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▶【ここでアイスくんを待つ】
「わたし、ここで待ってる。皆と一緒に待ってるから……」
「うん。行ってきます」
「いってらしゃい……!」
アイスくんたちを送り出す。
ひとしきり別れを惜しんだ人たちは、晴れやかな顔で行ってしまった。残されたわたしたちは、何かするわけでもなく座り込んでいた。
誰も、何も言わない。
不安と緊張が高まっていく。
どのくらい時間が経ったのか、遠くでドーンと花火が上がったような音がした。ううん、違う。あれはきっと……!
わたしたちはきっと、同じことを考えていたに違いない。誰かのすすり泣きが聞こえてきて、そこからはもうダメだった。皆パニックになっていて、荷物を手に逃げ出すひともいれば、うずくまって悲鳴をあげるひと、祈りをささげるひと……。
わたしは動くことができなかった。
「信じて待ってる」なんて、言葉は軽いのに実際にはどんなに難しいことなのか、わたしにはわかっていなかった。飛び出していきたい気持ちと、ここにいないとアイスくんがわたしと入れ違いになっちゃうのが怖い気持ちと、揺れ動く。
そして、次にドアが開いたとき、わたしの目はアイスくんを見つけた。
「アイスくん!」
「アスナさん……無事でよかった、来て……」
わたしは言われるままにアイスくんに駆け寄って抱きついた。そして気づく、アイスくんのお腹は真っ赤な血で染まっていた。
「怪我をしたの? 大丈夫?」
「手鏡を持ってるね?」
「うん、あるよ。どうしたの?」
「よし……。時の精霊、キョウ。アスナさんを今すぐアスナさんが元いた世界に送り帰してくれ」
「何言ってるの!?」
『……いいの?』
「ダメ!」
「王である僕からの、最初で最後の願いだ。頼む」
「絶対にいや! キョウ、やめて!」
アイスくんの膝から力が抜ける。わたしは慌てて支えた。
「アイスくん、しっかりして! ダメだよ、こんなの……」
「愛してる……、だから、貴女だけは……」
「いや!」
アイスくんの手を握った。
重くて、落っこちそうで、ちゃんと掴んでもズルリとすり抜けてしまいそうな手を握った。見た目からは想像できない、ゴツゴツしてて、ちょっと骨ばってて、傷だらけの手を。
確かに握ったはずなのに、確かに彼の体の重みを感じたはずなのに、強い光に目を刺されて目をつぶってしまう。浮遊感と強く引っ張られる感じ……目を開けると、わたしは見覚えのある通学路に立っていた。あの乾ききった旧王都にいた時の格好のままで。通学鞄だけを抱きしめて。
「……っ!」
その瞬間にすべてわかった。わかってしまった。
アイスくんがわたしを追い返したこと……。
一緒にいようねって、言ったのに!
わたしは耐えきれなくなって、その場にうずくまってひとり泣き出してしまった。叫びたい気持ちを殺して必死で歯を食いしばったけど、嗚咽は勝手に漏れていく。熱い涙がポロポロ落ちていった。
わたしの尋常じゃない様子に、親切なひとが話しかけてきた。でも、わたしはそれどころじゃなくて、何も答えられずに黙って泣くことしかできなかった。
ここからはあまり覚えていないのだけど、わたしは交番に連れていかれて、そこから家族と学校に連絡が入ったみたいだった。平日の朝、普通に学校に行くと制服で出かけたわたしが、私服で砂まみれになって警察に保護されていると聞いて、お父さんもお母さんも驚いていたに違いない。
わたしは「家出少女」として扱われるようになった。
家族も友だちも、わたしがあの場所であんな格好でいた理由を知りたがったけど、そんなの話せるわけがない。いつしか腫れものを触るような扱いをされるようになった。
学校を卒業したわたしは、世界中を旅するようになる。
本物の「家出少女」になっちゃったわけ。
アイスくんの痕跡を、あの異世界へ続く道を求めて、何年も何十年もわたしは旅を続けた。
誰もわたしの話を信じない。
どこにもあの世界への入口は開いていない。
一度だけ、伝書機を飛ばしてみた。
それはフワッと浮いて風を得て、どこかへ飛んで行ったきり、戻ってこなかった。
アイスくんはあれからどうなったんだろう。星詠みの一族は? ジルヴェストは?
どこにも答えはなかった。
この日記も、もう最後。これ以上は書けない。
もうほとんど指が動かせない。
ああ、どうか。
これを読んだあなた、あなたがもしも異世界への扉を開くことがあったら、そこがわたしの望んだあの世界に繋がっていたなら……どうか伝えてください。
「アスナは無事に家に帰りつきました」って。
できることならもう一度、あの世界に行きたかった。自分でそれを伝えて、アイスくんの無事な姿を確かめたかった。
望みどおりにいかない人生だったけど、これだけは言える。
わたしは後悔なんかしていない。
失恋END『あなたへの帰り道を探して』
明日の更新は、お休みさせていただきます。




