憎きジルヴェストを打ち倒し、奪われた魔力を取り戻す! それが、我らの父上の悲願だったろう!?」
ジルヴェストの名前が出てきて、わたしはビクッとなった。そうだ、この子はジルヴェストを攻撃しようとしてたんだった。魔力が欲しいから……。
奪われたっていうのは、魔力が枯渇してるから?
アイスくんのお父さんの目的も、同じだったの……?
「クリエムハルト、それは違う。彼の願いは、いつだって彼の民のために……」
「黙れ! 俺様の邪魔をするな、アイスシューク。……“氷の槍”!」
クリームくんの左手から氷の槍が飛び出す。
「アイスくん!」
でも、その攻撃は、アイスくんの脇をかすめるようにしてもっと後ろの方へ突き刺さった。アイスくんは避けもしなかった。当たらないことを、知ってたんだ……。
「女……? 何者だ、貴様」
「あ……」
「アスナさん!」
アイスくんが緊張した声でわたしの名前を呼んだ。
クリームくんの左手が、今度はわたしを向く。
まるで視線だけで殺してやるって言われているみたいに、わたしを強く睨みつけてくるオレンジの瞳と目が合った。
「そうか、お前が異世界の精霊の巫女か! 元々はお前を連れてくるようアイスシュークに命じて行かせたというのに、勝手に出奔し、それを今さらになって連れてきたのか? ……いや、お前のせいでアイスシュークが首輪から外れて余計なことを考え始めたんだな!」
「アスナさん、こっちへ!」
アイスくんがわたしに手を差し伸べている。
クリームくんは、今にもわたしを攻撃してきそう……。どうしよう。アイスくんのところへ行っていいの……?
もしもわたしが魔法の戦いに巻き込まれたら、アイスくんの迷惑になっちゃう。シャリアディースと戦ったときみたいに。
でも、ここにいてもわたし、なにもできないし、自分の身すら守れない。
わたしは……
▶【動けない……】
▷【アイスくんの方へいく】




