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▶【今すぐ事情を聞くことにする】
わたしは、今すぐ事情を聞くことにする。だって、戦争になるかもしれないってことだったら、早く皆に知らせないと! 今のジルヴェストには結界がないんだもん、向こうが攻めてくる前に、何か対策を考えないと……!
「アイスくん、待って。やっぱりダメ、今すぐ、事情を話して!」
「…………」
「お願い!」
じっと見つめたら、アイスくんはため息をついて、もう一度席についてくれた。わたしはカフェオレのおかわりを頼んで、気持ちを落ち着かせる時間を稼ぐ。アイスくんもどう切り出したらいいか悩んでるみたいだったし。
お互い無言のまま、目だけで相手の心を読もうとしているような、変な感じ。すぐに届けられたカフェオレの温かさと甘い香りが、少しだけ緊張をほぐしてくれた。
……よし、大丈夫。
わたしは覚悟を決めて、切り出した。
「ごめんね、無理に引き止めて。でも、知りたいの。アイスくんがわたしのところへ来てくれた理由が……!」
「……僕は、アスナさんを助けに来たんだよ」
「うん、それは、知ってる。でも、助けるってどういう意味で? この国が危なかったりするのかな。もしそうだったら、わたし、アガレットさんたちにそのことを教えてあげないと……」
アイスくんはまた、ため息をついた。
「……何のために?」
「何のためって、そんなの決まってる。皆を助けるためだよ」
「そんなだから……」
「えっ?」
「あのね、アスナさん。僕は貴女を連れ出しに来たんだ。こんな国に閉じ込められて、いいように利用されている貴女を」
「は?」
えっ、ナニソレ。何の話?
「この国の奴らは、アスナさんの人の良さにつけこんで、貴女から何もかも搾り取ろうとしているんだよ。親切心から住むところや食べるものを世話しているように見えるかもしれないけど、実際にはあの場所に閉じ込めているだけじゃないか。おまけに、王の婚約者だとかって外堀から埋めて、貴女が他の誰かに頼ろうとするのを邪魔してる。彼らが貴女のために何かしてくれた? どうせ全部、口先だけだよね」
「なっ……! やめてよ! どうしてそんなこと言うの!?」
わたしは思わず立ち上がっていた。
いくらアイスくんだって許せない! だって、だって何にも知らないくせに……!
ドーナツさんや、ジャムや、エクレア先生が、どれだけわたしに同情してくれたか! わたしが帰りたいって言ったら、頑張れって……。この世界のことを知らないわたしのために、エクレア先生はたくさんのことを教えてくれた。蜂蜜くんがいてくれたから頑張ってこれた。キャンディたちがいてくれたから、寂しい思いもせずにすんだの!
「何も知らないくせに、皆のこと悪く言わないでよ!」
アイスくんは呆れたように笑った。
「笑わないで!」
「落ち着いて、アスナさん。人が見てるよ」
「わたしを怒らせてるのはアイスくんでしょ!」
「……根深いな。僕は本当のことを言っているだけだよ。あいつらは貴女を元の世界に帰すつもりなんかないんだ、貴女が諦めて、王と結婚するのを待ってるんだよ、アスナさん。彼らがほしいのは貴女の魔力だ」
「違う……」
「この国にいる限り、誰と結婚したってこの国の得になるんだから、貴女を傷つけたりするはずはないよね。耳触りのいい言葉をかけて、貴女を慰めて、籠絡して、自分たちは味方だって思わせたいだけだ」
「違う、違う! 皆、そんなこと思ってなんかない!」
「違わないね。今の貴女は、ちょっとばかり魔力が多いだけの、無力な、ただの女の子だ。誰も貴女に戦い方を教えない、自衛手段を教えない。だって、無力でいてくれたほうが扱いやすいから。そうだよね?」
「…………」
わたしは、魔法を知らない。魔法を使っているひとも、見たことない……。唯一、わたしが知っているのは防御の魔法だけ。それも、シャリアディースにかけてもらったものだ。
わたしに魔法を教えてくれると言ったのは、シャリアディースだけ。でも、わたしをここに落っことしたのもシャリアディース……これは、どう考えればいいの?
わからない……わからないよ!
「アイスくんの意地悪! 皆が皆、そんなひとばっかりじゃないよ……! だって、だってわたし、あれが演技だなんて思えない! 皆、本心からわたしのこと、応援してくれてると思う。親切にしてくれてると思うもん!」
「貴女は奴隷だよ」
「っ!?」
「まずは、それを認めなくちゃ」
アイスくんの言葉に、まるで心臓を鷲掴みにされたみたいになった。酷い……。
「ひどいよ、アイスくん……」
「アスナさん」
「自分が奴隷だったからって、そんな風に言うなんて! ジルヴェストのひとたちは、ギースレイヴンのひととは違う! アイスくんのときと一緒にしないで!」
わたしは思わずテーブルを激しく叩いていた。手がジンジンする。いつの間にか肩で息をしていたことに気がつく。落ち着かなきゃ……。
「…………まったく」
冷たい声。わたしの体が勝手にビクッと震える。
アイスくんが何かをわたしの顔の前に突きつけた。
何?
チカッとした光がわたしの目を刺して、わたしは体が動かせなくなった。口が……言葉が、出てこない……!
「お客様、どうかしましたか?」
カフェの店員さんが話しかけてくる。助けて……!
「すみません、少し喧嘩になってしまって。でも、もう解決したので。大丈夫だよね、アスナさん」
わたしの首が勝手に縦に頷いた。本当は首を振りたいのに!
「……そうですか?」
「ええ。お会計を。帰るよね、アスナさん?」
わたしの首はまたしても勝手に動いた。店員さんはホッとしたように会釈して、引き返していってしまう。わたし、今どんな顔してる? 助けてほしいのに、ぜんぜん体が動かないよ!
「ルキックたちに迎えに来てもらおうね、アスナさん。僕の家に招待するよ。お揃いの首輪は惜しいけど、また今度にしよう」
アイスくんがわたしの耳にそうささやく。お揃いの首輪って何!? アイスくん、いったいわたしに何をしたの!?
「ずいぶん深く洗脳されてるから、これを解くには、時間がかかりそうだ。でも、大丈夫だよ、必ず僕が助けてあげるから。たっぷり愛してあげるね、アスナさん……」
やだぁ!
こんなの、嘘だよね……? 誰か助けて!
どうして体が動かないの? こんなの、嫌なのに……!
助けて……!
誰か…!
END『洗脳』




