転生生活 複数の称号を持つ女
ようやくマリコさんが登場します。
もっと早く出すつもりだったのに……。
廊下をしばらく歩いていると何度か鎧兵とすれ違う。
いかつい鎧の人がすれ違うたびにお辞儀をするためなんだか自分が偉い人になったように思えてしまう。
「さて、着きましたよ」
ヘリオスさんがそう言い竜の装飾が施された扉の前で止まる。
なかなかに凝った意匠だ。
「俺の時は驚いたんだが、フレア、見たことでもあるのか?」
「い、いや、始めて見ます。
それに、これでも驚いていますよ」
「そうかい」
「よろしいでしょうか?」
ヘリオスさんの言葉に姿勢を整える。
「はい」
「ああ」
「では」
ヘリオスさんは、扉をノックする。
すると中から女性の声が聞こえてきた。
「お、ヘリオスか。
客人が来たのか?」
「ええ」
「通していいぞ」
「分かりました」
そうすると竜の意匠が施された扉が横にスライドする。
思ってたのと違う……。
「おや? おやおやおや? これまたかわいい魔法士が来たね」
そう言ったのは大きめの椅子に座る女性だった。
容姿は、眼鏡を掛けつばの広いトンガリ帽子をかぶった20代位に見える。
その顔は領主と呼ぶにふさわしい威厳に満ちた顔つきだった。
「こちらアルヴァンス・グリフィス、そして『神童』フレアです」
ええ!? ここでもそれ言っちゃう感じ!?
「くふっ! あっはははははは!」
厳しそうな表情を崩し盛大に笑った。
「いや失礼、神童ってわざわざ言うのって嫌がらせにしかならないわよね? フレア?」
そう言ってとんがり帽子の女性は、指揮棒ほどの大きさの杖を振るう。
「え、えっと」
「ふふ、私がマリコ・ペンドラゴンよ。
まあそう硬くならなくてもいいわ。 ひとまずそこのソファに腰かけなさい」
そう言って入り口のすぐ横にソファと机を杖で示す。
「どうぞ」
そう言って壁側の席、ちょうどマリコさんの方を向くような席をヘリオスさんに勧められた為、勧め通りに僕とアルヴァンスさんは座る。
「まあ、私にも神童と呼ばれたことがあるから気持ちは分かるわ」
マリコさんが遠い目をする。 そのことに首を傾げて尋ねようと思ったことに反応するかのようなタイミングで扉がノックされる。
「入りなさい」
そう言うと廊下でメイドが入って来た。
「お持ちいたしました」
「じゃあお客様に入れてあげて」
「はい」
そう言うとメイドは一回外に出てワゴンを押して室内に入る。
そしてティーセットを出す。
「紅茶にしますか? コーヒーにしますか? それとも緑茶にしますか?」
……りょ・く・ちゃ? 緑茶?
「あの、緑茶って」
「ああ、知っているかい?」
唐突にマリコさんが声をかけてくる。
その目は一瞬光ったように見えた。
「えっと、な、名前だけなら」
「へえ、そうかい? 名前だけ? それはもったいない。
ぜひ飲んでみたまえ」
ニコッと笑うその表情になぜか獲物を見つけたような肉食獣を重ねてしまったのは、果たして僕の感覚がおかしくなったのだろうか?
体がブルリと震えた。
「まあ、分からんでもない」
アルヴァンスさんが僕の肩を叩く。
どうやら、今回だけのことではなかったようだ。
「緑茶をお願いします」
断るのはまずそうだしとりあえず緑茶を頼むことにした。
「じゃあ、俺もそれで」
「分かりました」
メイドさんは手慣れた手つきで茶葉をティーポットに入れる。
そして、しばらくして指を弾く。
すると何故か茶葉だけ浮いて出てきた。
「どうだい? 不思議だろう? 大抵の人は原理がわからずに『魔術』なんて言い方をするのだけど実際は違うんだよね」
マリコさんは僕の驚いた顔を見て満足げに言う。
そう言っている間にもメイドさんは茶葉を避けてティーカップに緑茶を注ぐ。
「どうやってるんですか?」
「まあ、否が応でも知ることになるわ。
この子は私が預かるってことでいいのね?」
「ああ」
アルヴァンスさんが返事をする。
それを聞いてマリコさんは杖を振る。
すると戸棚が勝手に開き本から一枚の紙が僕の方へ飛んでくる。
本と言ったけど、前世の知識からあればバインダーというものであることはわかったけれど、杖を振るだけで魔法が発動することは僕には不可解だった。
まるでフォーミュさんみたいだ。
僕の目の前に飛んできた紙には誓約書という文字が大きく書かれていて、
『私、(空白)は、マリコ・ペンドラゴンに師事することをここに誓約いたします。
決して、マリコ・ペンドラゴンが認めるまで途中で逃げ出したりするようなことは致しません』
という物騒な誓約が書かれていた。
束縛するような内容ではあるけれどフォーミュさんから貰ったユニコーンの首飾りが光らないのを見るに、悪意の類が無いのがわかる。
しかし、誓約内容が内容だけに恐ろしいものがある。
「あ、あの」
「ああ、ペンも必要だったわね」
そう言って杖を振るうとマリコさんの机の上にあった羽ペンとインクが飛んでくる。
「それもそうなんですけど、この誓約書はなんですか?」
「おや? 聞いてなかったの? どういう事なのでしょうね? アルヴァンス?」
そうマリコさんが言ったのでアルヴァンスさんを見ると顔を背けた。
「いや、流石にこれ以上子供を追い詰めるような真似は俺には出来なかったから」
その言葉に僕は嫌な予感が背すじを通って脳内に入り警戒の鐘を鳴らすような錯覚を覚えた。
「やれやれ、私はそこまでメチャクチャじゃないつもりなんだけどね」
「すみません、どういうことか教えてもらえませんか?」
「なに、簡単なことなのよ。
君はここで魔法の修行をするただそれだけのことだわ」
それを聞いて僕を追い詰めるというアルヴァンスさんの言にああこれが嫌な予感の正体かと確信した。
「どれくらい厳しいのですか?」
「なにちょっと生死の境を行ったり来たりしてもらうだけだわ」
笑顔で言うその言葉は『魔女』という彼女の称号の一つを思い浮かべるには十分なものだった。
何より彼女の方から魔力の放流とも呼べる圧力が飛んできた。
「えっと、アルヴァンスさん?」
「諦めろ、彼女に目をつけられた以上逃げることは出来ない」
その言葉に僕は、嵌められたと思った。
何故ユニコーンの首飾りが効果を発揮しないのかという疑問もあったがこの魔力は僕を殺す気だと思うには十分だった。
混乱しつつもとりあえずここから逃げないといけないと確信した。
『光よ』
自分だけ目をつぶり閃光を奔らせる。
そうして目くらましをして部屋から飛び出した。
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「やれやれ、少々脅しが過ぎたかしらね?」
「驚きだぜ、あいつがこんな行動に出るとは思わなかった」
「それは、どういう意味なの?」
マリコは、つばの深いトンガリ帽子を調整しながらアルヴァンスに尋ねた。
「いや、ここまで敵を迎撃する時以外はおとなしかったからな」
「そうかい? しかし、『神童』の呼び名は伊達では無いわね。
魔力を当てるだけでこちらの意図をはっきりとわかったようよ?」
「全く、人によっては気絶しかねない意図を飛ばしといてよく言うよ」
アルヴァンスの言葉に満足そうに微笑むマリコ。
それを見てアルヴァンスは、両肩を上げて所作なしと考えメイドが用意した緑茶に口を付ける。
「しかし、あいつは何処でこのお緑茶を知ったんだ?」
アルヴァンスが知る限りでは緑茶と言うものはこの領にしか存在しない。
少なくとも国内には存在しないはずだ。
「さあ? 偶々(たまたま)、冒険者にでも聞いたかあるいは、私と同じかしら」
そう言ってマリコは杖を振るう。
「もしこの城から出ることが出来たら修行をする必要もないだろうけどね」
「そりゃ無理だ」
「そりゃそうでしょうね。 それこそ私のように軍を相手にして勝てないのなら逃げれないわね」
「そう言えばクーデルのやつは?」
「ああ、あのバカ弟子か、そろそろ帰ってくる頃でしょうね」
「あいつと鉢合わせしたらまずいんじゃないのか? 大丈夫か?」
「それはそれで面白い錬金反応が見られそうね」
「全く」
楽しそうに言うマリコを見て嘆息するアルヴァンス。
「悪いようにはしないわ」
「分かった。 フレアのことをよろしく頼む」
「ま、地獄を見る必要はありそうね」
「フレア、幸運を祈る」
そう言ってアルヴァンスはフレアが逃げた扉を見たのだった。
拙作をご覧いただきありがとうございます。
どこへ行こうというのかね
と、書いた後に思いました。
本当にどこに行くつもりなんだフレア……。