モーニングコールは鳴らなかった
朝、起きると側にアイスくんがいた。
「おはよ、アスナさん」
「……おはよう」
わたしはまだ眠い目をこすって、ぼんやりとした頭で、どうしてアイスくんがここにいるんだろうって考えた。夜中にアイスくんが忍び込んでくる夢を見たような気がしたけど……夢じゃなかった?
「思い出した……アイスくん、もう、大丈夫なの?」
「えっ? ぼ、僕は、大丈夫だよ? ど、どうかしたの?」
「んん〜〜〜。どうかしてたのはアイスくんだよ。昨日はなんか変だったもん……。落ち着いたならよかった」
「あ、うん……」
「わたし、顔洗ってくるね。アイスくん、シャワーは? 予備の歯ブラシ、使う?」
「シャワーはいいや。歯ブラシは、欲しいな。ありがとう」
「ん〜」
わたしは洗面所で顔を洗って、歯を磨いて、ハッと気づく。
蜂蜜くんと長くいすぎたせいでナチュラルに流しちゃったけど、わたし、アイスくんと一緒に寝てたし寝顔見られてたわっ!? あと寝起きのひどい顔も見られたわ!
えっ、慣れってコワイ……。
「あ、アスナさん、タオルってどれ使っていい?」
「え、えっと、待ってね。新しいの出すから!」
背後からアイスくんが覗き込んでくる。わたしは慌てて自分のタオルを掴むと、すぐ側の棚から新しいのを出してアイスくんに手渡した。ベッドの方まで戻ってきて、荷造りしたリュックが目に入ってようやく思い出す。
「……しまった。アサイチって何時だろ? とにかく連絡しなきゃ」
わたしは伝書機にメッセージを吹き込んで、魔力を込めてエクレア先生の顔を思い浮かべた。リボン型の伝書機は蝶みたいに羽を広げて飛んでいった。
「アスナさん」
「わっ」
いきなり声をかけられて驚いちゃった。振り向くと、なんか怖い顔のアイスくん……。
おかしいな、さっきまではすっごく柔らかい雰囲気だったのに!
「なに?」
「……何してたの?」
「えっ。あ、伝書機にメッセージを込めて飛ばしたの。今日は約束があって、出かけなきゃいけなかったんだけど、行けなくなっちゃったからごめんなさいって……」
アイスくんの目が丸くなる。
わたしに予定があるかどうかなんて、考えてなかったんでしょ~。
「ごめん、用事があると思ってなくて……。断ってくれたんだ」
「え、うん」
「そっか……」
なんでそんなに笑顔なの?
まあ、いっか。
「じゃあ、着替えて朝ごはん取って来るね。飲み物は、ティーバッグでよければ紅茶が飲めるよ。ちょっと待っててね」
「あ、アスナさん! 行かないで……」
「え? だって、朝ごはん……」
「そんなの、いいから」
いや、よくないし。お腹すくし。
「わかった、じゃあ、外に食べに行こうよ。ここ、一応女子寮なんだもん」
「あ……」
そう、それも頭になかったのね。余裕ないなぁ、アイスくん。
「そうと決まれば、着替えよっか。アイスくん、どうする?」
「僕は持ってきてないから、このままでいいよ。それより、アスナさんこそどうするの?」
「私服に着替えようかな。それとも制服にするか……」
わたし、私服ってそんなに数持ってないんだよね~。
お買い物に出る機会も少なかったし、最初にもらった三種類のコーデを使い回してるんだ~。
「そ、そうじゃなくて、どこで着替えるつもりなの……?」
「ここでだけど?」
「えっ!」
「えっ?」
アイスくんは驚いてるけど、でも、仕方ないよ。だって、寮の部屋ってば狭いんだもん!
トイレとお風呂ついてるとはいえ、ワンルームだからね? ベッドと勉強机置くだけ、壁収納もあんまりないんだからね?
「向こう向いてて。こっち見ちゃダメだよ?」
「は、はい……!」
素直でよし!
アイスくんが壁の方を向いてる間に、わたしは手早く着替えていく。カフェでの朝ごはんは楽しみな反面、おこづかいが目減りするのが不安の種だったりする。寮のごはんなら、お皿貸してもらって多めに持って来れたのにな。アイスくんてば、わたしより少し身長高いくらいで華奢だから、わたしと同じ制服着たら女の子として通用しないかな?
ちょっぴり恨みがましい視線を送ってしまうのも、仕方がない、よね?
薄い水色の柔らかそうなクセっ毛を眺めていると、その隙間、首の真裏に何かあるように見えてくる。なんだろう、何かのマーク? タトゥーかな?
「ねぇ、アイスくん、首の後ろに何かタトゥーとか入れてる?」
「え? いや、そんなことない、と思うけど……」
「ちょっと、動かないでね」
「あ、アスナさん!?」
「ダメ、前見て」
アイスくんが振り向きそうになって慌てて前を向いた。そうだよ、こっち見ちゃダメなんだって。
わたしはアイスくんの髪の毛を掻き分けて、首の後ろがよく見えるようにした。動かないでって言ってるのに、アイスくんてば、くすぐったいのか震えてる。
今まで、この位置には首輪がはまってたから、ぜんぜん気づかなかった。けど、アイスくんの首の後ろには、星の形の痣みたいなものがあった。
「これ、痣なんじゃないかな? 星の形をしてるよ。生まれつき?」
「え、と……わからない。自分じゃ見えないし、誰も教えてくれなかったから……」
「そっか。痛かったりする?」
「……大丈夫」
痣のところを押してみたけど、痛みがないならお医者さんに見てもらわなくても大丈夫かな。
「今のところ、問題ないみたいだね。よかった」
「うん……。あっ、アスナさん、なんでそんな格好……!」
「あ。こっち見ちゃダメって言ったのに!」
「だって! ……ごめん」
アイスくんは真っ赤になって向こうを向いた。
スカート、まだ穿いてなかったんだよね。わたしが悪い、のかな?
「ごめんごめん、もういいよ、大丈夫。ごはん食べに行こうよ」
「……本当?」
「ホントだって! ほら、行くよ~」
こっちを見ないアイスくん。わたしは無理やり腕を組んで、アイスくんを引っ張った。
「ちょ、アスナさん!?」
「ね、行こうよ。わたし、お腹すいちゃった!」
「わ、わかった……えっと、すぐにルキックたちを呼ぶから……」
ルキックって、誰だっけ?
そう思ってると、虹色の裂け目ができて中から小さい子どもがふたり出てきた。




