真夜中の訪問者
2話続けて投稿しています。
順番にお気をつけください。
ノーマルルート第72部【ルート分岐 2】より
ささやき声で起こされたとき、部屋の中はまだ暗かった。誰かがわたしの頬っぺたを触っている。……誰?
「アスナさん……」
「!」
完全に覚醒した。誰かがわたしのベッドを覗き込んでいる!
声を上げようとした口を塞がれた。わたしは慌てて枕元のスマホ、ううん、違う、伝書機に手を伸ばす。でも、魔力を込めて飛ばす前に不審者の手で弾き飛ばされてしまった。
「んんんんん〜〜〜〜!」
「シッ、アスナさん、静かにして。僕だよ、わかる?」
アイスくん?
どうしてここに!?
わたしはなおさら暴れた。アイスくんの押さえる力がさらに強くなった。どうにか体をよじって逃げようとするのを、アイスくんはわたしの左手首を掴んで邪魔をする。わたしは右手でアイスくんを叩いた。
「ん! んぐ!」
「暴れないで。迎えに来たんだ、もう、大丈夫だから」
「んん〜〜〜!」
大丈夫なわけない!
どうやって二階の窓を開けて入ってきたのか知らないけど、迎えなんて冗談じゃない。もう二度と、あんな国には行きたくない!
こんな日に限って、蜂蜜くんはいない……伝書機もどこかへ行ってしまった。どうしよう……怖い……! このまま、またギースレイヴンに連れて行かれちゃうの!?
アイスくんはベッドの中まで乗り込んできて、体ごとわたしの上にのしかかってきた。押し潰されて痛い。だんだん、身動きが取れなくなっていく……。それでわたしが諦めたと思ったのか、アイスくんはわたしの顔の横に自分の顔をぴったりくっつけてきた。わたしは咄嗟に顔を逸した。
「んっ!」
「アスナさん……泣かないで」
耳元に息がかかる。わたしは首を横に振った。泣かないで、なんて、そんなの無理! こんなことされて、平気なわけないもん!
もう抵抗する力もなくなっていて、わたしはただ泣くことしかできなかった。押しても、体をよじっても、自由になれないんだもん。わたしは自分の顔を枕に押しつけて、必死で唇を守った。
「お願いだから、話を聞いて。僕は、貴女を助けに来たんだよ。僕と一緒に来て……」
わたしは首を横に振った。
こんなことまでして、信じらんない!
「アスナさん、行こう。ほら、お願いだから……」
「いや!」
「静かにして」
「んん〜!」
わたしは体をギュッと固くして、連れて行かれないようにした。アイスくんはわたしの手を引っ張って、アイスくん自身の顔に当てた。指先に唇が触れる。
何のつもり!?
手を引っ込めようとしても、すごい力で引き寄せられる。わたしの指先は、彼の顎に触れて、そして、首に触れた。
あ、れ……? 首輪が、ない?
「わかる? もう、僕はあの王子の言いなりなんかじゃない」
「どうしたの……? 傷だらけだよ……」
わたしは、目を開いてアイスくんを見た。もう塞がっているけど、刃物がかすったような傷がたくさんついていた。アイスくんが泣きそうに笑う。真っ赤な瞳が、それ自体が光っているみたいにキラキラしてる。
わたしはアイスくんの首筋を撫でてみた。あの頑丈そうな首輪が外れたアイスくんの首は、すごく細い。それに、月明かりに照らされた肌は白すぎて、とても顔色が悪かった。目の下の隈は消えていないし、酷くなっている気がする。わたしの手首を掴んでいるアイスくんの手は、とても震えていた。
「助けに、来たんだ……。もう、誰にも貴女を利用させたりしない、辛い目にあわせたりなんかしない。僕が守るから……。ずっとずっと、貴女を守るから……」
アイスくんがギュッとわたしに抱きついてきた。
わたしは……
▷その体を押し返した……。
▶アイスくんの背中に手を回して、抱きしめ返した。
わたしは、アイスくんの背中に手を回して、抱きしめ返した。
アイスくんの体がビクッと大きく震える。
「もう、大丈夫だから……。安心していいよ。アイスくんはもう、大丈夫だよ」
「あ……アスナさん……!」
アイスくんの嗚咽が聞こえてくる。わたしはアイスくんの胸に抱きこめられて、ドキドキしてる心臓の音を聞きながら、冷え切った体を抱きしめ返した。こんなに体中で泣いてる子を、ひとりになんてしておけないよ……。とにかく安心させてあげたくて、背中をポンポンしてあげた。
アイスくんが、こんな夜中に忍び込んできたのがそもそもおかしいんだ。言ってることもよくわからないし。混乱してるのかもしれない。
せっかく奴隷から解放されたのに、追い詰められた動物みたいに震えて……。誰も彼を抱きしめてあげなかったのかな。それとも、誰も彼の側にいなかったのかも……。
そう考えたら、涙が出てきちゃった。
わたしに弟がいたら、こんな感じなのかな?
傷ついてるこの子に、わたしは何をしてあげられるだろう。ほんのちょっとでもいい、何かしてあげたい。彼の心を慰めてあげたいのに……。
その夜は、アイスくんを抱きしめて眠った。




