足ることを知って、及ばぬことを思うな
鎌倉末期から室町初期に活躍した武士、楠野正成の言葉です。足りないことより、足りている自分に目を付けろという、自身が溢れるような言葉です。
逃亡計画とは言っても、具体的な事柄は何も決まってはおらず、シェインはアイデアを出すように諭した。
「まず、大まかなところから行こう。移動方法について意見ある人?」
シェインの提案に意見を出したのは中では真面目な仲他だ。
「馬を使うのはどうでしょうか?」
確かに的確なアイデアだった。陸路で行けば一ヶ月以上かかる、ミナミからアキバまでの道のりだ。当然馬を使えば幾らかは短縮できる。
「そうだな。俺も使うつもりでいたが、ミナミから暫く、近畿地方は徒歩で行く」
「何故に?」
すっとんきょうな声のアヤコにやれやれとか思いつつ説明しようとするが、レキナがフォローを入れてくれた。
「〈Plant hwyaden 〉の追っ手が面倒臭いのでございましょう?騎兵は歩兵の集団攻めには弱いのですよ」
「なるへそ〜」
「それにしてもお前ら馬出せんの?」
「心外ですよー。私達だってギリ中級者なんですから。召喚笛は持ってます」
それを確認したシェインは、次の課題に移った。
「逃亡する時間帯は、早朝、午前3時から5時ぐらいだ。昼間はバレバレ、夜間は警戒が強い。納得してくれるか」
全員が一様に頷く。追っ手とはなるべく会いたくないのが最善だからだ。
「じゃ、最後に。戦闘のことだ。万が一追っ手が来た場合と、逃亡中にモンスターに会った時だ。追っ手の時は、俺が引き付けるから、お前らは先を行く。追って来ても最初の方だ。変な道に行くことはない。次にモンスターとの戦闘だが、これは撃退よりも逃げ中心。変なところでいろいろ失いたくはない。ポジショニングとしちゃこうだ。大部分の敵は俺が相手をする。3人はレキナさんの護衛だ。このパーティーには幸いにも回復職が2人。有事に備えてくれ。でも、危険なゾーンを通るつもりはないから。山間よりは、街道をそって行く。他に質問は?」
今の所誰も手を挙げない。それを見るとシェインは解散の一言を放つ。
「まず、アイテムから持っていくものについては整えておけ。貸金庫と擦り合わせてな。あと誰でもいいんだけど、食材アイテムは特に。なるべく買いには行かない。大量に購入すると不審がられるからな。基本は現地調達の方向で。あと、レキナさん。宿屋にはもう帰って来られないかもしれないけど覚悟は?」
その質問は重大なものだった言える。自分の居場所を一つ失うことになるのだから。人によっては悲しんだりするのかもしれないが、彼女はいつも通りの笑顔だった。
「大丈夫でございますよ。そのくらいの覚悟や決意がなければ、ここまで言いませんことよ」
シェインは黙って頷くと立ち上がり宣言した。
「よし、計画は明日の午後3時をもって発動する」
「決断早くないっすか⁉︎」
思わず驚くカネコウおよびその他に話し続けるシェイン。
「そして、今から作戦のための大切な下ごしらえを始める!銀行へ行くぞぉ」
誰もその意味を理解できなかった。
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ギルド会館の銀行フロア前には長蛇の列、人、人、人。みんなが同じように考え行動に移すから混乱することになるのだ。告知があった初日に、関西の最大戦闘系ギルド〈ハウリング〉が〈Plant hwyaden 〉に全員加盟したことが原因だろう。シェインが巷で聞いた話によれば、ギルドマスターのナカルナードはクオンと同じく〈十席会議〉に濡羽から誘われたようだ。天下の守護戦士でも、でかぱいには勝てなかったようだ。時間が経つうちにシェイン一向の列は前に押し進められ、銀行の窓口まで到達した。
「ギルドの解散でしょうか?」
窓口に立つ供贄の職員は作業の如く多くの人に当たっていたのかもしれない。場合によってはギルドの解散、そして加入。それを何回も繰り返していれば、ぶっきらぼうで疲れた口調になるのも無理はない。しかし、一向のリーダーとおぼしき青年ことシェインは真逆の事を伝えた。
「ギルドの結成をお願いします」
職員は不思議な者がいるものだと思いつつも、契約書を出す。これは、供贄一族でなければ成功しなかっただろう。銀行が〈Plant hwyaden〉の手に落ちていれば即座に通報、捕縛、計画は総倒れだっただろう。時として機械のように古から伝わりし職務を全うする。これが無ければ成り立たなかった。その間にもシェインをはじめとして、署名をする。レキナもサインをしている。ゲーム時代はする必要がなかっただけであったが、大地人でもギルドには加入できるらしい。冒険者がいればの話だが。全員分のサインが書き留められた書類のギルド名は
〈Plαnt hwyαden〉
「a」を「α」に変えて誤魔化すことで、ギルド名が同じようで違い、さらには判別が非常に困難な状態になった。単純明快だが良い作戦だとシェインは我ながら思っていたたりする。職員の受理されたという報告を聞き、彼らは足早にギルド会館を立ち去った。
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宿に戻ったシェイン一向は、宿屋の道具の掃除を始めた。持って行けて有用な物、無用なものだのとか。整然と片付いていたので特に手こずることはなかった。時刻は夜に近づき、食事を早めにとった。ロビーでは逃亡に先立つ打ち合わせが行われている。
「ここは街とゾーンの境界に非常に近い。時間になったらカネコウ、仲他、アヤコ、レキナさん、俺と前から一列になって走る。良いな。これは誰か一人でも死ねばアウトだ。例え大神殿で生き返っても、ミナミを抜けることは諦めざるを得なくなる。成功させるぞ。誰か音頭取れ。周りに聞こえないよう小さな声で」
自ら名乗り出たカネコウは円陣を組むのを指示した。ノリが良くて慣れている。運動部にでも入っているのだろうか。ボソボソと声をかけ始める。
「絶対アキバ行くぞー」
「「オー」」
自分達の鼓舞を終えて、明日に備えベッドについた。
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緊張のせいもあるのか、朝が非常に早いにもかかわらず、全員が身支度を整えていた。最後のブリーフィングを済ませ、宿屋のドアの前に立つ5人。きっちりと昨日の陣形を組んでいる。午前2時59分から、3時丁度に切り替わる瞬間、シェインは合図を出す。
「走るぞ‼︎」
ドアを素早く開け、カネコウを先頭に列を乱さず歩く。修練も無しにここまで出来るのは、想いが通じ合っているからなのだろうか。〈大規模戦闘〉を目の前にしているのと変わらない視線がそこにあった。とにかく街を抜け走る、走る。ゾーンとをつなぐ橋に差し掛かった時だった。ブザーのような音が鳴り響く。
「クソッ、予想より早いじゃねえか!」
衛兵が一体、空間を突き破って後方より出現する。濡羽の私兵にまで成り下がった鎧の化け物はシェインらを目掛けて接近してきた。最後尾のシェインは前方に指示を出し、攻撃を杖で受け止める。激突が始まった。
「急いで出ろ‼︎衛兵が来るぞ‼︎」
残りのメンバーの筋肉が一瞬こわばるが、踵を返して残りのメンバーは突き進んだ。シェインはそれを見届けたと同時に衛兵の力を吹き飛ばした。
「オルァッ‼︎」
薙ぎ払うようなモーションと組み合わせてサーペントボルトを繰り出す。それは衛兵の体を強引に押し出す。麻痺の効果と相まって食い止める程度の効果だが、使える時間はごく僅か。〈秘伝〉にまで高められた彼の全ての電撃魔法の一つではあるが、〈動力甲冑〉を前にしては効果は薄い。事実、衛兵に数ダメージ程度しか被害が及んでいない。そんな事を無視して、己のスピード任せにシェインは突っ走っていく。しかし、行く手を阻む様に他の衛兵が2体も出現していた。シェインは歯を噛み締めながら何故か懐へ走っていく。衛兵は楽勝と言わんばかりに目掛けて武器を振り上げるが、彼はギリギリ隙間を縫って避け、ジャンプ。1体の頭を踏み台にして、跳んだ。呆気にとられた衛兵達は気づく頃には境界の外に脱出を果たしていた。
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シェインは何とか衛兵の攻撃を回避し、ミナミからは脱出していた。どうして彼は衛兵をまけたのか、それには弱点を利用した作戦があったからだ。衛兵は蛮行を取り締まる為、冒険者よりもステータスは相当高く設定してあり、多くの特殊なスキルを用いることができる。はっきり言って強い。単純な戦いなら冒険者側に勝ち目は無い。だが、その単なる力比べが衛兵の強みであり、弱点でもあるのだ。彼らは自惚れていると言ってもいい。力任せにやって勝てるのだから小細工はいらない。つまり、様々な技術を磨かずとも、剣だの何だのを思い切り振り回していれば良いというわけだ。繊細なモーション入力などする必要がない。どちらかというと、なりふり構わず乱発するボスモンスターに近い。癖が出やすく、見極められる可能性があるのだ。正直言って、冒険者の初心者、中級者の方が上手いかもしれない。そこを突いたシェインの勝利と言っても、あくまで逃げるための技術であり、撃破するのには無理がある。話は変わるが、彼はまた自分の動きに疑問を持ち始めた。
(またか、逆PKした時と同じだ。身体の方が勝手に動いて頭に指令を送りつけてるあの感じ。 記憶が残ってるとしてよー、アイツはどんなヤンチャをゲームでしてたんだ?)
またもや友人のことを思い出すシェイン。この調子だと衛兵と戦って勝利したことがあるとかいうエピソードが出て来てもおかしくない。考えてるうちに、立ち止まる人影が見えた。先を行ったメンバー達だ。シェインは彼らを見回す。何かを受けている様子はない。逆に仲他から声をかけられた。
「シェインさん、お怪我は⁉︎」
彼らを不安にさせないため、精一杯の笑顔で返す。
「もーまんたいもーまんたい。見ての通り、ノーダメだよ」
「衛兵相手に・・・凄いですわね」
レキナが思わず簡単の声を漏らしている。その系統に詳しい彼女からして見れば、驚きの塊だったのだろう。それほど疲れているわけでもないが息を整え、伝令をする。
「取り敢えず、この森を走って抜けよう。ここなら、安全では・・・ないな。ヘイ、スナイパー。バレバレだぞ」
林の茂みに向かって叫ぶと、カサっとほの揺れる音がした。黒装束の弓を持った男が現れる。
「どうして分かった」
「お前バカだから理解できないと思うよ?」
ステータスを見ると、やはり〈Plant hwyaden〉だった。言葉にイラついたのか、〈暗殺者〉思しき男は弓を即座に放とうとするが、途端に接近され、腹に杖の鋭い一発を突かれる。何も特技ではない。倒した男の矢を放つ腕を掴み、力任せに折る。
「がっ、あ」
「なんかさ、こういう風に骨折ったり、目ん玉潰したりするとな、ダメージが減るのもあるけど、部位が欠損するって言うバッドステータスになるっぽいんだよ。変なところゲームだと思わない?」
杖に電気が走るのが見える。確実にクリティカルヒットを起こす状況で、〈ライトニングチェンバー〉を叩き込もうとする。
「ん、やっぱこっち」
すかさず杖の方向を転換する。その先にいたのは、弓使いの仲間であろう、女だった。
闇討ちをシェインにしようとどこからともなく出てきたようだが、こちらが吹っ飛ばされた。
「レキナさんを囲め!」
シェインの判断にとっさに従う。この戦いの巻き添えでレキナが死ねば二度と復活できないし、計画も水の泡になる。表情は真剣そのものだった。シェインを除いて。彼は狂気にねじれた笑みを浮かべ、弓使いを〈サンダーボルトクラッシュ〉で攻撃し続ける。綺麗にHPが減っていってるのが分かる。女の方は麻痺で動かない。シェインはピクリとも動かない男を蹴って女の誓うに動かし、吐き捨てた。
「死にさらせぇ」
一筋の雷が光る頃には2つの落魄が見えたと言う。
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「お見苦しい所を見せてすいません」
深々とお辞儀をして謝罪するシェイン。お見苦しいところとは、グロゲーさながらの追っ手撃退の一部始終の事だろうか。それを、レキナのみに誤っている。
((俺、私らにはもう良いのか))
一度は見たものの、決してその光景を見慣れたとは言えない3人を余所に。
「いえ、気にしないでください。あれが原因で私たちには二度と近づかないでしょうしね」
((ヤバ過ぎて、さらに追っ手を増量してきそうな気が・・・))
レキナからの負のイメージは、ただの妄想だったことを知ったシェインは、いつも通りに戻った。
「よし、もう日も登ったな。ここからは歩いて行こう。陣形を維持。いざアキバへ」
「「おー」」
彼らの長い旅路は続いていく。
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薄暗く、かなりの広さを持つ場所で、女性は少し豪華な椅子に座り、頬杖をついていた。その前には床にひれ伏し、頭をついている2人組がいる。
「濡羽様っ、ミナミから逃亡した5人ですが、その内の1人に・・・申し上げございません‼︎」
とても辛そうにしているが、彼女にとってはどうでも良いことだった。〈Plant hwyaden〉の登録は恐ろしいスピードで進んでいる。その中でギルドの制度に反発できる頭の変にキレる者が僅かながら逃亡しているということだ。そんな裏切り者を放っておくと面子が潰れて、そこから穴が開く。統治体制の基盤が確立していない今、そのような問題を組織的に対策するのは難しく、衛士機構に索敵をさせ、外に逃げれば志願兵に追わせ、それを彼女、濡羽の直轄として動かしている。
(退屈。こんなつまらないこと一々報告しなくてもいいのに。インティクスが勝手にやればいい話でしょう)
濡羽にとってはどうでもいいの一言に尽きる話だった。一刻も早く解放されたい、そう願う彼女は、冷徹かつほどほどの温情がこもりそうなワードを選び言い放つ。
「もう良いのです。下がりなさい」
「「失礼します」」
それを聞いた2人はそそくさとそこを後にした。
「では、私も失礼しますわ。ナカルナード、クオン」
濡羽も飽きっぽいようで、特にすることのなく、そのまま何処かへ行ってしまった。「あぁ、早く会いたいですわ、シロ様♡」とか、ちょっと危険な匂いを撒き散らしつつ。それを無表情に見送る〈十席会議〉のナカルナードとクオンだった。濡羽の側近であるインティクスを除いて、彼らは最初に〈Plant hwyaden 〉に加入した席将だ。同じく暇を持て余している。すると、クオンは気怠げな顔のままナカルナードに質問をした。
「ねえ、ナカルナード」
「なんだよ?」
「濡羽ってさ、ヤンデレかな?」
「わかんねぇ・・・」
「でもさ、シロ様って人が誰かは知らないけど、かなり酷い目に合いそうだよね」
暫く、沈黙する2人。ヤンデレ妖艶巨乳とか最高だろ、とか思うわけでもない。あの毒気に当てられたら耐えることは出来なさそうだった。会話を口火に、ナカルナードもクオンに疑問を尋ねた。
「たくっ、こんな偉くなったのはいいけどよ、暇だぜ。あの暗殺者が言ってたグループ、パーティーで狩ろうかな」
少々笑い気味になるナカルナード。弱いものいじめの構図を象徴するような感じだ。それを無視して返答するクオンはそろそろ眠気に引き込まれている。
「本当にいいの?」
「あ?、つーか、そいつ誰だよ?」
「〈閃光の魔人〉、アキバの怪物シェイン」
サーっと血の気の引く音がナカルナードに流れるかの如、急に体が青ざめ、反射するかのように体が動く。
「はは、は、は、は。俺は戻、もど、るよ。なんか、ははは、体が重くて。鎧を、脱ぎたい、な、は」
あの武骨な大男を死んだようになるのをじっと見ていたクオンは、思案にふける。
(あいつのギルドも被害にあったんだ。どんだけ手出してんだよ。ま、過ぎたことだし、彼を逃せたからどうでもいいかなzzzz)
ついに、アキバを脱出したシェイン一向。旅は最高か最悪か。長い道のりが始まります。それにしても〈十席会議〉の間で濡羽ってどんな風に呼ばれてるんだろう。クオンはさん付けしてたりしても無理なさそう。