火の精霊、シフォンさん
ハッと目が覚めたら、目の前に眠っているアイスくんの顔があった。部屋の中は薄暗い。ヤバい、今、夜かな? 朝かなっ!?
最後に覚えてるのは、アイスくんに抱きついて「怖いよ〜」って泣いてたこと……。ああっ、人違いなら良かったのにいっ! あんなのわたしじゃありませーーん! って、そんなわけない。 はぁ……消えたい……。
とりあえずベッドから出ようとして、腰に回された手に気づく。ゆーっくりどけて、ゆーっくり置くと、アイスくんに気づかれずに抜け出すことができた。ひとまず、「何やってんだ自分」とか、「キャンディが怖い」とかは置いといて、ひとりになって考えたい。わたしは音を立てないようにゆっくりと部屋を出た。
感覚的にはたぶん朝だ、と思う。昨日の気持ち悪さはどこへやら、シャッキリ目が覚めて気分はスッキリ! 自分でも都合のいい体してると思う。
アイスくんの部屋を出ると、そこは廊下になっていた。外に出るにはどこを通ればいいんだろう? ひとまずひとつ目のドアをコッソリ開けると、中から明るい光が漏れてきた。
「……おはよう」
「きゃっ!? ご、ごめんなさい! 勝手に開けちゃって……」
「いいよ。ここは台所だし、誰が来ようが関係ないさ」
ここ、お台所だったんだ。聞こえてきたのは、お婆さんの声。でも、アイスくんって確か、家族はいないんじゃなかったっけ?
わたしはドアを開けて中に入ると、ペコッとお辞儀をした。椅子に座ってストーブに当たっているのは、ごわごわした長い髪の毛に埋もれた、しわくちゃの裸足のお婆さんだった。色がよくわかんないくらい古いフェルトのショールにくるまってて、全体的にちょっと……お世辞にも綺麗とは言いがたい感じ。でも、手も足も清潔感があるし、見た目はすごいけど変なニオイもしない。
わたしはお婆ちゃんの前に進み出て、挨拶をした。
「おはようございます。わたし、アスナっていいます。昨日、ここにお邪魔してるときに具合が悪くなっちゃって、アイスくん……アイスシュークさんに泊めてもらってました。あの……ご挨拶が遅くなってしまって、ごめんなさい」
「私に対してかしこまることなんてないよ、異世界の少女、アスナ」
「えっ」
「私の名は、ジフ・オン。火の精霊さ。さあ、こっちに来て座るといいよ。色々と話を聞かせておくれ」
わたしはジーフォンさん……ジフォンさん? に言われるままに椅子に座った。ストーブが暖かくて嬉しい。この家は岩をくり抜いてるせいか、ちょっと寒いんだよね。
「色々って言われても、何から話せばいいのか、わからないんです」
「敬語は要らない。もっと肩の力を抜いたら? 私はアスナのことを聞きたい。望みを教えて? できるかぎり、叶えてあげるから」
「どうして……? ジ、フォンさんは、どうしてそこまでわたしに良くしてくれようとするの? 会ったばっかりなのに」
「だって、アスナは私たちの仲間になるんだよね?」
「えっ」
「そろそろ、植物の精霊が生まれてもいい頃だと思っていた。アスナが精霊になるなら、それはきっと樹木か花の精霊だよ」
「ちょっ、ちょっと待って。わたし、精霊になんかならないよ!? どうしてそんな話になっちゃうの?」
「だって、すごい魔力を感じるもの。アスナは自分でわからないの?」
「!」
わかんないよ!
そんな、まさか……わたしの魔力、もしかしてすごく回復してるの?
わたしは慌てて自分のステータスを確認した。
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【名前】久坂 明日菜
【性別】女
【年齢】17
【所属】日本
【職業】女子高生
【適性】※※※
【技能】お菓子づくり
【属性】ツッコミ
【魔力】83/100(%)
【備考】シャリアディースによって連れてこられた・精霊になりそう
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……漫画的な表現をするなら、わたしはサーッと青ざめた。
魔力が、こんな……どうしよう、早くジルヴェストに戻らないと! 魔力球に触れて、魔力を捨てないと……!
「やだぁ……」
「どうしたの。何で泣くの?」
「魔力が、回復しちゃ……! おかしいよ、こんなの! たったひと晩、ここにいただけなのにっ……早く戻らないと……わたし、精霊になんか、なりたくない! なりたくないのにぃ……」
「落ち着いて。泣かないで……貴女に泣かれると、どうしていいかわからない……」
「助けて、シフォンさん! 魔力、捨てたいの! 帰りたいの! わたしは、こんなところで、精霊になんかなりたくない! 家に帰して!」
「……アスナ」
シフォンさん……ジフォンさんだっけ? 火の精霊のお婆ちゃんはわたしをギュウっと抱きしめてくれた。頭を撫でてくれる手が優しい。あったかい……。
「いいよ。自分の意思じゃないのに精霊にされそうになって、怒らないほうがどうかしてる。怖がる気持ちも理解できる。泣きたいなら泣くといい。それしか、アスナの気持ちを晴らすすべがないなら、私でよければ側にいるから。どうしたらいいかわからないけど、側にいるから……」
「ありがとう、シフォンさん……。ごめんね、ビックリさせちゃった。もう、大丈夫だから」
「……本当に? こんなときくらい、いい子にならなくたっていいんだよ。困っているのは、辛い目にあっているのは、アスナなんだから。私のことなんて、考えなくっていいんだよ」
優しい言葉……。そんな風に言われたら、わたし、もっと甘えちゃいそうになる。
でも、そういうわけにはいかないよね。
「ううん、ホントに大丈夫だよ。ありがとう! ……それで、ありがとうついでに、お願いがあるんだけど……」
「うん。なに?」
「えっと、わたしをジルヴェストまで送ってくれませんか?」
「いいけど」
「いいの!?」
「でも、それで解決するとは思えないけど」
「え……。で、でも、ジルヴェストには、魔力を溜め込める魔力球っていうのがあって、それでわたしの魔力を減らそうと思ってて……」
「でも、それって結局、その球がいっぱいになっちゃったら、もうダメなんじゃないの?」
「それは……」
「精霊にならないようにするためには、クォンペントゥスかシャーベの力が必要だと思う」
「コンちゃんの? それと、シャーベさんって、誰……?」
シフォンさんが赤い瞳をパチクリさせた。
「長い話になりそうだね」
長い話に、なるのかぁ……。




