歩き回っている人が、みんな迷っているとは限らない
「ホビット」「指輪物語」で知られる文献学者、トールキンの言葉です。解釈は色々ありますけど、旅ってなんの為にあって、何をする物なのか考えさせられる気がします。
シェインにとって、ハママツは非常に魅力的な都市であった。貴族の宮廷楽団の演奏用のオーケストラ的な擦弦楽器、金管楽器、木管楽器、打楽器から庶民が日頃使う弾弦楽器まで、と製造工程を見せてもらったのだ。この地の楽器職人は各地に製品を売り込み、試作品を実際に第一線で活躍するプレイヤーに提供し、改良を加えていくという、研究者的な仕事をしていた。そして、もう一つの発動機部門はこの世界においては馬車に置き換わっていた。良馬がいるわけではないのだが、工作する際の精密さに定評があることがわかった。そんなわけで、満足したシェインとマニア愛すら湧かない残りのメンバーはハママツを離れた。今はが移動を進んでいる。
「いやー、良かった良かった。面白いね本当に」
「シェインさん、流石に私もついていけませんでしたよアレ」
「幾ら歴史があるとは言え、私にも理解できませんでした」
特にロマンなど解せないような女性勢は、虚ろな目をしている。しかし、男性勢であれ、興味の対象外はよくわからなかったようだ。
「弦楽器の共鳴云々の所から理屈が複雑過ぎて何言ってるか分かりませんでしたよ」
「あれ、日本語?うん、それより・・・」
カネコウの疑問に「何だ」と答えるシェイン。ハママツに熱中する程いたため、肝心な事を忘れている様だった。
「召喚生物出してくださいよ‼︎ハママツ越えたらって言ってたじゃないっすか!」
ギクッとなるシェインに、視線が集中する。まさか、このままはぐらかして使わない気だったのか、と。それをど忘れだったと彼は誤魔化し、魔法鞄から灰色の水の入った瓶を取り出した。
「はいはい、出しますよっ」
ポンッと音を立てて栓を開け、中に入っている水を空中にまく。反応はすぐに現れた。滞空する水滴に空気が集まり、形を作る。ワンボックスカー並みの大きさの「雲」が出来上がった。
「ほれ、召喚しましたぜ。〈ウェスプの飛行雲〉だ」
「これ、キン斗雲?」
純朴なカネコウに笑顔で答えるシェイン。その目は笑っていない。「ささ、早く乗れ。使用時間に限りがあるんだから」と言われ、全員が急いで乗る。雲の感触は質の良い毛布のようで、高級車のシートにでも例えるべきだろう。
「えーと、これをこうしてこうしてこうでっと。ハイ、出発」
制限時間6時間をめいいっぱい使い、晴れ渡る空を一筋の雲が駆け抜けた。
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はっきり言って、全員の感想は、こんな良いものがあるなら最初から使えば良かった、ということだった。シェインは変に躊躇っていたが、使ってみると乗り気でブイブイ運転テクニックを披露していた。この雲、非常に早い。グリフォンには及びはしないが、制限時間は断然長く、進行距離はそれを上回る。その他単純に直線距離で目的地まで移動できるわけで、ショートカットが簡単なのだった。
「いや、絶景ですね。リアルシムシティをやっているかのような気分ですよ」
「あ、あれ、富士山じゃない⁉︎」
「〈霊峰フジ〉ですわね。以前冒険者が大規模な戦闘をしていたと思いますが、ご存知ですか?」
大規模な戦闘つまりレイドという単語が冒険者であるメンバーの肩を動かす。体は上級者で心は完全初心者であるシェインと、そこそこ中級者である仲他、アヤコ、カネコウにとっては、やってみたいけど気が遠くなる話だった。それが、話題を変える。
「そういやさ、お前らアキバ行ったらどうするの?」
「「?」」
「とりあえず、このパーティーは解散するけどさ。所属ギルドとか決めとかないと。あ、レキナさんは?大地人の細かい決まりはわからないけど」
「アキバは自由の街ですからね。そういうのは特にありません。それに、私はシェインさんについていくつもりですわよ」
「ん?」
「特に行くあてもありませんから。強制はしませんが、あなたといると面白いですからね、お供させてもらってよろしいでしょうか?」
「お、どうぞよろしくお願いします」
シェインとしては、予想外だったのだろう。このパーティーを彼は解散するつもりだったのだ。あくまで、ミナミからアキバまで一緒に逃げる同調者だと思っていたのだ。
「それで、お前らは?ミナミのギルドは昔から素行が悪かったからな。アキバはいくらか品があるぞ。生産系なんかも今じゃ充実してそうだしな」
その言葉にカネコウは答える。
「いやー、生産系なんて、俺らは戦いに生きる人間っすよ。戦闘系に決まってますよ」
「じゃあ、戦闘系か?〈D・D・D〉なんかは大所帯で訓練プログラムは整ってるし、〈ホネスティ〉も悪くないな。〈黒剣騎士団〉は高レベルで制限かかってるから無理だし。〈西風の旅団〉、氏ね。〈シルバーソード〉も・・・ダメだな。その他にも中小ギルドで狙い目あるけど」
「え、シェインさん。ふざけたこと言わないでくださいよ」
中小ギルドを詳しく紹介したほうが良かったか、と戸惑うシェインはアヤコの言葉の意味を理解できてない。
「僕たちは、シェインさんに着いて行きますよ」
仲他の押しの一手で、施策が見事に崩れ去る。彼にっとては本当に予期しない出来事だった。
「え、つまり、それは」
「「シェインさんとこのままギルドを続けるんですよ‼︎」」
今まで作り上げてきた絆からなのか団結力はシェインの想像を超えていたのだろう。シェインは、レキナの方を振り返る。
「レキナさん」
「はい、なんでしょう」
「泣きそう」
「後に取っといてくださいまし」
反対を振り返ると目をキラキラさせて未来を考えている3人の姿。シェインは覚悟を決めたのか、宣言する。
「よし、皆の気持ちはわかった。俺たちは、アキバに到着次第ギルドを設立する‼︎」
どっと湧き上がる周り。話題はアキバでギルドを設立してからどうするかになった。
「まず、意見を出せ。はい、アヤコ」
「へい、まず今のギルドを破棄しましょう。〈Plαnt hwyαden〉なんて看板ぶら下げてたら、目の敵にされちゃいますよ」
アヤコの意見は最もで、ミナミからの使者だと思われても困るので、第一にギルドを作り直すことで到着次第取り掛かることにした。
「はい、仲他君」
「住居はどうするんですか?」
ギルドという共同体を作るからには、一緒に住まう場所が必要だ。小規模なギルドならギルドホールをギルド会館の中に借りることで充分なのだ。それは彼らにも当てはまる。
「ギルドホールを借りるってので良いかな?」
「ダメですよ」
アヤコが突然反論する。彼女の表情は真剣そのもので、ギルドホールが嫌なようだった。
「え、アヤコはギルドホールが嫌なの?」
「当然ですよ!あんな雑多マンション‼︎だから、シェインさんギルドハウス買いましょう」
「え、そんな金」
「あるでしょう。口座にお金1000万‼︎」
「あ、」
「はい論破。この意見に賛成の人挙手」
どうせなら、自分達の為がいいよな、とか声が聞こえて来る。これで、物件探しもすることとなった。
「最後に、はい、カネコウ」
「ギルドマスターは?」
「それは、仲他絵描に一任します」
「僕ですか⁉︎」
「よろしく」
「あと、詳しい事は着いてからしよう。とりあえず、アキバに入ってからすることはギルド設立と物件探し。それではギルドマスター御命令を」
視線はシェインから仲他に集中する。咳払いをしながら、慣れない様子を見せつつ口を開く。
「このまま、使用時間が切れるまで直進。陸路では街道を海沿いに沿って移動します。浮かれて気を抜かないように。道中、ギルドネームを決めます。総員アイデアを練るように。全速前進‼︎」
やけにノリノリで可愛らしい一面を持つ仲他に、答えるギルメン。現在地点は小田原周辺。ラストスパートが始まる。
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「カバー急げよ、仲他はリアクティブヒール」
「かけてます‼︎」
「よし、アヤコはそのままカネコウのサポート。カネコウは切り込め」
「うぃっす。エンドオブアクト!」
盗剣士の必殺技である攻撃が2体の植物系モンスターを蹴散らす。現在は東京に入り、山道を突き進んでいる。飛行雲に乗った日以降全員のテンションが高ぶってしまい、近道を通るということで、直線で山道を突き進んでいた。当然、敵と遭遇する危険は高くなるのだが、ホームタウンも近いといえば近いためレベルがすごい高いとは言えない。50、60程度。彼らはうまく連携を作ることで、障害を乗り越えている。逆に、中級者からすれば、経験値をうまく稼ぎやすいとも言える。
「よし、カネコウ。あそこで大技使えるのは良かったな。次、前線はアヤコに交代。レキナさんの護衛に回れ」
「あざっす。いやー、決まったよ」
殴り森呪使いが入っているアヤコは、器用に攻守を使い分けていて立ち回りがうまい。仲他はレキナの護衛に徹するも、幾らか場をコントロールしており司令官的な素養を持っていた。
(いずれは、仲他に指揮を任せたいね)
など、これからの事も考えていたのだ。
「皆、光が見えったすよー」
気が生い茂りすぎて、遮られた光が、隙間を縫って見える。その先を見るために一目散に全員が走って行った。朝日が降り注ぐ大地に街が見える。アキバだ。
「やっと着きましたわね」
「よっしゃよっしゃ」
「あー長かった」
前代未聞の、徒歩と一部移動機関を使っての長距離移動は、想像絶する観光となった。それが終わりを告げ、彼らに新たな生活の始まりを告げる。感動に浸り誰も喋らない中、シェインは口を開いた。
「さぁ、ギルドネームは考えたか?」
とりあえず、一章は終了です。会話シーンが多かったですが、次章からは戦闘が重なりに重なりますから、容赦なく。実は、何十話と構想を練っているので新キャラにも期待をば。