ようこそ、隠れ家へ
▶【アイスくんに従う】
わたしは、アイスくんに従うことにした。
きっとアイスくんには考えがあるんだ。だから、今は任せよう。
「わかった。今は、何も聞かないことにするね。お会計済ませちゃお」
「あ、ここは僕が……」
「いいから!」
店員さんに合図すると、お会計の準備をしてこっちに来てくれた。ここは、お席で会計するスタイルなんだよ、アイスくん。おこづかいを無駄遣いしてなかったおかげで、まだまだ買い物をする余裕がある。
「じゃあ、アクセサリーのお店に行こうよ」
「うん」
わたしはアイスくんを誘って別のお店に向かった。首輪がほしいって、変わってるけど、そういうアクセサリーがないわけじゃない。むしろ一部のひとたちには人気だったりする。わたしの見立てどおり、首輪もちゃんとアクセサリーショップの棚に並んでいた。
「これなんてどう?」
アイスくんは朗らかな顔をして、獰猛な犬につけるみたいなゴツイ首輪を見せてくる。それはちょっと……。
「も、もう少しおとなしいのにしない? 細めのやつとか、似合うと思うよ……」
チョーカータイプなら、あんまり悪目立ちしないと思うんだ……。
「でも、それじゃ首の痣が隠れるか不安だよ」
「あっ、そっか。そっちの問題もあったよね」
結局、色々試着した結果、トゲはついてないものの、ベルトの太い、まんま犬の首輪みたいなのになってしまった……。
「つ、つけてあげるね、アイスくん……」
「うん。ありがとう、アスナさん。プレゼント、嬉しいよ」
「喜んでもらえて、よかった……」
うう、周りの視線が痛いなぁ。お財布よりも心の傷の方が深い……。
とにかく買い物は済んだ、帰ろう!
「じゃあ、帰ろっか。上手く寮の部屋に忍び込めるかなぁ」
「あ、アスナさん、それよりもっといい場所があるよ。僕の隠れ家に行こう」
「えっ?」
隠れ家?
「一度、招待したいと思ってたんだよ。そこには火の精霊、ジフ・オンもいるし、ゆっくり話ができるよ」
「でも……」
わたしは迷った。正直、ジャムやシャリさんがいなくなった今の状態のジルヴェストを離れるのは不安だ。それに、帰りが遅くなるとキャンディが心配しちゃう。アイスくんと一緒だったって言ったら、きっと怒るだろうなぁ。だいいち、またギースレイヴンに連れて行かれちゃったらと思うと……。
「安心して、アスナさん。僕はアスナさんを危険な目にあわせたりしないから」
「うん、それは、信じるけど……」
「じゃあ、決まりだ」
「うぅ……」
「アスナさん、一度、情報を整理したほうがいいと思うんだ。アスナさんのためもね。精霊たちの話を聞きたくない? アスナさんのことで、大切な話があるんだよ」
「大切な、話?」
「そうだよ。それについては、カロンから直接聞いたほうがいい。だから、行こう」
少し硬くて、骨ばった手が差し伸べられる。
アイスくんは、もう、おどおどして自信のない顔はしていなかった。奴隷にされて、無理やり言うことを聞かされていたときとは違う。昨日の夜みたいに、傷ついて怯えていたアイスくんとも違う。
「アスナさん」
「うん……」
優しくて、包み込んでくれるみたいな微笑みに、わたしはつい、頷いていた。
そっとアイスくんの手を握ると、ぎゅっと握り返してくれた。虹色の裂け目が開いて、わたしたちはジルヴェストから消えた。
目を開けると、そこは山のふもとだった。
どこまでも続くなだらかな草原、まばらに生えた大きな木、遠くの林。滝の音が聞こえる。そして遠くには大きな川……うんと遠くには別の山々が見える。青空の下、どこまでも澄んだ空気。すっごく、平和って感じ!
「すごい……ここがアイスくんの隠れ家がある場所?」
「うん。少し山を登るよ」
「は~い!」
とはいえ、靴がちょっと不安だけど。キョロキョロ見回していると、アイスくんが笑ってわたしの腕を取った。
「こっち。ほら、そんなに遠くない。ルキックが手を振ってるよ」
「あ、ホントだ。それにしても、ここ、ギースレイヴンじゃないよね……?」
「そうだよ。ぜんぜん違う土地だ。アスナさん、世界は広いんだよ。ジルヴェストやギースレイヴンだけが生きていける場所じゃない。こういう恵まれた土地が、まだ手付かずのまま、たくさんあるんだ。だから、あの国にこだわる必要なんてないんだよ」
「そうだね……」
あの国って、ギースレイヴンだよね。確かに、奴隷の首輪さえ外れてしまえば、国を出てどこへでも行ける。ただ、首輪の外し方がちょっとね。問題だけど。
「奴隷のひとたちも、いつか解放してあげられたらいいね。土地が余ってるなら、ギースレイヴンから逃げ出した後、どこにでも行けるじゃない?」
「……アスナさん、貴女ってひとは……」
「え? わたし、何か変なこと言った?」
「ううん、なんでもない。なんでも、ないよ」
「?」
おかしなアイスくん。
わたしはただ、アイスくんと同じことを言っただけなのに。
アイスくんの隠れ家は、本当にすぐそこだった。ちょっと横に移動して、木の密集した、陰になってる場所の隠し扉を開けると上に続く階段があって、それを上っていくと滝の入り口の近くに出る。
「すっごい、ここ、温泉の滝なんだぁ!」
「うん。天然のお風呂なんだ。住居はこっちだよ」
「わぁ! 岩の中にある~!」
岩と同じ色をしたドアが開かれると、四角くくり抜かれた部屋があった。部屋の奥にはドアがふたつ。ちっちゃいけど、これは立派に家だわ。
「さ、入って。まずは、カロンと話そう」
「わかった。じゃあ、お邪魔しま〜す」
わたしはアイスくんの家に入った。靴を脱いで、スリッパに履き替える。奥の部屋はソファがコの字型にセットされている居間で、真ん中にはテーブル、壁には暖炉もあって居心地が良さそうだった。ソファは硬かったけどね。
クッキーくんとマカロンさんが、さらに奥の部屋から現れて、わたしたちにお茶とお菓子を振る舞ってくれた。
「では、始めようか」
三歳児とは思えない落ち着いた声でマカロンさんが言う。
わたしはちょっぴり、緊張していた。




