第四幕 ナゾナゾマユガのおふとん屋さん
第四幕 ナゾナゾマユガのお布団屋さん
おもち屋さんを出た後、おすのリスが
「 君、疲れてないかい?疲れていなければ、このままもう一件、お話集めに協力してくれる人のところに案内するけど 」
と、王子さまに声をかけました。そこで王子さまはちょっと笑いながら
「 さっきみたいに走って君たちを追わなきゃいけないようなことがなければ、大丈夫さ 」
と言いました。リスの夫はとぼけた顔で
「 そうかい、じゃ、ゆっくり行こう 」
と言いました。そこで、三人はゆっくりと歩いて次の場所へと向います。今度は走らなくて済んだので、王子さまはさっきお餅屋さんに入る前に聞いた、あの挨拶のような言葉について歩きながら尋ねることができました。
「 そういえばさっき、お餅屋さんに着いたときに 『 善き人にこそ幸いあれ 』 って言ってたね。あれが、この国でのあいさつなのかい? 」
「 そうよ。あいさつって、どこの国の言葉もだいたい 『 おはよう 』 とか 『 こんばんは 』 とか、それ自体がその時間帯を表す言葉だったりするけれど…… 」
「 この国には夜しかないからね。もともとあの言葉は祈りの言葉だったんだけど、それがいつからかあいさつになったのさ 」
めすのリスが話を始めるとおすのリスが、おすのリスが話を始めるとめすのリスが言葉の先を紡ぎます。その仲のよさが、王子さまにはとても眩しく思えました。
いつか、じぶんも誰かとこんな夫婦になれればいいのだけど。王子さまはそんなことを思いながら話を続けます。
「 お祈りの言葉……っていうことは、やっぱり夜の国にも宗教があるのかい? 」
そう尋ねると、りすの夫婦は二人ともきょとんとした顔でこちらを振り返りました。
「 シュウキョウ、ってなんだい? 」
今度は王子さまはきょとんとする番です。
「 宗教を知らないの?宗教っていうのは、どんな神さまを信じるかってことだよ。僕の国では 『 全てを創りたもう主 』 っていう神さまを信じている。そうして、この世界で一番偉いのがその方だって思ってる 」
「 いちばん偉い人なら、そりゃあ女王さまだ。この国を治めているのはあの方だもの 」
おすのリスが答えます。
「 うーん、国を治める人っていうのとは違って……なんていうか、もっともっと大きく世界全体を治めているような存在だよ。お祈りっていうのは、その人のおかげで世界が回っているような、そういう誰かに捧げるものだろう? 」
そう言われてリスの夫婦は立ち止まり、しばらく思案顔になりました。やがてぱっと明るい顔になるとこう言いました。
「 それなら、私たちのお祈りはお互いに捧げているものだわ 」
「 うん、まったくその通りだよハニー。この世界全体を誰が治めているかなんてわからないけど 」
「 誰だかわからない誰かよりも、とりあえず目の前にいる誰かがいるから 」
「 夜の国は上手く回ってるんだもんな 」
「 お互いに捧げあってたから、何だか挨拶みたいになったのね 」
二人で交互にそう納得すると、夫婦で顔を見合わせてにっこりと笑いました。一方、王子さまは 「 誰だかわからない誰かよりも、とりあえず目の前にいる誰か 」という言葉に衝撃を受けていました。そんなこと、王子さまの国の三枢機卿の前で口にしようものならすぐにでも審問にかけられてしまうことでしょう。その衝撃に次の言葉をうまく紡げないまま、しばらく黙ってリスの夫婦の後を歩きました。すると、めすのリスが
「 ねえあなた、ここらへんの草なんかいいんじゃないかしら 」
そう言って道の脇に生えている草の葉を摘み始めました。
「 そうだねハニー。少し摘んでいくとしよう 」
雄のリスもするするとそこにある木に上ってせっせと葉っぱを摘み始めます。
「 ふたりとも、どうして葉っぱを摘んでいるんだい? 」
すると夫婦は手を動かしたまま答えました。
「 これから訪れるお家へのお土産にするのよ 」
「 葉っぱを持っていくと、とても喜んでくれるからね。君も手伝ってくれ 」
そう言われて王子さまは、どうして葉っぱなんかが喜ばれるんだろう?とよく事情が飲み込めないまま夫婦を手伝ってそのあたりの葉っぱを摘み始めました。
一通り摘み終わると、王子さまは
「 僕が持とう 」
と言って、三人で摘んだ葉っぱを持っていた肩掛けで風呂敷のようにまとめて包みました。それを見てりすの夫婦は
「 あら、やっぱり小説家さんは賢いのね 」
「 うん、そうすれば確かに葉っぱを一枚も落とさずに運べる 」
と感心していました。
葉っぱを包んだ肩掛けを抱えてまたしばらく歩くと、やがて先を歩いていたりすの夫婦が立ち止まりました。
「 着いたわ 」
めすのリスの声で顔を上げると、そこは大きな大きな木の根元にある、大きな大きなうろでした。入り口は王子さまがかがまなくても十分くぐれるぐらいの高さがあります。
「 善き人にこそ幸いあれ。おふとん屋さん、お邪魔するわね 」
めすのリスがちょこちょことうろの中に入っていき、王子さまも後に続いて入りました。しかし、入ってから王子さまは戸惑ってしまいました。「 おふとん屋さん 」 の姿が、思っていたのとずいぶん違っていたからです。こちらが、おふとん屋さんよとリスの夫婦が前足の先で示した先には、切り落とされたキツネの尻尾みたいなものが横たわっていました。ただ本物のキツネの尻尾と異なるのは、本来黄金色である部分が真珠色で一方の端が青灰色になっていること、それから大きさがくじらの子どもぐらいもあったことでした。正直に言うと、王子さまはそんな 「 おふとん屋さん 」 にどんなふうに話しかけていいのかちょっと困りました。「 ひとと話をするときには、相手の目にきちんと向き合うものです 」 乳母からはそう教えられていましたが、何しろ目も口もどこにあるのかわからないぐらい全体にふさふさした毛が生えていて、それにぴくりとも動かないので生きているのかさえ不安になってきます。「 どっちがお顔で、どっちがおしりなのでしょう 」なんて聞くのも失礼な気がしました。そこで王子さまは思い切って、毛が青灰色になっている方に向かってこう言いました。
「 いきなりおじゃましてごめんなさい。夜の女王さまよりお許しいただき、不思議な物語を集めているのです。お話を聞かせていただけますか 」
そう言うと、王子様の背中でリスの夫婦がきゃきゃっと笑い出しました。
「 そっちはおふとん屋さんのおしりだよ 」
「 お顔はこっちだわ 」
「 こ、これは失礼 」
王子さまは顔を真っ赤にして、慌てて反対側に回りました。そうしながらそっとおふとん屋さんの様子を伺いましたが、別に気分を損ねた様子もなく入ってきたときと変わらず黙って横たわっていました。とは言っても、そのお顔も真珠色の長い毛に覆われて表情はわからなかったのですが。改めて来訪の目的を述べようとすると、それより先におふとん屋さんが銀の小鈴のような声で話し始めました。体の大きさに反して、音量はとっても控えめでした。
「 せっかくおいでになったのに、椅子もなくてごめんなさい。私、この体では椅子に座ることもできないし椅子を運ぶこともできないのです。その代わり…… 」
しゅるしゅるっ!という音がして、おふとん屋さんの口から絹糸のようなものが幾筋も飛び出してきました。王子さまは驚いて思わず目をつぶりました。ですがそれも一瞬のこと。次に目を開けたときには、王子様の足元にその体を丸ごと預けられるようなたっぷりとした大きさのたまご色の丸いクッションができていました。
「 どうぞ、それにおかけください 」
王子さまはまだびっくりしながら、それでもすすめてもらったとおりに腰をおろしました。
「 わっ…… 」
腰をおろして、またびっくり。だって、小さな頃にお城でこっそり座ってみた父王さまの玉座よりもまだすわり心地がよかったのです。
「 すわり心地に、具合の悪いところはないでしょうか 」
「 悪いところなんか全然ないです。驚いたなあ、こんなすてきなすわり心地のいいクッション、僕座ったことないや 」
「 気に入ってもらえたなら、よかったです 」
リスの夫婦たちはうろの隅から、どうやら自分たち用においてあるらしい小さなクッションを勝手に出してきて座っています。さっきのお餅屋さんでのクルミ殻のコップといい、この夫婦はあちこちの住民の家に自分たち用のものを置いているのでしょうか。
「 おふとん屋さんはね、まゆを作る要領で自分の糸でいろんなものをこしらえてくれるのよ 」
めすのリスが説明します。そう説明されてやっと王子さまはこのおふとん屋さんが毛虫だということがわかったのでした。
三人がそれぞれ自分のクッションに落ち着くと、おふとん屋さんはコホン、と小さな咳払いをしてお話を始めました。
――― 私たちは、ナゾナゾマユガという一族です。どうしてこんな名前かと言うと、大人になって羽化したときの羽の模様が一人ひとりみんな違うからです。違うけれど、みんなそれぞれにとても綺麗な羽になるのです。空を飛ぶばらの花のような羽になる者、空の虹をそのまま切り抜いてきたような羽になる者、その羽にオーロラを宿してでもいるように、羽ばたくたびに違う表情を見せる羽を持つ者……同族の者をこんなふうに讃えるのもぶしつけなことだけれど、私より先に空へ舞い上がっていった仲間たちを見送るたびに、なんて美しいのだろうとため息をついたものです。
私には、お友だちが一人いました。その子はたまたま私が生まれた卵の近くに産み付けられていたようで、私が卵から顔を出したときちょうどその子も卵から這い出してきました。私たちの親は卵に次の命を託すともうまもなくその一生を終えてしまうので、私たちの多くは親の顔も知りません。それに、私たちの一族はとっても数が少ないので、大抵は生まれてからたった一人で頑張って大人にならなくてはいけません。でも私たち二人はたまたま近くに生みつけられたので、お互い初めて顔を合わせたときにとっても心強く想いました。それから私たちは、何をするにも一緒でした。私たちを食べようとする鳥から身を隠すのも、みずみずしい葉っぱを食べるのも、花びらの陰で眠るのも、何もかもです。やがて私たちはたくさんたくさん葉っぱを食べて大きくなり、まゆを作れるぐらいの力もついてきました。
そんなある日、お友だちが満天の星空を見上げてこう言いました。
「 私、そろそろまゆを作るわ。そうして、この星空みたいな羽をもった大人になるの 」
そう言われて、この子ならきっとその言葉通りの美しい大人になるだろうと私も頷きました。でもすぐに私たち一族に伝わるある言い伝えを思い出してあわててしまいました。それは、こんなお話です。
その昔、私たちは大人になっても繭も作らず羽化もせず、一生を毛虫の姿のままで終えていました。手も足も無く体だけでのたのた這う姿を、他の生き物によくからかわれていたそうです。それがとても悔しくて、先祖の中の一人がある偉大な魔法使いのところまで這っていってこんなお願いをしました。
「 魔法使いさん魔法使いさん。私たちはいつも他の動物たちにこの姿を馬鹿にされるのが悔しくて仕方ありません。どうぞあなたの魔法で我々の一族を美しい姿に変えてください 」
すると魔法使いは言いました。
「 魔法には代償が必要だ。何の犠牲もなしに与えられた姿を変えることはできないよ 」
毛虫はすかさず答えます。
「 馬鹿にされなくなるのなら、どんな犠牲も厭いません 」
「 では、おまえたちに魔法をかけてあげよう。代償はおまえたちの 『 思い出 』 だ。おまえたちは生まれたときは毛虫だが、その毛虫だった頃の思い出を代償として大人になった時は誰もがうらやむ美しい姿になるようにしてあげる 」
以来、わたしたちの一族は子どもの頃は毛虫ですが大人になる前にまゆに入り、まゆから出てくるときには本当に美しい姿になって出てくるようになりました。けれど、出てくるときには子どもの頃の思い出――― 夜露にぬれた月見草の葉の味も、身を縮めて葉っぱに隠れて天敵の鳥をやり過ごしたことも、自分の住む葉っぱの綺麗な天井になってくれた花びらの色も、そもそも自分が毛虫だったことも ーーー 何もかも忘れてしまうようになりました。
お友だちもきっと、この星空を見た思い出を代償にしてそれは美しい大人になることでしょう。でも、私とこの星空を見たというその思い出自体は彼女の中から消えてしまうのです。きっと私のことも忘れてしまう、そう思った私はとても寂しくなってお友だちにこう言いました。
「 ね、このままずっと毛虫のままでいましょうよ。だってまゆを作って大人になって羽化したら、毛虫だった頃のことをみんな忘れてしまうんでしょう?私、あなたのこと忘れたくない。そんなの寂しいわ。ね、このまま二人で、ずっと毛虫のままでいましょうよ 」
でも彼女は首を振ってこう答えました。
「 そんなこと言ったって、仕方ないわ。私だってあなたのこと、忘れたくない。けれどいつまでも子どもでいるわけにはいかないでしょう。それに、あなただって大人になるときは私のことを忘れてしまうわ。寂しいのは、お互い今だけでしょうよ 」
そう言って、彼女はまゆを作って長い長い眠りに入ってしまいました。私は彼女がまゆになってもまだ決心がつかないで、それから彼女が羽化して飛び立っていくまでずっとそばで毛虫のままで見守っていました。まゆから出てきた彼女はやっぱり私のことを忘れていて、話しかけても言葉もわからないようでした。そうしてついに何も思い出さないまま、飛び立っていきました。その羽はまゆに入る前の望みどおり、星空の模様を宿していました。その姿はあまりに綺麗で、それを見たことを忘れてしまうのが私はやっぱり怖くなったのでした ―――
「 それ以来、私はずうっと子どものまま。この醜い毛虫の姿のままでいます 」
そう言って、おふとん屋さんはお話を終えました。リスの夫婦はそれぞれのクッションがよほど気持ちいいのか、いつのまにか揃って寝息を立てていました。
「 それでも、おふとん用の糸を作るために葉っぱは毎日沢山食べますから体の大きさだけはこんなに増えてしまいました。小説家さんも、最初に私を見てびっくりしたでしょう。驚かせて、ごめんなさい 」
と、おふとん屋さんは少し寂しそうにそう言いました。王子さまは軽く首を振って
「 確かに最初は少しびっくりしました。けれど、どうしても手放したくない、大切な思い出が僕にもあるから……おふとん屋さんの気持ち、少しだけわかります 」
そう言って、胸元のお守りに少し触れました。
「 それにこんなすてきなクッションやおふとんを作れるんだから、今の姿もまた素敵なものだと僕は思います 」
そう言うと、おふとん屋さんがほんのちょっと身じろぎをして言いました。
「そう言ってくれると、何だか救われる気がします。……そうだ。そのクッション、中に入ればまゆ型の寝袋になるんです。さしあげますから、どうぞお持ちください 」
そう言うと、またしゅるしゅるっ!と音を立てて今度は水色の、すこし太めのひもを一本吐き出しました。
「 くるくる丸めてその紐でぐるぐるくくれば、あなたのカバンの隅にでも入れられるぐらい小さくなります。どうか、あなたの旅の支えになりますように 」
王子さまは言われたとおりにしてみると、さっきまで王子さまの体をすっぽり受け止める大きさだったクッションは手帳ぐらいの大きさにまで縮まりました。おまけにとっても軽くて、カバンにしまってみても荷物が増えたことなどまったくわからないぐらいでした。
「 ありがとう。旅先でこんな寝袋を使えるなんて、僕は世界一ぜいたくな旅人だ 」
王子さまがそう言うと、おふとん屋さんはまたあの銀の小鈴のような声で笑いました。
王子さまが小屋から出ていくとき、毛虫は王子さまに
「 今日、あなたが来てくれてよかった。あなたにお話をしたことで、私の中の大切な思い出がまたあざやかになりました 」
と言いました。長い真珠色の毛に覆われてその顔は見えませんでしたが、見えていたならきっと微笑んでいたことでしょう。王子さまも微笑みました。それからリスの夫婦をそっと起こしてやって、おふとん屋さんを後にしたのでした。




