目が覚めてひとり
目を覚ますとお腹が減っていた。
真夜中……。真っ暗だ。机の上には点けっぱなしのロウソクがある。つまり、ここはアイスくんの隠れ家ってこと。
「今度はどのくらい寝てたんだろう」
思わず自分の体のニオイをチェックしてしまう。とりあえず、ちょっと何かつまめるものがあれば、食べさせてもらおうっと。それから露天風呂に行って、浴びるだけでもしよう。
そう決めてベッドから抜け出す。
『アスナ、今ひとり?』
「キョウさん? どうしたの、急に」
通信手段として渡された手鏡から、時の精霊であるキョウさんの声が聞こえていた。そういえば、もらってから今まで一度も使ったことがなかった。
『ソダールから荷物をもらったよ。だから、いつでも帰してあげられると思っていたけど、急に魔力が減っていたからビックリしたよ。今はもう満タン近くまで回復したけどね』
「あ。そっか、ギースレイヴンに行ったからだね。心配かけてごめんなさい」
『構わないさ。でも、魔力が安定しないと困る。これからもギースレイヴンを行ったり来たりするのかな。それなら、クォンペントゥスの畑から、マナの実をもらっておいで。勝手に採っていいからさ』
「えっ」
勝手に持ってっちゃっていいの〜? 本当に? 怒られない?
『大丈夫だって。ホントホント』
「うん……」
『あれっ、もしかして私って信用ない?』
「いや~。だって、コンちゃんの畑であって、キョウさんのじゃないし」
悪いけど、信用っていう意味じゃ、うん……。
ごめんね。わたしの中のキョウさんって、わりとソーダさん寄りなの。
『まあ、いいや。とにかくマナの実をもいで手鏡に押しつけて。そうしたらこっちに届くからね。でも、花には気をつけるんだよ? すごく綺麗だけど、人間には毒なのさ。魔力を一気に得られる分、苦しみと後遺症はハンパないよ』
「ええっ! そんな怖いものが畑にあったの!? わたし、聞いてないよ!」
『めったにお目にかかれるもんじゃないからね~。陽の光の下には咲かないしさ。だから、そんなに怖がることないって』
怖いよ! 毒で苦しんで後遺症まであるとか最悪だよ!
『とにかく、取ってきてね~』
「わかった……」
キョウさんからのメッセージはそれっきり切れてしまった。言いたいだけ言って切るなんて。もう、そういうとこだよっ?
わたしは心の中でめいっぱい文句を言いながら、お台所でビスケットと牛乳を見つけておやつにし、お湯を浴びてサッパリし、それから改めて畑にマナの実を採りに行く。どれくらいあるといいのかすら聞いてないけど、とりあえず、二十個くらいは詰め込んでおこうかな。
マナの花に気をつけながら実を収穫していると、暗闇の中からわたしを呼ぶ声がした。
「誰?」
月明かりの下に進み出てきたのはマカロンさんだった。よかった、誰かと思っちゃった。
「マカロンさん、どうしたの? ひとり?」
「アスナ。お前が寝ている間に事態は大きく動いたぞ。一緒に来るんだ、アイスシュークの下へ急ごう」
「えっ……何があったの……」
「それは自分の目で確かめるといい」
血の気が引いていく。クラッときたわたしを支えてくれたのは、背の高い黒髪の男のひとだった。腰まである長い髪に隠れた白い顔、月明かりに光る紫色の瞳。
「しっかりしろ。お前が良ければすぐにでも向こうへ跳ぶが、どうする?」
「マカロンさんなの……?」
「ああ」
ビックリした。でも、今はそれどころじゃない。早くアイスくんのところへ行かなくちゃ!
「今すぐ跳んで。何もいらない」
「……わかった」
一瞬、ふわっと体が浮かんだ気がした。わたしが連れてこられたのは、砂を固めて作ったのかと思うような、粗末な建物の前だった。物置小屋に思えるけど……。
「アイスくんが、中に?」
「ああ。後ろを向けば、お前の仲間たちのいる幕屋だ」
まくやってなに?
振り返った先にはテントがあった。小さく明かりが漏れている。でもここは星詠みの一族のいるキャンプじゃない。ギースレイヴンの旧王都だ。
「……あっちは、後で。まずはアイスくんと会うよ。マカロンさん、ありがとう」
「いや、構わない。むしろ夜中に連れ出して悪かったな。……許してくれ」
マカロンさんが謝るなんて……。
まるで転んだ膝がじくじく痛むように、心がザワザワする。わたしは思いきってその建物のドアをノックした。
でも、返事はない。シーンと静まり返る空気。気のせいか、温度が二、三度下がった気がする。
「アイスくん起きてる? わたし、アスナだよ」
「……アスナさん!?」
ドア越しにくぐもった声が聞こえた。間違いなくアイスくんだ。ちゃんと意識があって声が出せることにホッと胸を撫で下ろす。もう、マカロンさんったら、脅かしすぎ! クッキーくんもいないから、どうしたのかと思っちゃった。
ドアは内側から開けられた。そこにいたのはアイスくんじゃなく、あの奴隷村にいたひとたち。彼らは無言で建物から出て行って、残ったのは、部屋の奥に包帯まみれで座っているアイスくんだけだった。
「そんな……!」
「しーっ。平気だよ。さぁ、中に入って。……まさか、来てくれるとは思わなかった」
わたしは口を押さえたまま静かに建物に入って、ドアを閉めた。
「何があったの?」




