転生生活 33 濡れ衣と逃亡
僕が連れてこられた場所は暗い小部屋だった。
重厚な鉄の扉に粗末なベッドに簡易的なトイレ鉄格子付きの窓、どこからどう見ても牢獄である。
ここに入るまでに十分に嫌な予感はしていたが、まさかこんな扱いを受けることになるとは思いもしなかった。
「すまないな少年、結局あらぬ疑いを晴らす事はできなかった」
「……分かりました」
鉄の扉の向こうから黒鎧の人が声をかけてきた。
話し方が最初と違う、余所行きだろうか。
まあ、どうでもいいや、そんなことより気が滅入りそうだ。
二度の人生で初めての牢屋入りがまさかよくわからない理由で入れられることになるとは思いもしなかったよ。
「せめて君の保護者には話しておいた」
僕はその言葉に黒鎧の人を見る。
……うわあ、イケメンが居る。
その思考が表情に出たようで黒鎧の人は一瞬首を傾げたが、直ぐに納得したように頷いて
「ん? ああ、君に素顔を見せるのは初めてだったな」
とおっしゃいました。
「まあ、吾の顔のことはどうでもいい、もしかすると迎えが来るかもしれないから準備だけはしておくんだ」
「分かりました」
「では、悪運を祈る」
離れていく足音を聞きつつもそこは普通幸運でしょうと思いつつもこの状況で幸運を祈られても困るとすぐに思い直す。
後、吾ってデフォルトの一人称だったんだ……。
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「驚いたな」
という声が聞こえた。
顔を上げて扉の方を見るが誰も覗いていないので頭をかしげる。
「こっちだこっち、窓の方だ」
総後ろから声をかけられ鉄格子の窓を見ると見覚えのある男性が窓の外に立っていた。
「えっと」
「忘れたか? 驚きだぜ」
「ああ、アルヴァンスさん」
「覚えてたか、まあ、ここを抜け出すぞ」
「そんなことして大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないが抜け出さないとより大丈夫じゃない」
「え? どういうことですか?」
「細かいことは後だ」
『静寂なる風よいま一つに纏まりて刃と化せ尚密度高き鉄をも斬り裂け斬鉄の風刃』
やや長めの呪文を唱えたアルヴァンスさん、しかし一瞬風が吹いただけで特に何も起きていないように見えた。
「よし、来い」
「来いって……え?」
どういうつもりなのか聞こうとしたが、すぐにアルヴァンスさんの行動に驚かされた。
鉄格子を抜き取ったのだ。
一見何もなかった風は音もなく鉄格子の上下を切っていた。
「早く!」
「はい」
そうしてこっそり牢獄から抜け出すことになった。
夜ということもあり辺りは真っ暗でどこをどう進んでいるのかわからなかったがアルヴァンスさんは慣れた路を行くように進んでいく。
僕はひたすらそれを追いかけ続けた。
気がつくと見慣れた館が視界に入る。
館の前には馬車が一台留められていた。
「おし、着いたな。 さあ、入るぞ」
馬車は気になったがアルヴァンスさんがそそくさと進んで行くので、アルヴァンスさんの言葉に首肯しアルヴァンスさんに続いてフォーミュさんの館に入った。
「大丈夫そうですねフレア君」
相変わらず執事服を着ているフォーミュさん。
しかし、これが似合ってるんだから。
入り口で直立不動の姿勢で立っている姿は、高貴な家の貫禄のある執事にしか見えない。
フォーミュさんを見ていくらか安堵する。
「ありがとうございます。 フォーミュさん」
「いえ、本来ならばこんなことにフレア君が巻き込まれること自体あってはならないのです。
しかし、魔法学校の権威が薄まってきていますからね」
「巻き込まれた?」
「はい」
口角を釣り上げてにこりと笑うその顔を見て、苦笑いだとすぐにわかった。
なぜならフォーミュさんの目は笑っていなかったからだ。
「今、魔法都市にはとある組織が幅を利かせています。
本来であれば一掃したいところなのですが、どうもそう簡単にはいかないのです」
「でも、なぜ僕なんですか?」
言葉足らずになってしまったがフォーミュさんは的確に僕の疑問に答えてくれた。
「君が平民出身であること、そして光の魔法の才能を持っていたこと、更に大きな事件が発生したから、といろいろと理由はありますが、少なからずしわ寄せがきているのです。
しかし、私としてはあなたの才能をここで潰してしまうのはもったいないと思いましてあなたに悪いですが、この都市から抜け出してもらいます」
言っている意味がわからなかった。
「混乱して当然ですが、今は選択肢はありません」
「別に抜け出さなくてもいいんじゃないか?」
「そうは参りません、このままではあらぬ嫌疑をかけられます」
「どんな嫌疑なんだ?」
「魔導書盗難の嫌疑です」
「え?」
「その反応ももっともです。
私の縁者に濡れ衣を着せて私を糾弾するつもりなのです」
なるほど巻き込まれたか。
「申し訳ないですが、当分の間身を隠してもらいます」
「わかった、それでエリイはどうなる?」
今、気になることはそれだけだ。
「私が責任をもって保護します」
「……わかった」
「君には、私の敵の手が届かない権力を持っている人のところへ行ってもらいます」
「その人を巻き込んでしまわないでしょうか?」
「大丈夫です。
彼女に手を出すことは容易ではありません。
彼女を怒らせるのは誰も得にはならないからです。
彼女は一人で一国を相手取ることができます。
彼女は一人で竜クラスレベルの魔導士を圧倒することができます。
彼女は国内一の魔導士です。
彼女の庇護下にあるものは少なくとも誰も手を出すことはできません」
フォーミュさんの説明に釈然としないものを感じつつも
「わかりました」
とだけ返した。
そんな人が本当に居るのか? いったいどんな人なのか? フォーミュさんとどちらが強いのか?
等々質問が出てきたがそれを質問することはなかった。
それどころではないことぐらい理解していた。
「聞きたいことはいろいろあるでしょうけれどとにかく今はこの町を脱出してください」
「俺が送り届けてやるから心配そうな顔をしなくていい」
「フォーミュさん」
「何でしょうか」
「エリイは絶対に守ってください」
「心得ています」
「じゃあ行くぞ」
アルヴァンスさんが馬車に向かって行く。
「最後に、これを身につけておきなさい」
そう言ってフォーミュさんはユニコーンの首飾りを僕に渡してきた。
「え? どうして」
「餞別です役に立ててください」
「ありがとうございます」
僕はフォーミュさんにお辞儀した後、急いで馬車に向かって走っていく。
「……か……し…に……………」
後ろから声が聞こえた気がして振り向いたけど館の扉は閉じられていたので、聞き間違いと思い幌馬車に乗り込む。
「じゃあ行こうか」
こうして、唐突に僕の学校生活は終わりを迎えた。
心残りはエリイに別れの言葉を言えない事だ。
言伝はフォーミュさんに頼んだけどしかし、やっぱり自分で言いたかったな。
馬車が走り始めた後も僕はエリイにことが頭から離れなかった。
月明かりに照らされる影を見て館が離れていくのを見ないようにしていたのだった。
拙作をご覧いただきありがとうございます
ここまでが序章になります。
ようやく旅に出すことが出来ました。
ここまでプロット無しで書いてきましたが、やはり無理があるので次章からプロット有りで書いていきます。
よろしくお願いします。
あ、もしよければ犬太郎の観察報告http://ncode.syosetu.com/n4356dm/の方もよろしくお願いします。
異世界ものではありません、伝奇ものになっています。
異世界補正が手招きしている……。