番外編 奴隷ナタルの夢 前編
この物語は本編にはあまり影響を与えない物語です。本編の登場人物は名前くらいしか出さない予定ですので、興味のない方はスルーして頂いても構いません。逆に、本編を深く読まれていない方でもお楽しみ頂けるかと思いますのでどうぞよろしくお願い致します。
「さっさと働け奴隷どもっ!今日もメシ抜きにしてやろうかっ!」
数人の役人が鞭を手に仁王立ちで奴隷達に命令していた。
奴隷達は大人や子どもなど女も構わず、ドロドロの汚い作業服を着せさせられている。中にはまだ十歳の子供や腰の曲がった老人などまでもいる。
長城の改修工事に使われる柱をよろよろの老人の男が担いでいると、彼は力尽きて地面に突っ伏した。奴隷はろくな死に方をしない。
役人は生き絶えた彼を見つけて駆け寄る。
「働け!このくそジジイ!」
死んだ老人の身体に鞭を何度も振るう役人。彼が動かないのを見ると「はんっ!死んでやがったか、おい貴様ら!このゴミを片付けておけっ!」と少年と少女に向かって老人を蹴り飛ばした。
命令を受けた少年奴隷の方が小声で悪態を吐いた。
「ちっ!今日で十人目だ!やつら良い気になりやがってっ!いつかあいつのケツにこの棒をぶち込んでやる!」
「しっ……!聞こえちゃうよナタルっ!鞭打ち千回じゃ済まされないよ!」
同僚の奴隷少女に注意されるナタル。
「別に良いさチグル。そうすりゃ俺もようやくこの世からおさらばさ」
チグルと呼ばれた少女は悲しそうに眉尻を下げる。
「ナタルはどうしていつもそんなことばかりいうの?わたし、ナタルが死んじゃうのやだよ?もしナタルが居なくなっちゃったらわたし……どうやって生きていけばいいのか……」
涙目で弱々しくうつむくチグルを見て、ナタルは面倒くさそうに頭の後ろを掻いた。
「あー分かった分かった!俺は死なないからそういつまでもうじうじすんなよ……ほら、じいさん持ってくぞ」
「うん……分かった」
老人の上半身をナタルが下半身をチグルが持って死体埋めの穴まで運んでいく。
ここはフォルパス列島の中部地方でイリアが治めている帝都である。彼ら奴隷達は西大陸側の沿岸にそびえ立っている、長城の改修工事現場で働いていた。
奴隷は軍役と雑役とに大きく二つに別けられている。ナタルやチグル達は雑役の奴隷だった。
軍役の奴隷は魔人である。元々奴隷身分の魔人の他に捕虜となった敵国の兵士や民がこれになる。
対して雑役の奴隷は、大昔に捕虜にした人間の末裔や魔人の親から魔力を持たずして産まれた人間達である。
軍役の奴隷は兵役を百年終了すれば市民権が与えられる。一方、雑役の奴隷は産まれて来た時から時も死んだその後までもがゴミ扱いのまま棄てられる。
ナタルとチグルは、多くの奴隷の死体が放り込まれた穴に老人をそっと投げ入れた。彼らはこんな事を毎日させられている為、今更悲しんだりする事はない。
そもそも、ナタルとチグルは奴隷の収容所育ちである。彼らはここ以外の生活は経験した事がない。
見張りの役人が死体の埋まった穴に小便をしているのを尻目に、ナタル達は自分達の仕事にさっさと戻る。
ここでは短い睡眠時間以外は一瞬の怠慢が命取りになるからだ。
……やがて時間は過ぎ、松明の明かりを頼りに作業が終わりに近づいた。
「今日の作業は終わりだ!各班長はこの場に残ってそれ以外は速やかに隷舎に戻れ!」
夜遅くまで働いていた奴隷達にようやく一息つく時間が訪れた。だが数時間後には、またすぐに作業が待っている。
隷舎に戻って顔見知りの班員がいない事に気がつくと、ナタルは「明日は自分かもしれない」といつも考えさせられた。
そしてその時がナタルにも迫って来ていた。
隷舎に戻ってきた班長が役人からの命令を口にした。
「今月の我が班の功労者が選ばれた。喜べよナタル。明日から三日間、お前は作業に出なくても良い。三日後の闘技大会に期待しているぞ」
「……はい」
ナタルはうつむくのを我慢して返事する。チグルが彼の服をぎゅっと掴んで不安で瞳が揺れていたからだ。彼女には弱い自分を見せたくなかった。
闘技大会とは、一ヶ月毎に闘技場で開催される奴隷が魔獣や魔物と決闘するショーのことだ。
出場権を持つことが出来るのは各班の奴隷であり、作業を一番優秀な成績で残した者たちだけだ。
功労者の特典は大会前の三日間与えられる仮結婚の功労結婚と、優勝者のみに与えられる表彰結婚である。
功労結婚はパートナー毎に家が与えられる。三日の間に自分が選んだ伴侶と子作りをする。功労者が大会で死んだ場合伴侶が無事出産を終えた後、伴侶は名誉処刑される。妊娠していなかったり、流産だった場合は直ちに処刑される。
そして、見事大会で生き残った表彰者は、与えられた家で死ぬまで伴侶と一緒に奴隷の繁栄に貢献する事を許される。また、子作りの為に毎日の作業は半日働くだけで良しとされる。
酷く残酷な内容だが、奴隷達はこの表彰者になる為に必死に働いている。表彰者は彼らの模範となる奴隷であり、目指すべき姿なのである。
だからナタルは困惑していた。自分はそうならないために目立つ事なく働いてきたはずだったのに……。早死にの確率が上がってしまったではないかと。
選ぶパートナーにも困ったものだ。最初にチグルの顔が浮かんで来た。彼女とは一番長い付き合いだったし好意も抱いていた。だがそういうわけにもいかない。大会で死ぬことはほぼ必至だ。彼女を巻き込んで殺されてしまうのは嫌だった。
短い睡眠時間。ナタルは寝つけずに寝返りを繰り返していた。
すると隣で寝ていたチグルが、皆が寝ているのを確認して小声でナタルに話しかける。
「ねえナタル……起きてる?」
「ああ……どうした?今のうちに寝とけよ」
「うん……そうだね…………」
少し長い沈黙が続く。チグルがひざ掛けのような薄い布団の隙間から手を出した。そしてナタルの手を優しく握った。
「ナタルはわたしのこと、好き……?」
「…………」
ナタルが「嫌いだ」と、言えばそれで済んだ話だった。だが、彼女に思いを伝えるチャンスはもうないと思うと、彼は嘘をつくことが出来なかった。
「好きだよ……俺はチグルのことが好きだ……」
それを聞いたチグルはナタルにすり寄って来た。
「良かった……わたしもナタルが好き……」
暗くてお互いの表情は分かりづらかったが、繋いだ手の温もりから彼女の嬉しさが伝わってくる。ナタルはその手を握り返した。
「だから俺はお前を選ばない」
「それはヤダよ。ナタルが他の人と一緒に暮らすなんて」
「お前には生きていて欲しいんだ。せめて俺が生きるはずだった分までは」
「ふふっ……ナタルらしくないね。そんな優しいこと言うんだ」
「そうだな……らしくねえな……」
………………。
再び沈黙が流れる。チグルが自分の額をナタルの額にくっつける。
「でもね、わたしはナタルがいつも優しいこと知ってるから」
「え?」
ナタルはチグルの言葉に驚いた。チグルは面白可笑しく笑ってみせる。
「あれ?あれっていつも無自覚だったの?」
「な、なんのことだ?」
「ナタルって不思議なことにね。わたしが弱音をはきそうになった時にいつも駆けつけて助けに来てくれるんだよ?知らないの?」
「なんだ、それ……ただの偶然だろ?」
それはただの偶然ではなかった。ナタルは常にチグルの様子を見ていた。彼女がよろけそうになったり、彼女になるべく重労働が当たらないように、わざと自分の背で姿を隠して自分が代わりに当たるようにもしていた。
それがバレていたことに気がついて、ナタルの目が泳ぐ。
さらに追い打ちをかけるようにチグルが言う。
「あんなに優しくされたら、好きになっちゃうの当たり前だよ。責任、ちゃんととってよね」
ナタルは彼女の言葉に己の負けを感じていたものの、まだ渋っていた。
そしてチグルの最後のダメ出しが彼の心を決心させた。
「ナタルなら大丈夫。わたしの知ってるナタルは強いからきっと生きて帰って来る。ナタルが生きているならわたしも生きている。ナタルが死ぬ時はわたしも死ぬ。わたしはずっとナタルの側に……ナタルの一番近いところで一緒にいたいなーー」
ナタルの物語はまだ続きます。次回も番外編をお送りする予定ですので、しばらくこの物語にお付き合い頂けると幸いです。
ではまたのお立ち寄りを心よりお待ち致しております!




