眠れる王
「うわぁ……これは確かに、お城じゃなくて塔だわ」
お城の中を見上げてわたしはため息をついた。中は吹き抜け、っていうか、ぶち抜き?
壁には手すりつきの螺旋階段がゆるやかに天辺まで続いている。展望台でもあるのか、一番上は天井じゃなくて、部屋の床部分に見える。
「アスナさん、壁を見て。像に見えるけど、たぶん、あれがシャーベだ」
「ええっ!? あ、あれが……」
確かに、壁には像がスッポリ収まってるけど、すっごく大きいよ? だって、ビルに例えると、控えめに十階建てくらいある塔と同じ大きさの像なんだよ?
会話するにしても、天辺の展望台みたいな場所のせいでシャーベさんの顔が見えない。ということは……。
「上らなきゃ、ダメだよね……」
「うん。頑張ろう」
「うう……」
わたしが先で、アイスくんが後ろから上っていくことになった。ここまで歩きどおしだったのに、まさかこんなに階段を上らなくちゃいけないなんて思っても見なかった。数十段上っただけで足が重い……いったいどれくらいあるんだろう。
「厳しい……」
「アスナさん、休憩しようか。魔力は大丈夫?」
「いい。止まったらもう、動けなくなっちゃうから。魔力は……ちょっと減ってる、かな」
「きっと階段を上るために、体が勝手に魔力を使って補助したんだよ。それに、さっきクォンペントゥスやソダールを呼ぶのにも、魔力を使ったはずだからね」
なるほど! そういうこともあるんだ!
魔力も減るし、わたしの負担も減るし、いいこと尽くめじゃない!
「そういうことなら、もうちょっと頑張れるかな。魔力を使えるか、やってみるね」
「無理はしないでね」
そうは言っても、もう途中まで上ってるしね。ここで引き下がるわけにはいかない……!
そんなわけで、ヒィヒィ言いながら上ったよ! いったい何度諦めそうになったことか! でも、体力なさそうなアイスくんが顔色も変えずに後ろから来るんだも〜〜ん。しかも気遣われるし……。年上の意地を見せました!
「大丈夫、アスナさん」
「だいじょぶ……」
ぜんぜん大丈夫じゃないケドね!!
座りたいけど、ここ、椅子がない〜!
あるのは変な物だけ。スポーツ選手が怪我の回復を早めるために入るカプセルに似た物……ううん、むしろそれそのものがふたつ並んだ台の上にそれぞれ置かれている。そして、そのカプセルは三股のチューブで繋がっていて、カプセルに繋がってない方のひとつは、タンクみたいなものに繫がっている。
これ、何?
恐る恐る近づいてみると、中に、人が入っていた。
「っ!」
思わずビックリして飛び退いちゃったけど、中に入ってたの、もしかして、ジャムじゃない!?
アイスくんもカプセルの中を覗き込んで難しい顔をしている。わたしは、ちょっと嫌だったけど、もう一度カプセルの中を確かめた。やっぱり、ジャムだ。
「ジャム、どうしてこんな所に……!」
「アスナさん、知り合いなの?」
「うん。ジルヴェストで……お世話になったひと」
まさか王様だなんて言えないよね〜。アイスくんはギースレイヴンの人間だもん。
「そう……。そのひと、双子?」
「ううん、違うよ。どうして?」
「……同じ顔してるから」
「えっ」
隣のカプセルにはシャリアディースでも入ってるのかな、なんて考えてたわたしの耳に、アイスくんの言葉が不気味に響いた。同じ顔って何……。やだ、ゾワゾワするぅ!
でも、確かめないわけにはいかないよね。わたしはジャムの入っているカプセルから離れて、隣のカプセルを覗き込んだ。
「…………同じ、顔。やだ、なんで……? どういうことなの、シャリアディース!」
わたしの声に応えたわけじゃないだろうに、ソイツは笑ってわたしの名前を呼んだ。
「やぁ、妃殿下。随分と久しぶりにお目にかかった気がするね」
わたしは振り返って声の主を睨みつけた。透き通るような水色の髪、皮肉げな顔、いつもと変わらない白い服。この前会ったときとまったく同じ。
「どうして? アンタとジャムがいなくなっちゃったとき、わたし、心配したのに……。結界のときと同じように、ジャムのことも、何か理由があってこうなってるって言いたいの? わざと、何も知らせずにいなくなったこと、ちゃんと説明できるんでしょうね!」
「クッ……クハハハハ!」
「なに笑ってんのよ」
わたしは怒鳴りたい気持ちを抑えこんだ。アイスくんがスッとわたしの前に出る。わたしはちょっとだけホッとして、アイスくんに寄り添った。
そんなわたしたちを見て、シャリアディースは苛立たしげに舌打ちした。
「どうやってここを知った? どうやってここまで来たんだ! そんな少年ひとり味方につけても、たった一度盾にできれば良い方だと思うがね」
「攻撃するつもりなの!?」
わたしは思わず叫んでいた。
シャリアディースは、確かにあんまり良いヤツとは言えない。だって、国を守る結界を維持するためだからって、国中の人たちから魔力を吸い取って、それを秘密にしていたんだもの。そのせいで、魔力欠乏症に苦しむ人たちがいて、死ぬ人もいて……健康な人もだって寿命が短くなっちゃってた。
しかも、その結界の存在や、他国のこと、何もかも隠してた。結界に触ったら死んじゃうかもしれないことも。そして、それを隠していただけじゃなく、誰もそのことに気がつかないように、千年も昔から洗脳みたいなことをしてきたんだ……。
そんなヤツだけど、それは、守りたいものを守るため、仕方なくやってきたことだと思ってた。
本当は、シャリアディースだって、誰かを傷つけたいわけじゃないんだ、って……。
「シャリさんは、何をやろうとしてるの? それは、わたしたちを殺してでもやり遂げたいことなの?」
「アスナ……」
シャリアディースの顔が歪む。
アイツが裏切ったわけじゃない。でも……わたしの中では、裏切られたも同然だった。熱いものが込み上げてきて、頬にこぼれていく。
「そんなヤツだとは思わなかった! 見損なったよ、シャリアディース!」




