まるで水族館みたい
結局、身支度を整えてコンちゃんを呼んだんだけど、ぜんぜん出てきてくれなかった。アイスくんも、何度も何度も呼んでくれてるのに。
「やっぱりシャーベの所へ行くしかないのかな。氷になってるから、会話ができるかどうか……」
「う〜〜ん、でも、コンちゃん来てくれないんだもんね……」
わたしたちは揃ってため息をついた。
ステータスを見てみると、魔力に変化はなかった。急激に上がってなくって助かると言えば助かるんだけど……。これはもしかして、本格的にアイスくんに頼り切りになる未来が見えてきたかも。
難しい表情で考え事をしているアイスくんの唇にばかり目が行ってしまう……もう、わたしのバカ!
「シャーベの所へ行くとして、移動手段がないんだよね。ルキックはまだ帰ってこないし」
そうなの。
アイスくんが心配してたように、シャーベさんの所へ行くにはクッキーくんの協力が必要なの。移動はソーダさんにも頼めるんだけど、ソーダさんも来てくれなかったんだよね……。もし来てくれてたら、コンちゃんの所へ連れて行ってって頼むこともできたのに〜。
またしてもふたりでため息をついていると、後ろからシフォンさんが声をかけてきた。
「近くまでなら、私が連れて行ってあげられるよ」
「ホント? お願い!」
「いいよ。アスナとアイスシュークのふたりだけ、連れて行く。さぁ、私の手を取って」
「えっ、今すぐ?」
「うん」
わたしとアイスくんはシフォンさんの手を取った。すると、火の粉が舞い散って、ビックリしている間に焚き火の目の前に出てた。
「わ〜、海! すっごく久しぶりに見た〜」
「ここは……どこ? ジフ、ここからどうやってシャーベのところへ行くつもりなんだい」
「私にできるのは、海の底を歩いていくことだけ」
「そんな悠長なこと……!」
アイスくんが焦った声を出す。でも、文句を言ってる場合でもないよ。
「シフォンさん、ありがとう! 魔力はまだ余裕があるから、さっそく行こうよ。ね、アイスくん?」
「アスナさん……」
「クッキーくん、まだ戻ってこないんでしょう? ほら、見て、遠くに何か見えるの。あれが氷の島なら、そう遠くないんじゃないかな」
わたしの言葉にシフォンさんが頷く。そして、アイスくんにちょっぴりトゲのある声で言った。
「ここでこうしてるほど、悠長なことってないと思うけど」
「…………」
わたしはうつむくアイスくんの手を握った。
「アスナさん!?」
「心配してくれてありがとう。ついてきてくれる?」
「もちろんだよ……」
アイスくんは何だかちょっとツラそうに笑った。シフォンさんにもちゃんと謝ってた。よしよし。アイスくん、わたし以上に焦っちゃってるからなぁ……でも、シフォンさんに八つ当たりしていい理由にはならないよね。
ステータスが見えること、教えたほうがいいのかなぁ。
でも、それで嫌われたら嫌だ……。
ああ、でもでも、魔力の状態がわからないとアイスくんが不安になるだろうし。……ちゃんと「大丈夫」ってこと伝えたら、安心してくれるかな?
「アイスくん、あのね、魔力はまだ大丈夫だからね」
アイスくんにコッソリ教える。そしたら、アイスくんはようやく肩の力を抜いてくれた。
「良かった。ごめん、僕、不安で……」
「わかってる。わたしのために、ありがとう」
「アスナさん……」
シフォンさんが咳払いをして、わたしたちはすぐに出発することにした。シフォンさんが海に入ると、そこからザァーッと海が割れていく。海の底を歩くって、本当にそのまんまの意味だったんだ!
「綺麗……!」
「本当だ……すごいね」
朝の日差しにキラキラ光る波が、まるで壁みたいにグルリとわたしたちを囲んでいる。壁って言っても海だから、水族館にいるときみたいに、透き通った波の向こう側に魚たちが泳いでいるのが見える。水族館と違うのは、すぐ近くで魚が跳ねると海の雫が降り掛かってくること。
「きゃっ、冷たい!」
「大丈夫? あ、魚が落ちちゃってるや」
「戻してあげたほうがいいのかな?」
「怪我するよ、アスナさん。僕が代わりに……」
そう言っている間に波が閉じてきて、わたしたちは慌ててそこをどいた。砂の上を跳ねていた魚は、波に乗って帰っていった。
「……ふたりとも、海が割れているのは、私の前と後ろだけなんだよ。ちゃんとついてこないと、閉じていく波に飲み込まれるよ」
「早く言ってよ、ジフ」
「……知らない」
シフォンさんはわたしたちに背中を向けて、早足で歩いて行ってしまう。わたしたちは波と追いかけっこしながらシフォンさんに続いた。
「きゃっ!」
「アスナさん、大丈夫?」
「うん、何か踏んづけちゃって……」
「足、痛めてない?」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして」
足元が歩きづらいだろうからって、アイスくんはずっとわたしの手を繋いでくれている。もう大丈夫、って言いたいけど、実際には何度も助けてもらってるんだよね。よそ見してるわたしが悪いんだけど、海が綺麗すぎて……!
「……ほら、もう着くよ」
シフォンさんの言葉に前の方を見上げると、海岸から見えていた高い建物が、氷でできたお城だっていうことがわかった。キラキラしてる……! まるでゲームか映画か、それとも遊園地のアトラクションみたい!
「わぁ! シャーベットさんってこんな所に住んでるの〜!?」
「一時間くらい、かかったのかな。アスナさん、まだ魔力は平気?」
わたしはステータスを確かめてみた。大丈夫、数字は動いてない。
「うん、まだまだ平気! 余裕があるよ」
「それなら良かった。じゃあ、あとちょっと、頑張ろう」
「うん!」
そこからは、サクサク進んで氷のお城までやってきた。水の精霊シャーベットさんがいるっていう氷の島は、そのお城以外は何もないところで、ちょっとビックリした。でも、精霊ってそんなものなのかもね。
「じゃあ、シャーベットさんに声をかけてみよう。ここからでいいかな?」
そんなわたしに、シフォンさんが言う。
「シャーベは氷になってるよ。この塔の一番上まで登ってみるといい。……私は、ここで待ってる」
「えっ、これ、塔なの? じゃあ、登ってみるね、ありがとう。待っててくれるの?」
「帰り道、もしかしたら、私の助けが必要かもしれないでしょう」
「シフォンさん、ありがとう! 助かっちゃう!」
「……いいよ、そんなの。シャーベに会えたら…………ううん、やっぱり、何でもない」
シフォンさんとシャーベットさんの間にあるものについて、わたしからは何も言えない。シフォンさんからの伝言は、結局、預けられることはなかった。
「それじゃ、シフォンさん、いってきます」
「いってらっしゃい。……上手くいくと、いいね」
「うん!」
わたしはアイスくんと手を繋いで、お城の扉を開けた。




