計画について 2
アイスくんはクーデターのことも、自分の父親のことも、残されたひとたちのことも何も知らないままでいたんだ。そして今、一族のために立ち上がろうとしてるの?
「アイスくんは、どうしたいの?」
「僕は、彼らを救いたい。ギースレイヴン自体、そろそろ傾いてきていると僕は思ってる。できれば大きな混乱が起こる前に、彼らだけでも逃がして、この土地でやり直してほしい」
「うん」
「今、王都に残っている一族の人間は、皆体力のある大人たちばかりだ。王都で混乱を起こして、その隙に待ち合わせ場所に集まった彼らを連れて逃げようと思ってる。奴隷同士の繋がりを利用して、情報を伝えるんだ」
混乱を起こす……まるでテロリストだね。
でも、一度に百人もの人間を集めて拐うんだもん、何か普通じゃないことをしないと、捕まる前に逃げきれないよね。
「ただ、問題は王都の警備が厳重すぎること、衛兵の数が多すぎることなんだ。しかも今は時期的にピリピリしてる。あの四十人を連れてくるのだって、かなり難しかったんだ。他の人間の手を借りなきゃいけないくらいに」
「手助けしてくれるひとがいたんだ。よかったね!」
でも、アイスくんは浮かない顔だ。
「まぁね……。お金があれば何とでもなる問題だから。マナの実も、それから僕自身も、お金になるから今はいいんだ。……ただ、協力者が増えた分、危険が増してる。最終的に王都から助け出さなきゃいけない人間は、百五十……いや、もしかしたらその倍になるかもしれない」
「ええっ!? そ、そんな人数、大丈夫なの?」
「…………」
アイスくんは苦々しい表情で黙り込んでしまった。実際、わたしだってこんな状況、「どうしたらいい」って聞かれても困るもん。
「首輪はね、外せなかったよ」
「え?」
アイスくんがポツリとそう言った。
首輪……。そうだよね、危険な方法とはいえ、アイスくんは外せたあの首輪。血を流さなきゃいけないなんて怖いけど、何も首からの血じゃなくたって何とかなるかもしれないとは思ってた。
「血を流せば、外せるんじゃなかったっけ?」
「それは僕の勘違いだったみたいだ。首輪には所有者がいて、その人間の命令には逆らえない仕組みになってる。これは呪いとも言える魔法の力だ」
「呪い……」
「所有者は何人でも設定できる。でも、首輪を外せるのは一番上の所有者だけなんだ。命令もそちらが優先される。……僕の場合は殿下だね」
クリームくんのことだ。
名前が難しくて覚えてられない、アイスくんの腹違いの弟くん。
「本当なら、殿下が外そうとしなければ僕の首輪は外れなかった。でも、血液には魔力が宿っている……おそらくだけど、僕と殿下の血の繋がりのおかげで首輪に組み込まれた魔法律が誤作動を起こして、僕のことを殿下だと認識したんじゃないかと思う。そのおかげで首輪が外れたんだんじゃないかな。詳しくないから、ただの推測に過ぎないけどね」
「へ~」
いやぁ、まったくの素人から見ればアイスくんは詳しいと思うよ。こんなのもう専門家じゃん。エキスパートだよ。
「よくわかんないけど、クリームくんが所有者の首輪なら、アイスくんが外せるってこと?」
「そうだね」
「でも、王都にいる皆の首輪はダメ?」
「うん。所有者が女王だからね」
「そっか」
シュガーちゃんの首にはめられてた痛々しい首輪を思い出して胸が重くなった。
アイスくんは続けて言う。
「僕たちがいるキャンプ地は、隠れ家から近い場所にある。ただし、ギースレイヴンから考えると、かなり遠い。ギースレイヴンと接触している諸国からさらに離れているからね。まさに未開の地だよ」
「そうなんだ。じゃあ、ホントに手付かずなんだね。最初に教えてくれたとおり!」
「……そうだね。あのとき、アスナさんが……工場の近くの村にいたあの奴隷たちを思って言ったよね。いつか、首輪から解放してあげられたら、ギースレイヴンじゃなくたってどこでも好きに生きていけるって」
そういえば、そんなことも言ったような気がする……。
「だから僕は、今回の計画を思いついたんだ。実際に一族の人間に会って、色んな情報を手に入れた。この首輪のこともそう。命令すら届かない場所に行けば、きっと好きに生きていけるんだ。それに、首輪のこともあまり心配しなくていいんだ。女王はもうすぐ死ぬから」
「えっ!?」
「肺を病んでいて、もう長くないんだって噂だよ。もちろん、そんなこと直接大きな声では言えないけどね。首輪の所有者が変わる前に遠くに逃げてしまえば、女王の死後、キャンプの皆の首輪は外れる。だから、そんなに心配してないんだ」
「…………」
「今あの国は沈む一歩手前だよ。女王は自分の後継者を、クリエムハルト殿下を残して全員殺してしまった。殿下はきっと国を継ぐだろうけど、混乱は避けられない。……一番の懸念はあの兵器だね。殿下がこのまま他国を征服し続ける道を選ぶなら、圧政と戦乱の時代が始まる。ようやく実質の停戦状態になっていたっていうのに」
「戦争が再開される……?」
「そうだね。他国から領土を奪って肥え太った国だ。他国の人間を奴隷にすれば、自分たちだけは楽に暮らしていけるんだから、戦争をやめる理由がない。おまけに奴隷の首輪のおかげで反乱もないしね。……殿下の標的はジルヴェスト、あの島国を最初に落とすだろうね。それまでは、僕らのキャンプは無事でいられるよ」
「そんなのダメ! ジルヴェストには、皆がいるのに……」
キャンディやジャムや蜂蜜くん。ドーナツさんも先生もゼリーさんも、皆、ギースレイヴンの襲撃に備えながら、戦争にならないように動こうとしてるのに!
「どうにかしてやめさせられないのかな……」
「殿下の目的は、旧王都の復興だから……そのために魔力がほしいんだ。ジルヴェストの魔力がね」
そうだった!
でも、ジルヴェストにはもう魔力は残ってないのに! 結界が消えて、逆に魔力不足になってるのに……。
「王都から皆を逃がすことと、王子さまを止めてジルヴェストを諦めてもらうこと、同時に進めないと……!」
「……そうだね」
「それじゃ、具体的な計画を教えてくれる? 問題は山積みだけど、計画はあるんでしょう? それを見直そうとしてたんだもんね。聞かせて。それで、わたしにできることを教えて」
アイスくんは大きくため息をついた。




