アイスくんの一族
精霊は自分の元になる物質が近くにあれば、その物質を通して移動できる。シフォンさんなら火、コンちゃんなら土、ソーダさんなら風の通る場所。
だから、水の精霊であるシャーベットさんなら、確かに、お台所のシンクに置いてある水桶からここに来られるよね。でも、いきなりはビックリするなぁ。……水桶、今はキレイな状態だから良かったけど、汚れてたら嫌じゃない?
「そのへんは抜かりなくってよ」
「心を読まないでくださいよ」
「読んだのは表情よ。さ、移動したいんでしょう? お願いしてちょうだい。それで、どうなったのか色々聞かせて!」
本命は恋バナなんだ……。
まったく、シャーベットさんってば。
洗い桶から飛び出てきたシャーベットさんは、青いドレスを着た美人のお姉さんになっていた。水色の髪の毛をハーフアップにして、真っ赤なサンゴの髪飾りをつけている。大きな氷の像だったときも思ったけど、スラッとしてて美人だな〜。
「シャーベ、アスナさんに変なこと吹き込まないでくれるかな。あと、僕らのことにあんまり嘴突っ込んでこないでほしいんだけど」
「あらあら。妾のおかげでいい思いをしたのではなくて?」
「…………」
シャーベットさんの言葉に、アイスくんがウッとなって黙り込む。わたしはシャーベットさんに感謝してるなぁ。おかげで自分の気持から逃げずに向き合えたもん。ただ、「いつ帰るのか」っていう、新たな問題は増えちゃったんだけどね。
「じゃあ、シャーベットさん、運んでもらうのお願いしてもいい?」
「ええ、もちろん。ただ……貴方たち、自分たちが何をしているのか、本当に理解しているの?」
「えっ?」
「…………」
「人助けもいいけど、自分の力量はちゃんと知っておきなさいな。後悔をしないようね」
繋いでいたアイスくんの手にギュッと力がこもる。アイスくんを見ると、なぜか、シャーベットさんをキツく睨みつけていた……。
シャーベットさんの忠告をわたしが完全に理解したのは、少しだけ後になってからだった。
連れて行かれた先には、四十人ほどがいて、キャラバンの馬車みたいなのがひとつ、他はパラパラとテントが立っていた。お年寄りが十五人くらい、大人は女のひとばっかりで、皆忙しそうに木を切り倒したりして家を作っているところだった。
馬車の中には生まれたての赤ちゃんと、ハイハイしてる赤ちゃんたち。赤ちゃんを全部足したら九人いた。
赤ちゃん以外は皆、首に輪が嵌められていた。アイスくんと同じ、奴隷の首輪だ。それがまだ外せていないことにまず驚いて、早く外してあげなきゃ、って思った。
アイスくんはそのひとたちにわたしのことを紹介してくれて、わたしは六歳以上の子どもたちを面倒見ることになった。子どもは十人いて、六歳から十四歳まで、年齢はバラけてた。
面倒を見るって言っても、この子たちはもう立派にこのキャンプの働き手で、わたしは彼らの手伝いをしながら、仕事の監督をして、遊ばせたり勉強を教えてあげたりする役目だった。
あったかい季節だから、こんなテントでもひと晩は大丈夫だったけど、雨が来たらここはどうなっちゃうんだか。食べ物は木の実や果物、山菜、川魚。子どもたちに頑張って獲ってもらわなくちゃ、ごはんが食べられない! わたしの役目はすごく大事だった。
年齢が高い子は女の子が多くて、何となくだけど、わたしは嫌われてるみたい。
草を刈って干し草のベッドが作れないか試してみたり、洗い物が多すぎるからシャーベットさんに知恵をもらって河に洗濯のための場所を作ったり、色々やってるうちに何日か過ぎた。
あのね、あのね、生きるためにサバイバルしてると、時間ってあっという間に過ぎちゃうの! ビックリ!
ようやくアイスくんとゆっくりおしゃべりする時間ができたのは、日記を読み返したらキャンプを訪れて九日目の夜のことだったよ。
キャンプでは一日中ずっと火を焚いているの。獣よけの意味もあるし、火が消えちゃったら熾すのが大変だし。赤ちゃんがいるから、夜中でも絶対に誰かが起きているから、一人だけに火の番を押しつけなくて済むのはいいなと思った。
わたしは火の前で川魚を炙りながら、アイスくんとこれからどうするのかについて話していた。
「ここでの生活は安定してきたから、そろそろアスナさんはあの家に戻ったらどうかな」
「えっ、わたしだけ? アイスくんはどうするの?」
「僕はギースレイヴンの方へ拠点を移そうと思ってるんだ。あと、他にも計画があるし……」
アイスくんもわたしもいなくなったら、ここのひとたちは、完全に自分たちの力でやっていかなくちゃいけなくなるんだよね。今はまだ、大きなトラブルは起こってないけど、いざっていうとき、わたしがいたら精霊に力を貸してもらったり、アイスくんと連絡が取りやすいと思うんだけど。
そう言うと、アイスくんは困ったように笑った。
「アスナさんは、いつ向こうに帰るの?」
「……もしかして、わたしがいると迷惑なの」
「そんなことないよ。でも……」
「でもって、なに……?」
不安が膨れ上がる。つい泣いちゃいそうになったところへ、わたしが一緒に行動しているシュガーちゃんって子が飛び出してきた。最初、わたしのことを一番嫌ってた最年長の女の子。
「行っちゃうの……? アタシたちのこと、置いて行っちゃうつもりなの、アスナ!」
「シュガーちゃん」
「い、行かないでっ、ここにいてよ! み、みんな、アスナのこと頼りにしてるんだから……! アスナが来てくれて、何か変わっていく気がした……変えられる気がしたの。助けて……助けて、アスナ! 見捨てないで!」
シュガーちゃんは焚き火のそばに座ってたわたしにズンズン近づきながら、怒ってた。ううん、違う、泣いてる……? わたしに手を伸ばしてきたシュガーちゃんを、アイスくんが手で止めていた。そうだよ、わたし今、手に焼けてるお魚持ってるから危ないよ。
「落ち着いて、シュガーちゃん。見捨てるとか、そんなことしないって。それに、ここのキャンプはすごく上手くいってると思うよ?」
わたしはシュガーちゃんが不安になって泣き出したんだと思ってた。いきなり環境が変わったし、家と呼ぶにはあんまりにも不安定なキャンプだし。でも、そうじゃなかった。
「こんなところ大嫌い! お父さんが言ってた、アイスシューク様はアタシたちの王様なんだから、アタシたちを全員助けて新しい国を用意してくれるって! 今はまだ、ギースレイヴンの奴らが大勢いるから難しいけど、そのうちあいつらもやっつけてくれるんだって、言ってたもん! だから、アスナはここに残って!」
「どういう、こと……?」
「アイスシューク様はアスナのためになら何でもするんでしょう? だったら、アスナはここにいてくれなきゃ困るよ! 早く……早くお父さんたちを助けて、アタシたちを新しい国へ連れて行ってよ、アイスシューク様! あいつら全員…、早く、殺して!」
わたしは……、何も言うことができなかった。地面に座り込んでわーわー泣いているシュガーちゃんに対しても。苦い顔をしているアイスくんに対しても。
わたしは、何か、大きな勘違いをしていた気がする。




