生きるとは、呼吸することではない。行動することだ
政治哲学者、ジャン・ジャック・ルソーの言葉です。人間はその程度で止まってはならない、自発的にあるべきだっていう事でしょうか?
時間帯は夜へと移行し、戦闘は少なからず激しさを増した。先刻のような断末魔を発さずに済んだのは、己のスピードを用いた動きに順応したからだろうか。杖を振り回すのも様になってきたように見える。
シェインはスタイルを掴み始めていた。持ち味を生かし接近、装備状況で唯一使える近距離特技〈サンダーボルトクラッシュ〉で前線を薙ぎ払い、後ろに複数の敵がいれば、そこから大技を至近距離で吹き飛ばすという、極めてコンバットメイジ寄りの攻撃で、ソロプレイ臭が滲み出ていた事には気づいていない。しかし、〈魔人〉のスキルによる移動は砲台には留まらず、戦車と言うべきか。遠距離からの戦いも気づけば可能となっていた。
「もう少ししたら休み入れるかな」
何時間もぶっ続けで動き回ったのだ。当然と言わざるを得ず。だが、モンスターが現れない中でも杖を振るっている。
「ショートカット入力も便利だけど、MP使用量がモーション入力だと少し減るんだよね〜。面白い、〈サンダーボルトクラッシュ〉で言えば違う初動でも技が決まるからな」
今までは、「切る」という動きでしか発動しないと思っていたが、「叩く」や「突く」という、用途別の使い方を発見したのだ。また、〈ライトニングネビュラ〉などの「唱える」ことで発動するものは、力の抜き方入れ方で切り替わるらしい。
「突くと相手を後ろに飛ばせるし、クリティカルも入るから便利だな」
気を休めずに鍛錬を続けるが、「グゥギュるるる」という腹の音と共に状況は一変した。
「うん、やめだ。メシ食おうメシ」
そうすると、鞄の中からこじんまりした鍋と支柱、木、白菜、を出した。〈ダザネッグの魔法鞄〉は食品も武器も限界まで入る、魔法文明の英知とか勝手に思っている。
「やって見たかったんだよ白菜をまるまる調理!火は電気で点火すればいいかな」
微弱な電気程度なら杖を介さずとも出せ、MPも全く消費しない。火をつけ、鍋でお湯を沸かす。白菜を投入。その瞬間、「白菜」は「物体X」へと進化した。
「何⁉︎茹でる程度でも調理に入るのか‼︎」
シェインは、システムを通した食品だけでなく、手料理ならどうだと考えたが、何故か失敗した。仕方なく諦め、他に買っておいたリンゴを食べる。食事しながらシェインは地面を見て俯く。落ち込んでいるのではなく、明日からの予定を考えているのだ。
(今日は宿屋に帰るより、ここでオールする方がいいな。明後日まで篭ったほうが慣れるだろう)
言っていることがかなり危険だが、執念みたいな心持ちを感じる。異世界に来て数日経ちながらも、ここまでやるのはシェインぐらいだろう。下界との情報を断ち、ツァラトゥストラの悟りに至るかのような境地。こうして〈大災害〉から2日目の夜は開けていく。
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次の日には、大雨が降り出した。雨は決して良いものではない。光度は晴れの日より弱いので、夜行性のモンスター現れたり、雨の日のみ出現する特殊な者もいる。逆に、経験値やレアアイテムを獲得しやすいという利点もある。シェインは、後者を狙っていた。戦闘慣れするためにも、もっと力をつけなくてはならないと悟り、次からはより遠方にある中級者ゾーンを目指しているようだった。
「樹木系のが出てくれると嬉しいな。こういう戦いにも慣れとかないといけないし」
一夜漬けの鍛錬で、ここまで強くなれるのは若さからか、高校生は侮れない。順応の早さは彼の才能なのかも知れないが。
「おかしい・・・」
それが、彼にゾーンの異変を気づかせた。雨の日にも関わらず、モンスターと全く遭遇していない。一匹たりとも目の前に姿を見せていない。整備された静けさが辺りに蔓延っている。すると、シェインは大量のドロップアイテムが放置されいるのを見つけた。
「撃破された後。俺以外にも篭ってる奴がいるのか?アイテムも金貨も拾わない。レベルが高いから興味がないのか、別の目的があるのか?」
自分と同じ境遇の仲間がいるのは助かる。もし、協力出来るのなら様々な面でメリットがあるからだ。シェインが辺りを散策しようとしたその時だった。
「なんだよっ、止めろよ‼︎ま、待ってくれよ!」
少し先の茂みから、声が聞こえた。変声期が始まった、中学生ぐらいの男子の声だ。この声の主がアイテムを拾わなかったのか、と思ったが、些か奇妙な感じがした。声は何かに懇願しているものだ。モンスターに普通は話したりしない。ならば、懇願されている相手は人間だということになる。急いで先に進む。そこには、3人初心者とおぼしき中学生ぐらいの少年少女を、いかにも強そうな男が追い詰めているという構図だった。
PKです。初心者を躊躇いなくやっちゃう奴って、あいつしかいないです。