深夜の外出
何が起こったのか三行で説明すると。
部屋に帰ってきたらソーダさんがいて、
夜中なのに出かけようって言うから、
ドアを閉めた。
「おや〜? どうしたんだい、私だよ? レディの部屋に勝手に入ったのは悪かったと思うけど、大丈夫、片付いてたから何も見てないよ。わざわざ家探しもしてないよ」
それは当たり前だ!
勝手に入った上に家探しするようなヤツは犯罪者だよ!
わたしは静かにドアを開いて中に入った。ソーダさんがギターを取り出したのでやめさせる。
「ダメ、静かにして。それで、何の用件? アイスくんに黙って来たってことは、何か秘密にしたいことがあるんでしょう?」
「秘密にっていうか、べつにそういうわけではないんだけど、キョウが会いに来ないかって言うからそのお誘いなのさ」
「時の精霊? 会えるの?」
「会えるともさ。キョウはいつでも同じ場所にいるもの」
「ええと、そうじゃなくて、わたしまだマカロンさんから何も聞いてないし、いいのかなって……」
わたしの答えにソーダさんが不思議そうな顔をする。
「カロン? 何でそこにカロンが出てくるの? べつに彼の言うことを聞かなきゃいけないわけじゃないだろう?」
そうかもしれない。
でも、わたしはソーダさんの言葉にうまく答えられなかった。確かに、マカロンさんの許可がないとダメっていうワケじゃない。ただ、それはつまり、アイスくんにも伝わらないっていうことで……。
「アイスくんに言ってきてもいい?」
「そんな時間ないよ。さぁ、行こう」
ソーダさんはわたしの手を引いて、部屋を出るとお台所へ向かう。
「どうしたの? 何か持っていくの?」
「違うさ。家の中からじゃ移動できないから、外に出なくちゃ」
「あ、そっか」
すっかり忘れてたけど、風の精霊であるソーダさんは、閉じられた屋内とかには入れない。窓が開いてないわたしの部屋からじゃ直接風に乗って移動できないんだ。
お台所から移動した先は、不思議な草原だった。
まだ暗い空には一面星が光っていて、足元からは蛍に似た光がふわふわ浮かび上がってきている。
現実にはありえないような風景に思わずため息が出ちゃう。周りを見回していたわたしをエスコートするかのように、ソーダさんが手を差し伸べてきた。
「さぁ、どうぞレディ。キョウはこの奥だよ」
「……ありがとう」
「どうしたんだい? 足がすくんでるよ。怖いのかい?」
正確に言えば、怖いわけじゃない。
ただ、このまま進んだら、アイスくんのところに戻れない気がしてる……。
「さぁ、ここから先は、君ひとりで進むんだよ」
「うん……」
ソーダさんはどうしてもわたしを草原の先に行かせたいみたい。背中を軽く叩かれる。でも、わたしは押し出されたように感じた。
やっと、時の精霊に会えるのに……。
心のどこかで、このままアイスくんと別れて帰らされることになるんじゃないかと焦っていた。
ノロノロと足を運んで、草原を進んでいく。何度も立ち止まって、後ろを振り向いてしまう。アイスくんが追いかけてきてくれてるんじゃないか、引き止めてくれるんじゃないかって。それに、できることなら引き返したかった。
でも、そこにアイスくんはいなかったし、ソーダさんの姿も見えなくなっていた。わたしは諦めて歩き出す。すると、目の前に人影が見えてきた。あれがキョウ?
「……?」
灰色のフードがついたマントで顔と体を隠してる。近づいていくと、そのひとはサッとフードを取って、わたしを見た。
「えっ、アイスくん!?」
そこにいたのは、ついさっき別れたばかりのアイスくんだった。でも、おかしい……何かが違う。
「待って、あなた、アイスくんじゃないでしょ。誰?」
「ふふっ、よくわかったね。君の一番大事なひとの姿を写してみたんだ。ソックリでしょ?」
「……悪趣味。アンタがキョウなの」
「そのとおり!」
思いっきり睨んでやったのに、なぜか嬉しそうな声を上げるキョウ。なんなのコイツ。
ハリセンがあったらスパーンといくところなんだけど、クッキーくんが取ってきてくれた荷物の中にハリセンはなかったんだよね。
「ねぇ、その格好、やめてくれる? イライラするんだけど」
「そんなに? って言われても、私は精霊になったときに人間の姿は捨ててしまったんだよね。おしゃべりしやすいかと思って姿を借りたんだけど、その様子じゃ、君ソックリになっても怒るだろうね」
そう言ったキョウは少しだけ申し訳なさそうで、わたしは怒りのボルテージをちょっと下げることにした。
「当たり前でしょ。しゃべれないならともかく、しゃべりづらい程度なら、元の姿に戻ってよ」
「う〜ん。いいけど、ビックリしないでね……」
そう言うと、アイスくんの姿をしたキョウはマントを残して消えてしまった。
「えっ! ど、どこ? キョウさん!」
『ココだよ〜。マントの下だよ〜』
「え?」
マントの下? ちっちゃくなっちゃったのかな。そう思ってめくってみると、そこにはバスケットボールくらいの大きさの丸い鏡があった。台座に載せられた状態でマントに隠れてしまってた。
「えええ……」
『やっほ〜。これが私の本当の姿だよ。こんなの、驚いちゃうよね。気味が悪いよね。嫌だろうけど、大事な話をするために呼んだから、せめて聞いてくれないかなぁ? こっちを見なくたっていいからさ』
キョウさんは笑ってそう言った。でも、そんな悲しいこと、笑って言うことじゃないよ……。
「わたしは、いいと思うよ」
『へ?』
「ちょっとビックリしたけど、気味悪くなんかないし。ぜんぜん変じゃないよ? 鏡として見たら、いいんじゃない? それに、わたしが元の世界に帰るためのヒントを教えてくれるひとに対して、そんな失礼な態度、ふつう取らないでしょ」
『……カロンの言ったとおりだな』
「え?」
『アスナなら大丈夫だって。その意味が、今ようやくわかったよ』
なんか勝手に納得してるんだけど、どういう意味かな。
『じゃあ、色々お話ししよう! 質問にも答えるし! ね、いいよね?』
「う、うん」
すごく元気になったキョウさんとお話しすることになった。




