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▶【クッキーくんを中に入れる】
ど、どうしよう、壁にこんな穴があるのに……!
あ、でも、よく考えたらコンちゃんが開けたんだし、わたしが怒られることはないか。
わたしは立ち上がってドアを開けた。
「クッキーくん、どうぞ。話ってなぁに? あのね、今……あれ?」
「どうしたの?」
「うん、今、コンちゃんがいたんだけど……いなくなってる……」
コンちゃんは跡形もなく消えていた。穴もなくなってるし。コンちゃん、何しに来たんだろ。
「とにかく、入って」
「うん」
クッキーくんはうなだれていて、元気がなかった。お昼ごはんの前、マカロンさんと喧嘩してたもんね。わたしとしては、クッキーくんが望むとおりに、ここに残ることはできないんだけど……。
「座っておしゃべりしよっか。ほら、椅子どうぞ」
「ううん、ここがいい……」
クッキーくんは、わたしと並んでベッドの端っこに座った。思いつめた顔をして、わたしの服の裾をギュッと握って。わたしは抱きしめたくなる気持ちを我慢して、クッキーくんが話してくれるのを待った。
「ねぇ、アスナちゃん」
「なぁに?」
「アスナちゃんは、アイスのこと、嫌い?」
「えっ、そんなことないよ」
「じゃあ、好きってことだよね?」
う〜〜〜〜〜ん!
そう来たかぁ! 「嫌いじゃないよ」からの「好きなんだよね」はズルいよ〜!
「えっとね、普通、っていうのじゃダメ?」
「ダメ! だってアスナちゃん、アイスのこと好きだよね? 見てたらわかるもん! 好きって言ってよぉ!」
「クッキーくん……」
そんなこと、言われても、困る。
アイスくんのことを好きな気持ちは、本当だから。好きになっちゃダメって思うほど、アイスくんのことばかり考えちゃう。でも、この気持ちは、抑えなくちゃいけないから。
「アイスの側にいてあげて! アイスを、独りぼっちにしないで!」
「……!」
クッキーくんの必死な声が心に突き刺さる。
そう、わたしだって、考えてた。あの夜、わたしの部屋へ来たアイスくんはボロボロで、そして、体と同じくらい心も傷ついていた。
首輪をはめられて逆らうこともできないまま、それでもわたしを助けようとしてくれたアイスくん。同じ奴隷の立場のひとたちに協力を求めたのに、裏切られて、殺されかけて。
首輪が外れたって、帰る国もなく独りぼっちで……。精霊たちが側にいてくれたって、それが本当にアイスくんの救いになるのかな。
いつもオドオドしていたアイスくん。
一歩引いていたアイスくん。うつむきがちだったアイスくん……。
首輪が外れてからは、少し、背筋が伸びた気がする。
表情も明るくなって、笑顔も晴れやかで。わたしはそんなアイスくんの笑顔をもっと見たい。ずっと、近くで。
わたしが帰っちゃったら、アイスくんはどうするのかなって、考えてた。ちゃんと、考えてたよ……。
わたしがアイスくんを想って泣くように、アイスくんもわたしのことを思い出して泣いてくれるのかなって。
ヤケになっちゃったりしないかな、とか、これからも独りでこんな隠れ家に暮らし続けるのかな、とか。それとも、街に出て年下の可愛い女の子と出会って恋人同士になるのかな……とか……。
「アスナちゃん……泣いてるの……?」
泣くつもりなんてなかったのに、涙が止まらないの。
アイスくんのことを思うだけで、心臓が勝手にドキドキしちゃう。いつかくるお別れのときのことを考えると、悲しくて、苦しくて、叫びだしそうになる。どうしてわたしたち、こんなにも住む世界が違うんだろう……。
「わ、たし……アイスくんが好き……好きなの!」
「アスナちゃん! だったら……」
「でもダメ……ダメなの。わたしには、家族がいるんだもん。きっとすごく心配してる。早く、帰らなくっちゃいけないの。こんな形で二度と会えなくなるなんて嫌だよ……! だって、わたしまだ、何にも伝えてない……大事なこと、ありがとうも、ぜんぜん……!」
クッキーくんは黙って、そっとわたしから少し体を離した。
「帰りたいの……。だから、わたし……」
「アスナちゃんは、家族が大事?」
「うん……。わたしにとって、一番守りたいものが、家族なの」
「ひどいや……」
「ごめんね、クッキーくん。ホントに、ごめんなさい。アイスくんのことが好きだけど、だからこそ、これ以上ここにはいられないよ……だって、どんどんつらくなっていくばっかりだから……」
「アイスのこと、好きって、言ったのに……!」
うつむいて肩を震わせてるクッキーくんの表情は見えない。でも、その声が怒っているのはわかる。
「クッキーくん……」
「ひどいよ、アスナちゃんは! アイスには、もう、その家族すらいないのに! アスナちゃんがいなくなっちゃったら、アイスはどうやって生きていけばいいの!? 裏切り者……裏切り者!」
家族すら、いない……。
そうだよね、アイスくんには両親と過ごした記憶がないんだった。物心ついたときから奴隷で、同じ一族のひととも引き離されて独りぼっち。友だちも、きっと……。だって、アイスくんから友だちの話、聞いたことないもんね。
わたしが、贅沢なのかな。
家族がいて、友だちがいて、それだけで充分だと思わないといけないのかな……? 皆が無事なんだから、たとえ会えなくても、仕方がないのかな…………。
この世界に落っこちてきて、たくさんのひとのお世話になって。それなのに、何も返せないままで帰ろうとしてる。わたしは、薄情で、卑怯で…………裏切り者なのかな。
「わ、たし……」
「もう、みんな、忘れちゃえばいいんだよ」
「え……?」
「アイスより大事なものなんて、必要ないでしょ?」
クッキーくんの手元が、強く光った。眩しい……!
◇◆◇
「……勝手なことをしたものだ。これでアイスが喜ぶのか」
「大丈夫だよ、カロン。アスナちゃんがアイスを想う気持ちは本物だもん。ね〜、アスナちゃん!」
ルキック・キークは嬉しそうにアスナの髪を櫛で梳かしながら言う。アスナは嬉しそうに微笑んだ。水色のウェディングドレスに身を包み、赤い薔薇のブーケを持つ彼女は、どこから見ても幸せな花嫁だった。
「アスナちゃんは〜、どうして帰るのをやめたんだっけ〜?」
「もう、恥ずかしいから、わざわざ言わせないでよ! ……アイスくんのことが好きだからだよ」
「もう、家族のことはいいの〜?」
「いいの。高校を卒業したら、どうせ家からは離れるつもりだったし……一人立ちが早まっただけだよ。まだちょっと、寂しいけどね」
アスナの受け答えは完璧だった。表情も、セリフも、今までのアスナと変わりない。カロンはため息をこぼした。
「どう、カロン?」
「……ルキック、ダメだ。これには白と黒が足りない。お前の光と、私の闇とが」
カロンが指をすいっと動かすと、アスナのドレスに白と黒のフリルが加わった。
「わぁ、ありがとう、カロン!」
「構わない。ただ、遊び終えたら、ちゃんとクォンペントゥスに返すんだぞ」
「うん! でも、アイスがどれだけ長生きするかだよ。アスナちゃんが先に死んじゃったらどうしよう」
「そのときには、死んですぐに精霊に生まれ変わるから心配ない」
「なら良かった! アイス、喜んでくれるかなぁ」
「喜ぶさ。お前からの贈り物なのだから」
END『幸せなウェディング』




