「さよなら」なんて今は言わない
「呼んでも、来ないっ……!」
ギースレイヴンの目を誤魔化して、攻撃されるのを防ごうって、その目的のために作ってもらった結界そっくりの風の膜……それがまさか消えてるだなんて、誰が予想できたかな? できることなら、どうなってんのか本人の口から聞きたいところだけど、呼んでも呼んでも出てこない!
「も~~! どういうことなの?」
怒るわたしをアイスくんが「まぁまぁ」ってたしなめる。「精霊は気まぐれだから」って言うけど、でも、やっぱり納得いかない!
「きっと、ソーダさんにはソーダさんの理由や理屈があるんだろうけど……。それにしても、どうしよう……!」
「そのことは、置いておきましょう」
「えっ」
いいの? 結界がないと、ギースレイヴンが攻めてきちゃうんだよ?
「もうすぐここに、キャルとココが来るわ。アスナ、せめてふたりにお別れをしていって」
「どういう、こと……?」
お別れって? ふたりとも、まだまだこの学園にいるはずでしょ? だって、婚約者がいるし。いい成績で卒業して、結婚披露パーティーするって言ってたもん。
「アスナ、よく聞いて。風の膜がなくなってから、大人たちはすっかりおかしくなってしまったの。同じ時にアスナもいなくなって、そのおかげでアスナのせいだって言い出した者がいるの……」
「そんな!」
「だから、アスナはこの国にいない方がいいわ。彼らはアスナを捕まえて、もう一度、風の精霊様を呼び出させようとしているの。そうすれば、風の膜が作れるから……。そして、そうなったらもう、アスナを縛りつけてどこへも行かせないつもりよ。アスナは帰りたいんでしょう?」
「うん……」
「誰も信用できない……。だから、逃げて、アスナ。この国には帰ってきてはダメ。お兄様が戻ってきたのはよかったけど、一歩遅かった……。先代の国王、つまりお兄様の御父上も戻っていらっしゃったのよ。あの御方はきっと、アスナを自由にはしないでしょう。この国を守るためなら、平気でアスナの心を踏みにじるわ……!」
「どうして……」
「それが、王だからよ」
キャンディはキュッと唇を引き結んだ。
そっか……。王様は、国民ぜんぶの命を背負ってるんだもんね。ギースレイヴンからの攻撃を受け止められるかはわかんないけど、風の膜があるのとないのとじゃ、きっと大違いだろうから。だから、わたしが泣こうがわめこうが、王様なら……。
わたしは、一生懸命仕事をしているジャムのことを思い浮かべた。
ジャムなら、なんて言うんだろうなぁ。
「キャンディは、いいの? わたしがいれば、この国、助かるかもしれないんだよ」
「アスナさん!?」
アイスくんが悲鳴みたいな声を上げた。
わたしはそれに構わず、キャンディの返事を待つ。
キャンディは即座に首を横に振って言った。
「アスナの自由の方が大切よ。決まってるじゃないの! これはこの国が元々抱えていた問題なの。アスナには何の責任もないことよ。そりゃ、助けてもらえるなら嬉しいけれど……今のこの国ではダメ。絶対に、ダメよ」
「キャンディ……」
「たとえ攻め込まれたとしても……いいえ、まずは攻め込ませないための戦いをしなくちゃ。私たちだけの、力で」
キャンディは自信のこもった表情でニコッと笑った。
くそう、かっこいい……! こんな時まで、本当に、この子は……!
わたしはまたしても浮かんできた涙をぬぐって、キャンディに抱きついた。
「戦争なんか、絶対、やだ……!」
「……そうならないように、祈ってて、アスナ」
「うん! 絶対なんだから……!」
「ほら、もう泣かないの。キャルとココが来たわよ。でも、手短にね」
キャンディにポンポンと背中を叩かれて、振り返ると、キャラメルとチョコが駆け寄ってくるところだった。
「アスナ!」
「アスナ~~!」
「キャル、ココ!」
「行っちゃうんですのね……」
「お別れなんて嫌ですわ! でも、でも……!」
「ごめんね、ふたりとも。ホントは、わたしだって、ここにいたい……。だって、わたし、戻ってくるつもりだったんだもん! ここに、戻ってくるつもりだった……!」
熱い涙が抑えられなくて、キャラメルとチョコに抱きつきながら、わたしはみっともなくわぁわぁ泣いてしまった。
家に帰りたいのは本当だけど、こんなお別れするつもりじゃなかった。ギースレイヴンで危険な目にもあったけど、コンちゃんやソーダさんに出会って、結界の外にある村のことも知って…………わたしは、ちょっとずつでいいから、帰るためのヒントを探していって、皆と笑ってお別れするつもりだったのに。どうしてこんなことに、なっちゃったんだろう。
「アスナ、これ、急いで取ってきたんですのよ。アスナにプレゼントしようと思って昨日買ったもの!」
「え? なに?」
キャラメルが取り出したのは、可愛いレターセットだった。
「これを、わたしに?」
「そうですわ。最近、伝書機を買ったんでしょう? しかも、お姉さまとお揃いの!」
「私も欲しかったですわ~! でも、初伝書機ですもの、大目に見ることにしたんですのよ」
「これで、秘密のお手紙をやりとりしようと思って、ココと一緒に選んだんですの」
「キャル、ココ……ありがとう! あ、でも、わたしの伝書機、帰ってきてないんだよね……」
エクレア先生に飛ばしたっきり、帰ってこなかったんだよ、わたしの伝書機……。
「アスナの伝書機は、ギズヴァイン先生がトラブルに巻き込まれたときに破損したと聞いたわ」
「ええっ! 先生は? 大丈夫?」
キャンディの言葉にわたしはビックリした。トラブルって……何!?
「大事ないそうよ。安心してちょうだい」
「よかった……」
「アスナに飛ばした別の伝書機も軒並み帰ってこないし、込めた魔力が切れるような、よほど遠いところにいたのね。とにかく、もうひとつ、渡しておくわよ。ちゃんと届く距離のときに使ってちょうだい」
「ありがとう、キャンディ! わたし、家に帰れることが決まったら、またお別れに来るからね。そのとき、これで知らせるね!」
「……いいのよ、気にしなくても」
「ううん、絶対だよ! 帰るときは、ここから帰るって、決めてるんだから……」
「アスナ!」
「アスナ~!」
四人でギュ~ッて抱き合って、それからお別れした。
キャンディが、急いだほうがいいって、そう言うから。
さよならは、まだ、言わない。
またねって、言わせて……。




