懐かしき学び舎
シフォンさんは食い入るようにジーッとジャムの顔を覗き込んでいる。心なしか、若返ってるような……? でも、ゴワゴワのモップみたいな髪の毛に埋もれててよくわかんないや。
「シフォンさん?」
「……誰? すごい、かっこいい……」
「え、ジャム? 確かに顔は悪くないけど、オレサマだしナルシストだよ?」
「いいの」
いいんだ……。
たしかに、悪い奴じゃないけどねぇ。顔も、中身も。ちょっと、時々相手をするのが面倒になるだけで。
「ジフ、ジルヴェストまで送り届けてもらえる?」
「いいよ。どこまで?」
「あ、じゃあ、マリエ・プティの寮の近くにお願いできる?」
「……ああ、今ならいける。さあ、私の手を取って」
「うん」
シフォンさんと手を繋ぐと、火の粉が舞い散って、あっと言う間にわたしたちはマリエ・プティの寮の近くへ来ていた。ここには見覚えがある……そうか、焼却炉! 今日はゴミを焼く日だったんだ。
「帰ってこれた……!」
「ん……。何だ、ここは。……アスナ?」
「あ、ジャム。起きたんだ、大丈夫?」
カプセルの中でモゾモゾしているのは、ようやく目が開いたジャムだった。眠そうなジャムが手を伸ばしてきて、それがわたしに触る寸前、アイスくんがパシンと叩き落とす。
「…………なんだ?」
「触るな……」
に、睨み合ってる……!
どうにか話題を逸らせないかとシフォンさんの方を見ると、なんといなくなっていた! そんな、さっきまでジャムの寝顔を美味しそうに眺めてたのに! いざ本人と話ができる段階でいなくなる、フツー!?
ええい、もう、それじゃわたしがどうにかするしかないじゃない!
「アスナ!? どうしてここに……!」
「えっ、キャンディ!?」
背後から現れたのはキャンディだった。キャンディと顔を合わせるのは、ドーナツさんやゼリーさんたちと一緒にエクレア先生の実家で作業した日以来だ。
そういえば、手元にわたしの伝書機がなかったからって、キャンディに連絡するの、忘れてた! アイスくんが持ってるやつを借りればよかっただけの話なのに……。
怒られる!
そう思ってギュッと目を閉じたけど、実際に触れてきたキャンディは、わたしを優しく抱きしめてくれた。
「……よかった、アスナが、無事で!」
「キャンディ……。キャンディ〜!」
わたしたちはしばらく抱き合っていた。
「ごめんね、色々あって、連絡するのすっかり忘れてて! 心配かけてごめん!」
「本当よ、伝書機を送っても返事は来ないし! でも、荷物がすべて消えてたから、きっと言えない事情があるんだと思ってたわ。教えてもらえなかったのは、寂しいけど……」
「ぜんぶ話すから……聞いてくれる?」
「ええ、もちろん。でも……まずは、お兄様をお城へ送り届けなくちゃ」
キャンディに言われて、わたしはジャムのことを思い出した。そうそう、目が覚めたんだもんね。どうしてああなったのか、事情も聞きたいし。
「お兄様、すぐに人を呼んできますから。ここにいてくださいませね?」
「わかった。頼む、キャンディス」
キャンディが行ってしまって、わたしはジャムに向き直った。まだアイスくんと睨み合ってるけど、さっきよりは落ち着いたかな。
「ねぇ、あの日、どうなっちゃったの? ジャムもシャリさんも消えちゃって、結界まで消えちゃって、皆ビックリしてた。特にドーナツさんとか、見てられなかったよ……」
「そうか……。オレからは、残念だが何も言えない。朝、いつも通りにやるべきことをこなしていて、ディースが話しかけてきたと思ったら……次に見えたのはアスナの姿だったんだからな」
「そっか」
覚えてないんじゃ、しょうがないよね。
「しかし、結界が破られたとなると困ったな……。ディースなら新しく張れるだろうか? そもそも、ディースはどこへ行ったんだ?」
「それは……とりあえず、お城で皆と話したほうがいいんじゃない?」
「そうか」
ジャムが納得してくれてホッとした。キャンディはすぐにヴィークルと一緒に帰ってきた。運転手さんも一緒に。学園から誰か引っ張ってきたのかな? 相変わらずコーヒーカップにしか見えないヴィークルにジャムを乗せると、キャンディはわたしを振り返った。
「アスナはここに残って。お兄様、私、お城へは後で参りますわ。お兄様がいらっしゃらない間に、ずいぶんと色々なことが起こりましたの……。まずはお城へ。よろしいですわね?」
「アスナは来ないのか?」
「アスナにはまだこちらでやるべきことがありますわ。それでは、お兄様、また後で」
「わかった……。じゃあな、アスナ。また後で」
「うん、またね……」
なんか、シャクゼンとしない……。
キャンディ、かなり強引だったよね。何でだろ?
ジャムに手を振って見送って、キャンディに向き直る。アイスくんが警戒心を剥き出しにした顔でキャンディを見ていた。キャンディは目を細めて冷た〜い表情。なんでこの子たちはこんなに仲が悪いんだろう……。
「それで、キャンディ、どうしたの? わたし、何をすればいい?」
キャンディは何かに迷うように何度か呼吸を繰り返して、それからようやく口を開いた。
「アスナ、まず、質問させてちょうだい。アスナが結界の代わりになるっていう風の膜を精霊様に頼んで張ってもらったのよね?」
「そうだよ。ソーダさんが用意してくれたの」
「その風の膜だけど……ここを離れるときに消したりした?」
「まさか! そんなことしたら、ギースレイヴンが攻めてきちゃうじゃん。それを防ぐための、見せかけだけの結界なのに」
「そうよね……」
「えっ、まさか……!」
「そうなの、消えてしまったのよ」
な、な、な……なんでーーーーー!?
ソーダさぁん!?




