他人を変えようと思ったならば、まず自分を変えることである
儒学、陽明学者の安岡正篤の言葉です。人間関係って人のせいにしがちだけど、実は自分にも問題あることありますよ。どこぞやの少佐が言っていて感動したのを覚えています。
シェインは3人組を自分の泊まっている宿に案内した。受付のレキナに空き部屋がないか聞いた。
「レキナさん。空き部屋ってある?」
「はい、最近はほとんどお客様が入ってこないので、たくさん空いておりますよ」
満面の笑みで言われてもなんとも言えないのだが、苦笑いを浮かべておくことにした。気づけば深夜だった。3人を指定の部屋に連れてもらい。しばらくカウンターで話す二人。
「それにしてもシェインさん、ボロボロですよ。喧嘩でもなさったんですか?」
ギクッとなってしまうが、正直なことを話した。
「実は、さっきの彼らなんですがPKされかけてまして」
「ぴーけーとは一体」
「あ、専門用語でしたね。失礼、〈冒険者〉が〈冒険者〉を殺して金品を奪う行為ですよ」
「何故そんなおぞましいことを?」
そういえば、とも自分で思う。玲央人は、自分たちは大神殿で復活すると話していた。本当なら、自分たちはこの世界で死なないということになる。それはある意味でありがたいが、きみが悪いとも思えた。
「殺そうとした奴が言うに、俺たちが死ぬとどうなるか実験してたようです。実際、大神殿で復活するようですがね」
「やはり、〈冒険者〉は〈大地人〉と違うのですね。我々は一度死ぬともう生き返りはしませんから。それで、その方はどうなったのですか」
「逆に殺してやりました」
「因果応報ですわね。自分を使った最高の実体験ができたのでしょう」
結構辛辣な言葉を並べているレキナに、なんとも言えない雰囲気を感じているものの、話すことでシェインの肩の荷が降りたようだった。
「じゃあ、俺も休みます。おやすみなさい」
「どうぞ、ごゆっくり」
本日の疲れが溜まっているのか、すぐに寝た。
・
・
・
シェインが起きだす頃には、3人とも起きていた。カウンターでレキナと談笑しているのが聞こえる。シェインもまた、その声の方へ歩いて行った。
「おはようさん」
「おはようございますシェインさん」
「あ、おはよう、ございます」
レキナはいつも通りだったが、3人はぎこちがなく、一人の男子が挨拶したぐらいで、もう2人は黙ったままだった。
「いいよ、堅苦しくなんか。それより、昨日は何も食ってなかったろ。朝メシ一緒に食わない?」
おもむろに魔法鞄を突き出すシェイン。3人の内誰かが、生唾を鳴らしたのが聞こえた。
「なにがゴクリだカネコウ!テメェ、せっかく用意してくれたんだぞ。欠食児童‼︎」
女子が叫び、生唾を鳴らしたらしい男子を蹴り上げる。
「なんだよ、アヤコ。腹減ってんだよ、仕方ないじゃん!」
「お前ら落ち着け、静かに頂こうぜ」
仲が良いゆえなのか、取っ組み合ったりあやしたりしている。それが落ち着くと、シェインを含め、ロビーで植物類を食べ始めた。レキナは何も言わず笑顔で見守っているので、シェインも心配しつつロビーで準備を始めた。
「なんで野菜と果物だけなんですか⁉︎肉はないんですか、肉!」
「あるけど、味しないよ。それなら味があるこういうのの方が良くない?」
同年代からも欠食児童呼ばわりされる少年は、仕方ないと思い、諦めたようだ。思い思いにテーブルに座る。昨日の夜は何も食していないので、腹が空いて仕方がなかったようだ。シェインが音頭をとる。
「どうぞ、沢山食べてください。頂きます」
『頂きます‼︎』
勢い良く食事にありつく。積み上げられていた物は、片っ端から食われていく。よほどの空腹なのか、全員一言も喋らない。
「もぐもぐもぐもぐもぐ」
効果音が聞こえてもいいほどの食べっぷりに、カウンターからその光景を見ていたレキナは「これが冒険者の力なのですね、感激します!」とか言っている。しかし、それも束の間。全てを完食仕切り、腹休めに暫くロビーに4人とも溜まっていた。
「なんか話しません?」
いきなり切り出してきたのは、3人組の中で、唯一の女性プレイヤーのアヤコだった。
「そうだね、自己紹介とかどう?」
カネコウではない方の少年が受け答える。彼は気配りができる体質のように見える。すると早速アヤコはしゃべりだした。
「アタシの名前はアヤコです。レベルは35で、職業は見てわかる通り〈森呪遣い〉と〈料理人〉。ビルドは殴れるようにしてあるかな、ヨロシク。次、カネコウ」
ギャルっぽい印象が見て取れる。栗色の髪でロングのストレート。普通に綺麗な顔立ちをしていた。やや口調がキツいかもしれない。
「はい、自分の名前はカネコウです。レベルは34。〈盗剣士〉と〈剣匠〉やってます。あ、ビルド?一応二刀流ですけど、〈フェンサースタイル〉も鍛えてあるので一刀流もできます。改めましてお願いします」
坊主頭にやや屈強な体つきで、どちらかというと野球部所属に見えた。硬派な感じだ。
「え、シェインさんは最後です。みんなのお楽しみですよ。僕の名前は中他絵描。レベルは38です。メインは〈施療神官〉であんまですけどアーマークレリックやってます。サブは・・・えっと〈主夫〉です。よろしくお願いします」
顔を赤らめながら話している。周りから「主夫とかっ、ウケるー!」「ウッセー‼︎これ色々できて便利だからいいだろうが‼︎」などと聞こえてくる。見るからに優男で、佇まいがしっかりしている。そんないざこざが済んだ途端に自己紹介を終えた3人は、早くやっちゃって下さいよと言わんばかりにシェインを見つめる。それに負けた彼は口を開いた。
「えっと、俺の名前はシェイン。レベルは90。〈妖術師〉をやっててサブ職は〈魔人〉。ビルドは・・・近距離も遠距離も両方こなせる、戦車みたいなビルドと言うか、ちょっと独特。みんなのこれからもよろしく。それから、こちらがレキナさん」
そう言って、手を指す。するといつも通りの笑顔で、レキナは答えた。
「レキナでございます。この宿屋の一応主人です。皆様のお世話をさせて頂きます。よろしくお願いします」
・
・
・
自己紹介が終わりひと段落ついたところで、シェインは3人に話しかけた。
「それでだ、俺は今から情報収集に行って来なければならない。我々がこっちの世界に来て4日ぐらい経った。それなのに状況は改善されないまま。こう言うのを雑賀王と仮定すると、やはり被害の情報が欲しい訳。だから街に出るんだけど、君たちはどうする?」
昨日に恐怖を味わった状態で街に出るというのも、シェインからしてみれば些か不安なのかもしれない。だが、一日中宿に篭っていてもどうしようもない。暇なのだ。ネットもゲーム何もこの世界では難しい話だった。3人はそれを聞いて、迷ったような表情を見せた。
「迷う?まあ、昨日のPKみたいなことは無いと思うけど、君たち初心者でギルドに所属してる訳じゃないから、絡まれると大変だなと思ってね。じゃあ、今日の夕食を買いに行って欲しいな。味のある奴を頼む。いいかな?
それを聞いて表情がほころぶ。助けられて何も手伝えない自分達を悲観的に見ていたが、頼ってくれているだけで3人の心は幾ばくか楽になった。
「それじゃ、お金渡しとくから」
と言った途端に中他が反論した。
「ダメですよ。今回は僕らに買わせてください」
「いや、これから数日は このままだ。割り勘ならいいぞ」
結果、レベルが高く、小金持ちのシェインが7割、残りそれぞれが1割となった。フレンド登録を済ませ、危ない目にあったらすぐに念話するよう約束し店を出た。
・
・
・
シェインは街を歩きながら多くのことを考えた。ミナミの現状にあまり変化は見られない。災害救助というのは3日間が重要らしい。自分たちがこの世界に転移してからと同じ日だ。「慣れ」みたいなものが生まれているのかもしれない。運営から連絡が来るわけでもなく、ただ味のない食事をしながら過ごす日々に刺激はなかった。生殺しも同然とも言えよう。しかも、巷ではこの概要を〈大災害〉などと呼んでいるらしい。現実逃避っぽい言い方だがシェインとしては気に入っていた。
(それよりも、俺の現状だよな〜。大事なのは)
「現状」というのは、玲央人という盗剣士と戦った時に沸き上がってきた殺意の事である。現実世界にいた頃は一度も無かったことだから、自分でも心配になったのだった。
(一番仮説として確実なのは、アイツだよな)
アイツ、ことシェインの作成者にして友人は、結構喧嘩早いところがあったのを思い出す。記憶の中を探り出す。小学校から今まで、ずっと同じところに通っているから性格は熟知している。小学校の頃は卒業まで、1週間に3日は校長室に呼ばれていた。中学校の頃は周りに危険な雰囲気を醸し出していたものの、成長の為か落ち着いていた。自分と同じ進学校に行くため、冬の受験が終わるまでしっかりと勉強していたのを思い出す。そして、受験が終わり、卒業式を最後に残した頃に異変が起こった。急に性格が温厚になった。
(その頃に〈エルダー・テイル〉を始めたんだろうな。ゲームに感情をぶつけてたんだろう。リアルとゲームで性格変わる人いるくらいだし)
このシェインというキャラメイクにも性格が現れていると思った。
(あの時の凶暴になった俺。意識的に体が動く感じだった。口の悪さと言い、アイツにそっくりだった。あれを上手くコントロールできればいいんだろうが。体に記憶が残っているとか?)
「おーい、シェインー?」
(考えられない訳じゃないけど、厳しい考え方だな。他人の心臓移植すると、その人の記憶が元々あって、趣向が変化するみたいなもんか?)
「シェーイーンー⁇」
(いやいや、記憶が関係あるのか?うーん、わからん!)
「聞いてるー?」
「え?」
シェインは思わず声の聞こえる方向みた。そこには背の低いラフな格好をした若者。彼が声の主のようだった。相手は自分を知っているが、自分は知らない。
「どちら様でしょうか?」
ゲーム時代に知り合った友人かもしれないのだ、ステータスを開いた確認を取る。
クオン 吟遊詩人 法儀族
確か、初めてフレンドリストを開いたときに登録されていた記憶があった。
「ヒドイなーキミは。相変わらず外道だよね。ゲームの恩人にそのまま仇を返すとは」
ソフトに罵倒されているような気がするので、シェインはフォローの一言を足した。
「いや、実はですね・・」
・
・
経緯を説明中
・
・
二人は座れるようなところへに移動しながら話し込んでいた。
「ふーん、じゃあキミはゲームだった頃とは中身が全く別人なわけだね」
「はい、正直言うとクオンさんの恩って言うのも分からなくて」
「それが何かは自分で確かめるといいよ。後、タメ語ね」
シェインは、自分の目的をクオンに説明し始めた。この世界の情報の中で、何か現実の接点のあるものは無いか。クオンは急に自信ありげに喋り出した。
「実は僕GMなんだよね」
〈エルダー・テイル〉のGMには様々な管理能力が与えられている。害を成すプレイヤーへの制裁から、バグの報告もそうだ。
「こんな状況でも使えるのか?」
GMの力を持ってすればどんなことも可能だろう。悪用すればどの様にでもなる、運営の監視もなければなおさらだろう。しかし、クオンの顔色を見るにそうでもないようだった。
「そうでもすれば便利だったんだろうけどね、専用の端末からじゃなくて私用でログインしたからさ、あっても〈GMコール(彼方からの呼び声)〉ぐらいだよ」
GMコールとは、ゲーム内で発生したイベントを自動的に受け取ることができる機能である。これも、GMにのみ与えあられている力だ。未だ大規模なクエストのポップアップや、運営からの通知は無いらしい。
「現実とのコンタクトは無いのか?」
「本当に無いのか、あるけど受信できないのか。おかげで一日中眠いだけ」
宇宙を通る通信電波を傍受し、地球外生命体の存在を調査する「SETI」でも議論の的となっている「周波数が違うのか、そもそも通信方法が違うのか」というズレのようなものかもしれない。
「フレンドリストに登録さている事だしな。何かあったら連絡するよ」
協力を宣言し、二人は別れた。シェインはこの街に流れる不穏な空気を感じ取れていない。それでも、帰る場所と話せる仲間がいるだけで幸せだった。
心強い味方?を付けたシェイン。そんな居場所はこのままずっと持つのでしょうか。