攻防
涙がポロポロ落ちていくのを止められない。シャリアディースはわたしたちを攻撃するつもりでいる。わたしたちはきっと、見てはいけないものを見てしまったんだ……。
カプセルの中に寝かされている意識のないジャムと、ジャムによく似た誰か。それを見てもまだ、シャリアディースを信じたい気持ちが残っていた。
「わたしたちは水の精霊に会いに来たの。わたしが抱えてる問題を解決するために。……アンタがここにいることなんて知らなかった」
「そうだったのか……」
「ジャムはどうしちゃったの? どうして皆に黙ってここへ来たの?」
「…………」
「黙ってちゃ、わかんないよ……」
袖で涙をぬぐう。
黙ってしまったシャリアディースとは逆に、今まで何も言わずに見守っていたアイスくんが静かな声で喋り始めた。
「シャリアディースと言えば、千年くらい前にギースレイヴンから王子を誘拐した男の名前だ」
シャリアディースがしかめっ面になる。
千年前と言えば、ちょうどシャリアディースがジルヴェストに結界を張って鎖国を始めた頃だ。
「オースティアンとコンスタンス、それが誘拐された王子たちの名前だったはず」
「それって! シャリアディース、説明してよ!」
「…………」
「オースティアンって、ジャムの名前だよね? どうしてジャムにその名前をつけたの? 今ここに眠ってるふたりと、関係があるの?」
「……黙れ」
「シャリアディース!」
「アスナ、こっちへ来るんだ。さあ、早く!」
シャリアディースはわたしに手を差し出した。でも、そんなの聞く気、ない!
「やだ! アンタの言うことなんて聞かない!」
「いいから、来るんだ。これは命令だ!」
「アスナさんは行かせない!」
アイスくんがわたしを庇う。シャリアディースは悔しげに舌打ちして、手を引っ込めた。
「……すでに私の魔力を超えたか。残念だよ、アスナ」
「何をしようとしたのか知らないけど、やめて。ぜんぶ話して、シャリアディース。じゃないと、協力することもできない」
「協力? そんなものは求めていない。私の下へ来ないなら、早々に立ち去ってくれ。それが私の望みだ」
「ジャムを置いて帰れるわけないでしょ」
カプセルに入れられたジャム。いったいどんな状況なのか、サッパリわからない。シャリさんは説明する気がないんだとしても、聞き出さないと!
「……そうだね、お優しい君ならそう言うだろうさ。そんなことはわかりきっていた……。アスナ、オースティアンを助けたいかい? それなら話は簡単だ、私と一緒においで。そうすれば、オースティアンを無事に帰そう」
シャリアディースの言葉に、アイスくんもわたしも驚いた。
「そんな交換条件、許さない! アスナさんは渡さない!」
アイスくんはわたしを下がらせて、右手を高く上げた。その掌に力が集まっていくのがわかる。
「“氷の槍”!」
「“盾”! ……お返しだ」
「ダメぇっ!」
アイスくんに向けて、シャリアディースが手を突き出す。わたしはその前に飛び出した。
「アスナ!」
「アスナさん!」
攻撃は、飛んでこなかった。
シャリアディースが何をしたいのか、わたしにはわからない。でも、シャリアディースがジャムを拐ったんじゃないかと思えてきた。
「……ジャムは、ジャムの意思でここにいるわけじゃない。そうなの? 千年前みたいに、アンタが拐ってきたの?」
「…………」
「答えて、シャリアディース。妖精だったアンタが力を得たのは、名前をもらったからでしょう? その名前を贈ったのがオースティアンなの?」
「なぜ、それを…………」
絞り出すような声だった。
「だからジャムに執着してるの? 同じ、名前をつけてまで……」
「やめろ……やめろ! 私に触れるな……!」
「シャリアディース!」
シャリアディースは急にくるりと向きを変えて、階段を降りていってしまった。
「シャリアディース!」
わたしはその背中に叫んだ。でも、シャリアディースは振り返りもしなかった……。
「どうして……」
結局、アイツは何も言わずに行ってしまった。何をするつもりだったのか、ジャムに似たひとは誰だったのか、それすら説明せずに。取り残されたわたしは、どうするべきなのかわからずに、ただただぼんやりシャリアディースの去っていった部屋の入口を眺めていた。
そんなわたしの肩を掴んで、アイスくんが正面からわたしの顔を覗き込んできた。
「ダメじゃないか、あんな風に飛び出したら! どっちかの魔法が当たってたっておかしくなかった! こんなのは勇気でも何でもない、ただの馬鹿だ!」
「ごめん……なさい……」
「ごめん、でも、本当に心配したんだ……」
アイスくんはわたしをギュッと抱きしめた。咄嗟に飛び出してしまってたとはいえ、考えてみれば確かに、わたしは危険なことをしていたんだよね……。
勝手に飛び出していくとか、シャリアディースの魔法に当たらなくたって、もしもあのとき、アイスくんが攻撃をしてたら、わたし……アイスくんの氷が刺さってたかもしれないんだ。
「ごめんなさい…、わたし、わたし……!」
「アスナさんに怪我がなくてよかった……。でも、もう二度としないでね」
「うん……!」
わたしはアイスくんに抱きついて、泣きながら頷いていた。アイスくんの手が優しく背中を撫でてくれるから、なかなか涙が止まらない……。
ようやく泣き止んで、ちょっと腕をゆるめたら、アイスくんは少し離れてわたしをじっと見つめてきた。
キス、されるかもしれない……。
わたしの心臓が大きく音を立てた。




