家は生活の宝石箱でなくてはならない
建築家、ル・コルビュジエの言葉です。家は生活に良い力を与えてくれますよね。そして、いよいよ新章突入。
ギルド会館では幾つかの書類がまとめられ、丁度それらにシェインたちが目を通した所だった。職員は答える。
「受理されました」
アキバに到着した彼らは、変な汚名を当てられるのを避けるため、第一に即席ギルド〈Plαnt hwyαden〉を捨て、新たな体制でギルドを創設した。手続きが終わってギルド会館を出た後、シェインはギルドマスター仲他に全権を託した。
「では、ギルマス。鼓舞を」
シェインは気を使っているのだかわから無い口調で諭す。
「え、と。今日中に良い部屋を見つけよーう」
「「おー」」
大掛かりな部屋探しが今始まる。
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彼らが探しているギルドハウスというのは、なかなか見つから無いものだった。パーティーが一つくらい入る小さいものではなく、大手ギルドと負けず劣らずの物件が欲しいということで一致しており、資産家が豪邸に住む理由が少しわかった気がした。
「なるべく3、4階建てで、30部屋ぐらいあるといいな」
シェインの意見は、自分たちのギルドが拡張した時、フルレイドクラスの人数をいずれ参入したいという事だ。レキナは応答して付け足した。
「それなら、リビングが大きくて、トイレが幾つもあった方が良いですわね。それにしても、シェインさん」
「はい、何でしょう」
「私たちのギルド名の由来を教えてください」
ステータスを見る通り、彼らにはギルドが設定されている。
〈Squad〉
外国語の名詞であることは間違いないのだが、一般生活で使いそうもないので、レキナはもちろん、現実から来た3人にも意味はわからなかった。
「そう目をキラキラさせて俺を見るな。〈Squad〉の意味は、陸軍の戦力単位でいう分隊を英語に言い換えたものだ」
「「分隊?」」
「そう。こっちの単位だと、小隊、中隊、大隊と結構違いがあるんだけど、響きが良いかなと思いまして。ハーフレイドができるぐらい人を増やしたいと思ってさ。リクルートもして行きたいし」
そうしているうちに、一つのビルを見つけた。真ん中を巨木が突き出ているという特殊な構造だ。後から勝手に生えてきたのだろうが。部屋数も申し分ないように思えた。
「シェインさん。あれ良さそうですよ!なんか面白そうだし」
「あのビルか?ん・・・ダメだ。表示見ろ」
言葉に伴い見られるものは表示を見る。そこには、所有者〈記録の地平線〉と記してあった。とっくに人のものになっていたのだった。
「あーあ。残念、誰か出てきたよ。話聞いてみようよ!」
アヤコの提案があったものの、誰も反応しようとしなかった。
「なんでよ?話しかけるぐらいいいでしょう」
「いかん。あれをよく見ろ」
仲他の指のさす方には、例のビルから出てきた一組の男女がいた。男は、背が高く、タートルネックにメガネという理知的な青年。もう一人は女性というよりは少女というかんじで、顔立ちが整っていて全身黒の忍び装束という格好だった。
「完全にオンナの顔すよ」
「あれは青年さんに惚れてますわね」
2人にそんなつもりはないのだろうが、睦み合っているようにしか見え無い。雰囲気に入り込む余地もなく、そっとしておくのが鉄則だろう。突っ立てもいられ無いので物件さがしを再開した。
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メンバー内では、アキバの郊外ということで意見が固まっていた。いくらシェインの貯金、1000万があればどんなものでも買えるとは言っても、月額の維持費を含めればすぐにお金は旅立ってしまうだろう。都心に比べて安い郊外なら良い物件も安く買えるという算段だ。そして、4、5件回って見ているうちにログハウスの4階建てを見つけ出した。
「あれ、良さそうだな。皆見ていきません?」
仲他の一声で木造建築に目が行く。〈海洋機構〉と表示が出ているが。
「所有されて無いの、あれ?」
「だったら、何で大の男が入り口の真ん前で突っ立ているんだ。設定すれば侵入者はでないのだから、ガードマンは不要だろう。ありゃ、モデルハウスだ」
アキバに来て耳にする、日本サーバ最大級の生産系ギルド〈海洋機構〉。職人が多く、幅広い分野に事業を展開していると聞くが。とりあえず、立っている男に話しかけてみることにした。ギルマスが先陣切って交渉するのだった。
「すいません、よろしいですか?」
「はい、見学ですか?」
「出来るんですか?僕たちをこの辺の郊外で物件を探しているんです」
「条件はありますか?」
「ギルメンは少ないのですが、いずれ人数を増やしたいので多くて30部屋。それくらい集まれるスペース。あとトイレと風呂が複数あると良いかなと」
「おお。それではここはぴったりです。条件を満たしていますよ」
仲他の饒舌に感心しながら。Squadメンバーは見学に入った。内装は外と同じく木材で、非常に近代的でありながら温もりを持っている。
「この素材は中堅レベルの植物系のドロップ素材でしてね。防水や防火、衝撃に強いんです。木材と言えど侮るべからずです。夏涼しく、冬暖かいを実現したものなのです!」
力説に耳を貸しているが、出来栄えが良いのは感じ取っていてわかった。事実、コンクリートに慣れ親しんだ中でも、この木には住みやすい交換が保てる。それぞれの部屋はしっかりしているし、風呂も檜のようだ。こんなところに住みたいと思う心が蔓延していく。
「ここって、買えますか?」
仲他の一言に、案内人は詰め寄る。
「気に入りましたか?」
「はい、現代的で住みやすいですからね。構造も決して悪くない」
「では、購入希望で?」
「出来るのであれば。ギルド全員意見は固まってます」
シェインやカネコウはベランダに出たり自分の部屋を定めようとしているし、アヤコとレキナは風呂を見ている。そう、ノックアウトだ。
「ありがとうございます。実はここ、新しく行う建築事業の一環でしてね。結果を出す必要がありまして。では正式に契約の方をお願い出来ますか?」
「お願いします」
仲他のフレンドリストに取引先という概念が芽生える頃には、そこが〈Squad〉の本拠地となっていた。
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そんな新居、モデルハウスでもいささか殺風景なのは如何がなものか。ギルドの会合場所となる何も置かれていない大部屋で円になって座っていた。仲他はすっかり板についた指令を伝達する。
「皆さん。ちょっと前に、このハウスは〈Squad〉の名義となりました。拍手」
まばらながらも聞こえる手を叩く音が空気を和ませる。木の暖かい色も加わり、アットホームと形容できるかもしれない。家というものに対する感心が高まってくるのが分かる。自室を選んだ上で、家具を選ぶ事にした。眼下に広がるのは賑わうアキバの街だ。
アキバは、シェイン達が想像していたものとは大きく隔たりが見えた。〈円卓会議〉による自治。初期のミナミのような状態しか知らない彼らにとっては、楽園と形容できるのかもしれない。久々の安寧は自然と笑顔を作り出していく。リビングやキッチンなどにはいくらか家具が詰まっていたので、自室のインテリアが主な目的だった。それと、食材を少々。皆が皆はしゃぎ過ぎてしまったため、日も暮れ果てている。家に着くとその日の疲れが溢れ出てきたようだった。
「はい、ボサッとしない、手洗ってこい。すぐご飯にするから」
ギルド内で唯一〈料理人〉のサブ職を持つアヤコは真新しいキッチンで、テキパキと作業をこなしていた。外食にしても良かったのだろうが、設備があるならという事で任せているところだった。
「で、今日の晩御飯は何なんですかね?」
「カレーだよ」
リビングで話し込んでいるカネコウに反応するアヤコ。その時、視線に変化があった。
「え、今日、カレーなの?」
たじろいて聞いてくるシェインにアヤコは、カレーが苦手かと思ってしまう。
「もしかして、苦手ですか?」
「うん、大好き」
「あ・・・そうですか」
現実にいた頃にもネット上で話題になっていた。エルダー・テイルのプレイヤーはカレーが大好きだという。スレかなんかで熱く語っていた気がする。さらには日本サーバーで有名チェーン店とのコラボキャンペーンもあった程だ。そんな、他愛もない事を考えるうちに、完成を迎えた。テーブルに食器とともに大鍋が運び込まれる。コメが手に入らなかったのか、主食はパンだ。
「カレールーなしで作ったのは初めてだな。はい、手合わせて。頂きます」
「「いたっす‼︎」」
言葉を省略するほど飢えている男達。食うスピードが早い。それを見てレキナが微笑んでいる。
「それにしても、これからどうしますかね?」
「明日の予定とか組み立てねばなりませんね」
「まず、服買い行こうよ服。鎧着るのはたまにで十分」
いくら防具を持っていても、私服に相当するものを持っていない。そんな境遇を冒険者は抱えていた。
「本当に、あれは困ったよな。パンツねえんだもん」
大災害直後の冒険者は、装備として認知されているものしか身にまとっておらず、中に何も来てない状態だった。結構しんどい思いでのようだが。
「そうですよ、大変なんですよね。下着がないんだから、レキナさんに借りてたんですよずっと」
はっきりさせておこう。アヤコは胸が小さく、レキナは並々である。サイズが合うはずがない。下は良くても上はスカスカなはずだ。カネコウは正直な方なのか笑う。
「ハハ、そういうことすか。別に上は付けるまでmブゴッ⁉︎」
アヤコが投げたおたまか何かがカネコウの頭部にクリーンヒットする。
「うるせぇ‼︎彼氏に揉んでもらってから、後々大きくなるはずなんだよ‼︎」
「いってぇ、そうですかそうですか・・・ん?」
「あっ」
「今、アヤコ何て言いましたシェインさん」
「彼氏に揉んでもらってると言ってたな」
ピンクかブルーかよくわからない話題に、全員は平静になることが出来なかった。
「いや、その。これは・・・」
「後で根掘り葉掘り聞かせてもらいわすわね」
反応が大人なのか子供なのか、どちらにしろ思春期真っ只中なメンバーはいかにも好奇心に踊らされていた。アヤコは追撃を避けるため、誤魔化して食器を洗うため場を離れた。。一気に暇になったテーブルだが、ギルドの問題はまだ残っている。シェインは切り替えて次に取り掛かった。ちなみに、この部屋はダイニングキッチンである。
「明日は服を買うとして、とりあえず小遣いぐらい出すよ。出世払いな。それと、新規ギルメンのことだな」
「早めに増やすんですか?」
仲他の質問なものだ。少なくともハーフレイドの人数が欲しいという意向。それを前提としたギルドハウスなので、本をとる必要だってある。シェインには策があるようだった。
「何、特別なことはしないよ。街の掲示板に張り紙するのと。念話をかける」
「張り紙はわかりますけど、念話ってなんすか?」
「フレンドリストに登録されてる奴に片っ端からかけて勧誘するだけ」
シェインのリストには、プレイ経験のない自分でさえ聞いたことのあるプレイヤーから、聞いたことのないプレイヤーまでいた。未ログインも多かったが、人数としては充分と言えるだろう。幸いにもギルドに入っていないものがいる。それを頼りに着々とリクルートを進めていくことにしたのだった。わかせたる所以の意気込みか。
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気付いた頃には7月の中盤にさしかかっていた。充実した環境をなんとか見出した中で、〈Squad〉は動き続けていた。「衣」「食」「住」はある、従って「礼節」もある。しかし、「人」がいない。張り紙は街中に一つしかあらず、多くの中の一つでもあるため効果は薄かった。もう一つ念話でスカウトの計画もあったが、これにはシェインが考えさせられた。条件としてギルドに入っておらず、知り合ったことのないプレイヤーにかけるのだが、どうも1人目で心が折れたようだ。最初にかけたのは〈櫛八玉〉という女性プレイヤーだった。開始3秒で撃沈させられた。高レベルで強い装備を使っているようなギルドに入っていないプレイヤーは、大体破天荒なものなのかもしれない。そう考えると、ギルドに入っていないのではなく入る気がないと結論付けられてしまう。だが、そんな思考をよそにシェインは夜の街を歩いた。異世界の夜はモンスターが出そうで怖いが、アキバのように明かりがあり人が沢山出ているなら心配はいらない。それに悪用して変なことをする者は〈円卓会議〉によって一斉検挙される。男でレベル90の彼には関係ないかもしれないが。
「さて、今日も確認しましょうかね」
彼が街に繰り出す理由。張り紙に書き込みが無いか見るためだ。朝昼晩の3回、書き込みがなくても粘る。それしか方法が思いつかなかった。ヘタレである。
「どれどれ、特に無しっか」
掲示板にさっと目を通す。今日もコメントはないと判断したのだろう。いかんせん居場所としてしか機能していないギルドである。事業を起こす事も視野に入れなければ、と思いつつ、シェインは立ち去った。一部の女性が書く超細い字は、さっと目通すだけではいくら冒険者でもわからないのだった。
「よし、行こうかな」
そんなシェインを含め変化がある。冒険者メンバーのみの戦闘訓練の開始だった。中級者である3人のために、ゲームの浅い知識をフル動員させスキルアップを指導したのだった。飲み込みが早くレベルは少しばかり上がるだけでなく、日常生活の連携にも繋がっていく。教職の楽しさが分かった気がした。そして、シェイン個人でもハードなダンジョンに夜間出入りして鍛えている。レベルアップは難しいが戦闘感覚が鍛え上げられていく。シェインはあっという間に持ち前の速さを活かしてアキバを出て、目的地へと向かって行った。〈シンジュクギョエン地下〉へ。
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シェインの攻撃の仕方は、効率を重視したものになっていった。少ない技数の中で近距離と遠距離の攻撃を使い分ける。数体ぐらいなら〈サンダーボルトクラッシュ〉大物なら〈ライトニングチェンバー〉と攻撃力の高い分をテクニックで切り替えていく。通常の妖術師とは対極の戦い方だった。シェインは臆する事なく迷わず突き進む。
「邪魔邪魔、〈ブリンク〉」
狭い通路の中で、シェインは立ちふさがる的の死角に移動する。目的はレベル上げでもアイテムでもない。体を戦闘に慣らす事が第一優先だ。第二に金銭狙いのため、敵をなるべく倒すようにしているが。そのために最近手を掛けているのが補助魔法の移動系統だ。ヘイトを稼ぎたくないので足早に逃げ去る。転移座標がまずく地面にめり込んだ事もあったが、今では腕を上げている。使いこなせれば便利なのだ。
「爽快だね。〈ルークスライダー〉は滑る感触が怖いけど」
だが、それも束の間奇妙な事に気づいた。モンスターが入ってから、それ以降全く出てこない事だ。ここはハードな場所であるため、現在のような状況は殆どない。
「何かがいる、か」
ミナミにいた頃もこういう事があった。決していい思い出ではなかったが。しかし、逆手に取れば精神面を鍛える事に直結するかもしれない。シェインは息を整えゆっくりと前に進んだ。何か影が動いていた。ここに生息しているものには見えない。人型に近い。
「俺の言ってる事が理解できるなら反応しろ。鳴き声じゃなくて言葉でな」
「君も冒険者かい?」
自分の出した質問に質問で答えられてしまったが、どうやら文脈からして冒険者のようだ。近づいてくるその姿は、無骨な鎧に巨大な両手斧。メガネをかけたその顔つきは間違いなく、〈円卓会議〉の代表であり〈D.D.D〉のギルドマスターその人であった。
「〈狂戦士〉クラスティか」
「ん?君は面識が・・・あるな、シェイン君」
つぶやきに反応するクラスティとは顔見知りらしかった。
「久しぶりだね。君もこっちに来てたのか」
「初めまして。ギルド〈Squad〉シェインです」
「?」
シェインはクラスティにこれまでの経緯を一から話さねばならなかった。
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説明中
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「なるほど。外見は同じでも中身は一緒と」
「そういうわけです」
「それにしても、アキバを恐怖のどん底に突き落とした男が打って変わって丸くなったね」
笑いを我慢しながら話していてシェインには聞き取れなかったが、ロクでもない事を考えてそうだった。
「それにしてもクラスティさんも個人で?」
「一人でこういうのはやりたいからね。それと第一声のようでいいよ、敬語は円卓とギルドで充分だからね」
こういう人だから、対等に話す人も中々いないのかもしれない。シェインはクラスティの気持ちを汲むことにした。しかし、話題がない。この捉えどころの分からない男に親しげな口調で何を話して良いものか。すると、頭の中からふっとアイデアが湧いた。メンバーのリクルートである。アキバ最大級の戦闘系ギルドを束ねるクラスティならうまいことコツを教えてくれそうだった。
「そうだな、相談したいことがあるんだけど」
「なんだい?」
張り紙のこと、念話で勧誘したら一撃で断られたことを最初から最後まで話した。
「何かアドバイスがもらえれば良いと思ってな」
「そうだな。僕の場合はギルドを立ち上げると言ったら周りが急に纏まり出したから的確な助言はできないけど」
カチンとくる天才発言だが、みんな違ってみんな良いものだろう。そのまま話を聞き続ける。
「前者だけど、張り紙というのは意外にも効果がないと思うべきだ。それよりは自分たちのギルドの持ち味をアピールして希望者を作るべきだと思う。後者は意外に悪くないかもしれないね。諸刃の剣であるけれども、最近はギルドにプレイヤーがまとまる傾向があるからね。君のメンタル次第だ。でも、最初に誰に連絡したんだい?」
少し己の考えと被ったアドバイスを聞いて〈櫛八玉〉と答えると、クラスティが苦笑いを浮かべた。
「彼女は元〈D.D.D〉の副総帥として第零レイド師団を率いていたんだ。数ヶ月前にやめてしまったけどね。なんとしてでも取り戻したいんだ」
シェインは櫛八玉に入ってもらうつもりはなかったが、クラスティをここまで執着させるという意味では一度会ってみたい気がした。
「わざわざ悪いね。相談にのってもらっちゃって」
「気にしないでくれ。そろそろ消費アイテムも切r「割り込むな、カス‼︎」
音が鳴るよりも速くシェインの杖が動き、一体のモンスターを〈サーペントボルト〉で仕留めた。キョトンしているクラスティを気にせず、シェインは何事もなかったように話している。
「そうか、俺も帰るかな。じゃね」
「また」
シェインは抜き去り、足早に駆けて行った。それを見送ったクラスティは心の中で呟く。
(彼のアレも〈口伝〉なのかな?自覚はないようだけど)
シェインがモンスターに反応した時の速度は冒険者のそれを軽く超越していた。
クラスティさんの口調が難しいな。それと、口伝…ね。