おはようっていうかトラブルっていうか
フワフワした雲の上からキョウさんに手を振っている夢を見た。曇り空だと、星の観察って難しそう。キョウさんは鏡の姿をしているのに、なぜか悔しそうにしているのがわかっておかしかった。
ふっと目が覚めると、アイスくんの寝顔が目の前に。長い睫毛は白っぽくて、ああ、日本人とは違うんだなぁって思った。
って、ここアイスくんの部屋じゃん!
ソーダさん!? わざと? わざとなのっ!?
……次会ったら、しばく!!
と、それはさておき、アイスくんが起きちゃう前に逃げようかな。見つかっちゃったら、さすがに言い訳できない。変な女って思われちゃう!
それにしても、可愛らしい寝顔してるな〜。口開けちゃって、子どもみたい。つつきたくなっちゃうけど、ガマンガマン。
「ん……」
「!」
しまった、アイスくん起きちゃう!?
わたしは急いでベッドから降りようとしたんだけど、そのときにはもう、アイスくんに腕を掴まれて引き寄せられてしまっていた。アイスくんの胸に顔から飛び込んじゃって、ムギュッてなる。
「……なんで、アスナさんがここにいるの……」
疑問形ですらない。
困惑半分、残りの半分は……怒ってる?
「えへ、えへへへ。おはよ、アイスくん。ごはんにする?」
頭を抱えられてるから表情が見えなくてわからないよ〜!
とりあえず笑ってごまかしてみたけど、上手くいってるかは謎だっ。
「……はぁ。まったく、こんなことして……。僕を本気にさせたいの……?」
「ええっ? ま、まって、そんな……!」
「……ごめんなさいは?」
「ごめんなさい~!」
わ〜〜ん! ソーダさんのせいなのに〜〜!!
おのれ、絶対に許さん!
朝ごはんを食べ終わって、アイスくんと出かけることになった。アイスくんが今まで一人で準備してきた計画に、とうとうわたしも参加することになったの。
まず前提として聞かされたのは、ギースレイヴンの王都には、アイスくんの同族である星詠みの一族が数多く奴隷にされて暮らしているということ。アイスくんはそれを知ってから、彼らを探し出して話を聞くことにした。
それはアイスくんのお父さん、ヴァニーユさんの情報を手に入れるためでもあった。アイスくんは話を聞いて、一族の皆を助けることに決めた。
元々、今のギースレイヴンにはおかしな動きがあるみたいで、アイスくんはあのお店のオジサンの忠告に従って物資を買い込んでいたんだって。コンちゃんの畑から採れるマナの実をお金に変えて、それをさらに引きこもるための備蓄に変えるってわけ。
だから、その規模を増やしたら、奴隷にされてる一族のひとたちを匿ってあげられる。そういうことみたい。
わたしが留守番してた二週間、アイスくんはずっと頑張ってたんだね。クッキーくんやマカロンさんの力を借りて。
ようやく昨日、可能な数だけ連れてギースレイヴンから逃げ出してきて、今は別の場所に仮住まいしてるらしい。大人の男のひとは無理だったけど、子どもとお年寄り、女のひとを優先して助けたって。
「ルキックの仕事が終わるまで、畑に行ってくるね。アスナさんも来る?」
「もちろん! あ、そうだ。アイスくんに言っておかなきゃいけないことがあるの」
「……何かな」
「時の精霊に会ったの。いつでも帰れるようになったから……、だから……」
アイスくんはゆっくり頷いた。
「よかったね、アスナさん。帰るときは、絶対に、教えてね」
「うん……」
どうしてかな。
アイスくんの「よかったね」って言葉が胸に突き刺さる。
うつむいちゃったわたしを、アイスくんが自分の方に引き寄せた。
「こっちに来て。抱きしめさせて」
「ん……」
「そんな顔されたら、帰してあげられなくなっちゃうな……。今だって、本当は、どうやってアスナさんの気を変えよう、こっちに残ってもらおうって考えてたのに」
わたしを抱きしめながらアイスくんが言う。
顔を上げると、困ったような微笑みと視線がぶつかった。
「アスナさんが自分の国に帰ることを了承して恋人になったのに、そんなのズルイよね。ごめん」
「ううん。ズルイのは、わたしも一緒だから……。わたしも、ごめんね」
アイスくんの唇を受け入れながら、さっき歯磨きしといてよかったって思った。ミント味のキス……次は何味にしようかな。でも、それより気になるのは……
「……アイスくん、背、伸びた?」
「えっ? あ……そうかも?」
出会ったとき、わたしとアイスくんは同じくらいの背丈だった。アイスくんの方がほんの少しだけ高くて。でも今は、ハッキリとアイスくんの方が大きい。
「首輪が外れた影響かな……。僕がゴツくなったら、アスナさんは嫌?」
「ううん、そんなことないよ」
その点だけはぜんぜん心配ないよ!
わたしの好みは渋いオジサマだから! アイスくんが可愛いままでもデカくてゴツくなっても、わたしにとってアイスくんはアイスくんのままだよ。
「あ、そうだ。もうひとつアイスくんに伝えておこうと思ってたんだ」
「何?」
「精霊について。あんまり人間に力を貸しすぎると、精霊でいられなくなっちゃうんだって。知ってた?」
わたしの言葉にアイスくんはハッとした表情になった。
「気をつけていたつもりだったけど……。ありがとう、やっぱりルキックを待たずに他の誰かに運んでもらおう。でも、ソダールにはなかなか出会えないし、クォンペントゥスは呼んでも来なくなっちゃったんだよね。……あの日から」
ああっ、アイスくんがまた何か怖い顔に!
まだ毛皮のコート、諦めてないのかな。
「ならば、妾が手を貸してあげましょうか?」
「シャーベ?」
「シャーべットさん!」




