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ログ・ホライズン Previous flash  作者: コネスト
アキバのギルド
12/13

旅のよい道連れは旅路を短くさせる

イギリスの随筆家、アイザック・ウォルトンの言葉です。一緒に人がいるだけで楽しくなることありますよね。

6月の暑くなり始めた中、クラスティのアドバイスを聞いて帰ってきた次の日からシェインは人が変わったように行動を始めた。丁度太陽が南に上る時間帯。現実の日本に比べていくらかジメジメしないため、外に出やすい。そう言いながらギルド会館に向かう。目的は張り紙の回収だ。念話でのリクルートに専念するためにけじめをつけに来たのだ。〈Squad〉の目標を達成するためにも高レベルのソロプレイヤーを巻き込みたい、と言うのが今のところの方針であって、人を増やせば良いというものではないという結論にギルドの意見は固まったのだ。若さと元気さぐらいが取り柄の十代は行動してなんぼなものだろうか。

「さーて、お疲れ様張り紙ちゃん。よく頑張ったね」

落書きが変になされていないポスター状の張り紙みには、上半分にギルドの紹介が載っていて、下半分はフリースペースとなっていた。ギルド加入希望者の名前、もし必要なら待ち合わせ場所、時刻。いろいろなものを記入しても良いこととなっていた。結局埋まらなかったのだが。

(ギルドハウスの位置を表示しておけばよかったかなー?)

防犯上しない方がメリットはあったのだろうが、〈海洋機構〉の手掛けるモデルハウスであれだけ大きな物件であれば、うまく使えたのかもしれない。

(今となっては後の祭りだけどね。ん、何だこれ?)

くるくると器用に丸める最中、紙の中に何かを見た気がした。慌てて巻き戻してみると、端の方に内容とは別のインクで非常に細かい文字が埋め込まれている。それはシェインが望んで止まなかったコメントだった。

(なんだ、この女子特有の細い字は。もっと大きく書けっつの。で〈日没後、大聖堂の前で待っているので来てください〉か。後の祭りじゃね?)

だが、希望的観測があるならば行った方が良いのでは、と思う心もあるようで。速やかに退却し、意見を仰ぐことにしたようだ。

〈Squad〉は節約ギルドだ。今の所、事業を何一つ起こしておらず、シェインの資産で食いつないでいるため、メンバーの持ち金は全て小遣い制という状況だった。それを打破するため、夕食時から夜までギルドハウスでは日夜会議が進められていた。TVもスマホもゲームもPCもないこの世界で、話すことは一種の楽しみとなっていた。小麦でできた麺を啜りながら一つのテーブルで熱いトークを繰り広げている。議題は〈当ギルドのコア事業について〉。

「はい、今日も始まりましたギルド会議。議長はギルドマスターこと私、仲他が務めます。はい、意見ある人は挙手」

毎度お馴染みの挙手パターンで仕切るギルマスは満更嫌ではなさそうだった。そして、いつも通り最初に手を挙げるのはアヤコかカネコウだ。

「はい、アヤコさん。どぞ」

「いやー、私料理得意じゃないですか。だからー、生産系がいいかなって」

「レベルそこそこのお前じゃ話になりません。次、カネコウ君」

「とにかく、強いモンスターをバンバン倒して、素材を売れば儲かるんじゃね?」

「そんなのこの人数じゃ限界がある。レイドなんて満足にできんだろ。却下」

最早、バカキャラを演じているのではないかと思うぐらいの意見の薄っぺらさに一同は満足を覚えなかった。意見を出してくれだけありがたいのかもしれないが、学級会のような堂々巡りはごめんだった。

「じゃ、お前意見出せよ議長!」

「え」

「あ、それ私も聞きたい」

再び学級会の流れが到来する。学級委員が意見を言っていないパターン。だが、これで失脚するものではなくて確実に的を射る意見を出すのだが。

「そうだな、俺たちには生産職が料理人くらいしかまともに活動していないから、生産系は無理があるだろうな。加工するより取ってきて売ったほうがいいじゃないか?」

アヤコは己の意見に見切りをつけられうなだれるばかりだし、サブ職をあてにされていないカネコウの傷をも抉る。

「戦闘をするにしても大手のような人数もノウハウ、強さもない。さっき言った通りレイドだって無理だしな。今の所はパーティー戦が限界だし。シェインさん抜きじゃまともに戦えない。じゃ、どうするか?」

「「・・・」」

中級者グループは黙りこくってしまった。必死に意見を考えているように見える。仲他は追求し過ぎかな、と言動にちょっと悔いを残している。しかし、レキナはいつもの表情で見守っているし、シェインは解決法を知っているかのような感じだ。すると、仲他はあることに気づいた。

「アヤコ、カネコウ。お前ら中学何年だ?」

「「は?」」

「だから、何年だよ?」

「私は中二」

「俺も」

「中高一貫か?」

「私は普通の中学」

「同じく」

その言葉を聞くと、仲他はなっとくしたように頷いた。

「なら、仕方ない。俺の学校は先取りするからもうやってるけど、お前らはやってないんだな。公民の授業だ」

レキナの知識欲が覚醒しそうなセリフだ。説明が始まった。

「まず質問。現実世界において、中小企業と大企業の割合はどれくらいでしょうか、はい、わかりそうなシェインさん」

「中小企業が9に対し、大企業が1」

「正解。この質問から読み取れる意図は、大企業は中小企業なしには成立しないことを指しているんだ。あ、シェインさん。レキナさんにわかりやすいように言い換えてあげてください。お前らは俺のトークだ。仲介業者を使わない某大型ショッピングモールでも、農家から野菜を仕入れなくちゃならない時もある。日本の先端技術産業の先頭を走るJAXAの国家プロジェクトたるロケット作りだって、町工場の熟練さんが加工する部品がないと作れない。それを今のギルドに置き換えてみろ。〈海洋機構〉はアキバから出て素材を取りに行かないと物を作れない。〈D.D.D〉だって食料を供給しなきゃ長期レイドなんて出来ない。さらに自己完結絶対にできない。つまり、〈Squad〉が中小ギルドとして供給する側に回ればいいんだ。でも何も供給すればいいかって?俺らにしか出来ないことをすればいい。例えばミナミからアキバまで無事にやって来れたのをウリにしてこもってレイドしてる所に補給をしてもいいし、レベルが上がれば護衛もいいだろう。今やる気になっていないだけで、クエストなんて山のようにあるんだ。それを元手にすればいい。そうやって自分達の持ち味で未知の領域を開拓するような形態をベンチャー企業と言う」

結局の所地道に探していくしかないという結論に至った訳で、具体的な案がまとまる訳ではなかった。しかし、今までのようなグダグダ感はなくなっており、一箇所に部屋で思い思いの時間を過ごしていた。

「よし、行くか」

そう言うとシェインは立ち上がった。野暮用と言ってギルドハウスを出て行く。目的地は大聖堂。張り紙の細い字の主がいるかもしれない。何日前に書かれた物かはわからないが、何となくいるような気がした。夜の街をかけていく。

大聖堂の前に着くと、そこには誰もいなかった。やはり、もう期限切れかとシェインは思う。それにしても、大聖堂を待ち合わせに指定するとは、中々特異なセンスだ。普通、大樹の前が一般的なのだが、冒険者が死ぬと帰ってくるようなこの場所を選ぶというのは、訳あって人に近づきたくないというサインとも読み取れる。

(入ってみるか)

でかいつくりのドアを押す。いかにも復活の場所という雰囲気がある。ぐるっと回ってみるかと思ったその時、

「やあ、やっと来てくれたんだ」

機敏な速度で声のする方を向くシェイン。目の前には漆黒のマントを身に纏うプレイヤーがいた。

「そんな怖い顔しないでくれ。私はギルド〈Squad〉の新規加入募集の紙に書き込んだ者だ」

「それにしては字がちっちゃすぎだ。目を凝らすまで読めなかったよ」

シェインはぶっきらぼうに返事を返す。まだ警戒を解いていない。もしかしたらミナミからの追っ手かもしれない、という判断もあるだろう。

「それはすまない。昔からの癖でね。それよりあなたは仲他さんでいいのかな?ギルマスの」

「俺はギルメンのシェインだ。リクルートを担当している。別にステータスを確認すればいいことだろう」

「それもそうだが、便利だからといって人間は進化しない。コミュニケーションも大切だと思うがね。そうだな、このマントも脱いだ方がいいね」

マントのプレイヤーは柔らかな声質からして女性だとわかった。しゅるりとマントを脱ぎ捨てた。

「なんだその名前」

女性の姿は、非常に魅力的だった。否応に美しいという顔立ちで、彫りも少々深い。艶黒く長い髪を一本に束ねている。10代ぐらいの感じだろうか。背はシェインより低い。マントが原因でわからなかったが、育っている所は育っていて女性らしいラインの体。ミナミの濡羽が引き込むようなイメージであれば、彼女は突き放すようなイメージとも言える。そこまでは完璧だった。そこからが壊滅的だった。シェインは一目で綺麗だと認識して緊張を覚えたが、名前を見た途端にやるせなくなる。


秀才数学者の休日 Lv.90 付与術師/吸血鬼 ハーフ・アルヴ


悪ふざけとしか言いようがない名前を見て言葉を失うシェインに、秀才数学者の休日は笑って言葉を伝える。

「名前のことかな?若気の至りでね。気にしないでくれ」

「わかった。それで秀才数学者の休日さん」

「秀才、休日さん、キューちゃん。とにかくフルネームはやめてくれ。それと敬語でなくて構わんぞ。私もそうするから」

「んん、わかった。秀才、あんたはウチのギルドに入るということでいいのかな?」

「その通りだ。何せ吸血鬼だから戦闘系には突っぱねられるし、生産もできん。朝にも弱い。しかも、女性がいると怒気のこもった目で睨まれる。一体どうしたものやらと思った中であなた達の所を見つけたんだ。特に何をするでもないようだったから」

結構心外な感想を述べているが、まだ事業が定まっていない〈Squad〉自由度に惚れ込んだようだった。

「では、入団希望ということでいいか?」

「お願いするよ」

「じゃあ、一名様ギルドハウスまでご案内ー」

「連れて行ってくれるのか?」

「当たり前だ。本当に入るんだったら全員の了承をもらわなきゃいけないし、環境も見てほしいからな」

「ただいまー」

いつも通りシェインはドアを開けた。お帰りなさいだのと返事が帰ってくるので、恐らくまだ話しているんだろう。客人である秀才を奥の会合場所へ案内する。開けた空間でシェインは声をかける。

「はい、注目。今日は新規入団者を夜遅いですが連れてきました。秀才、よろしく」

「入団希望の秀才数学者の休日です。よろしくお願いします。名前が長ったらしいので、ぜひ略してくださいね」

自分と話す時と声のトーンが違うのは少々傷つくのだが、好感を持ってもらえればと思って全員の表情を確かめる。それは驚きを隠せないもので、自分としては大成功だった。新しいメンバーの登場に喜んでいるのだろうと勝手に解釈した。

「シェインさんが女の人連れてきてるー‼︎」

「なん・・・だと⁉︎」

「は、爆発しろ」

前言撤回のようだ。シェインが女性である秀才を連れてきていることに驚きを隠せなかったのだ。必死に弁明しても若さを抑え切ることはできない。

「いや、だからな。彼女は」

「はい。シェインさんとお付き合いさせてもらっています」

「お前もお前で乗るなっ!」

「嘘ですよジョークですよ。こんな冗談みたいな男と。私は〈Squad〉に加入したいので来たんです。別に他意はありません。こんな男と」

「そうやって、傷つけると泣くぞ」

早くも男女のボケツッコミを獲得するということは順応、つまりこの空間に慣れてきているということだ。野郎共と適度な挨拶を済まし(秀才の雰囲気にガクブル)、女性陣と部屋を選び、時折見える笑顔が新鮮であった。

「じゃあ、秀才。〈Squad〉に正式に加入するということでいいんだな?」

「よろしく」

新たなメンバーを迎え入れ、シェインの獲得工作が今始まる。

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