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第三幕 うさぎのおもち屋さん

言い訳を、一つ……。パソコンが壊れてしまって、iPadで修正作業をしています。

そのせいか、行の始まりなどにスペースを入れているのに反映されていないように見えます。ご覧いただいて見苦しいところがあったら申し訳ありません。

  りすの夫婦の歓迎を受けたことで、驚いてばかりだった王子さまにもようやくあたりを見回す余裕が出てきました。先ほど視界に入った鴇色の光を、王子さまはてっきりランプか何かだと思っていました。しかし、よく見るとそれは看板の足元に生えているスズランに似た花 ( ただし、王子さまの国にあるものとちがって、子どもの背丈ほどもある大きなものでしたが ) が光を放っているのでした。空気の中に仄かに漂う甘い香りも、どうやらその花から漂っているようです。

  花がランプみたいに光を放つなんて。つくりものだろうか。

  王子さまはそう思ってその花にそっと触れてみました。けれど、その手触りは王子さまの国に咲く花たちと変わらぬ手触りでした。辺りを見渡してみるとどうやらこの花はそこら中に咲いているようであちこちに鴇色の明かりが見えます。

「 君、スズアカリランがそんなに珍しいかい? 」

  どうやらこの花はスズアカリランというようです。王子さまはその花を夢中で見つめたまま答えました。

「 珍しいよ、そりゃあ。自分で夜に光る花なんか僕、見たことない 」

「 それじゃあ君の国では夜に明かりがほしいときはどうしてるんだい? 」

「 どうしてるって……ランプに火を灯して明かりにするのさ 」

「 いちいちかい?そいつは骨が折れるね 」

「 私たちは家の中の明かりもこの花を折ってきて使っているの。この花、お茶にもなるのよ。お話を聞かせていただくときにでもお出しするわ 」

「 ありがとう 」

  これだけ優しい香りのする花なら、お茶になってもさぞかし美味しいことでしょう。

「 さて……まずはどこに案内しようかね 」

  おすのリスがきょろきょろと辺りを見回すと、めすのリスがぽん、と手を打って言いました。

「 ねえダーリン。小説家さんはきっとお腹が空いているはずだと思うの 」

「 ああハニー。君ってなんて気配りのできるすてきなレディーなんだろう。それならさいしょにあそこに案内してあげよう 」

  そういうとおすのリスはくるりと王子さまの方に振り向いてこう言いました。

「 君、お餅は好きかい?いや、嫌いでも問題ないな、あそこのお餅はどんな好き嫌いをするひとでもうまいって言うはずだ。さあ、ついておいで 」

  王子さまはお餅は大好きでしたが、そう答える前にもうリスの夫婦は駆け出していきました。いくらスズアカリランが夜道を照らしていたとしても、やっぱり夜道は夜道です。リスの体はとても小さい上にとてもせっかちですから、見失ったらもう二度と会えそうにありません。王子さまはあわてて夫婦の背中を追い始めました。

  そうして、生まれてからこんなに自分の足で走ったことはないというぐらい走るとやっとリスの夫婦が一軒の木の小屋の前に止まりました。

「 ここが、この国のおもち屋さんよ 」

  王子さまは猫を追いかけた後の犬のようにはあはあ言っていましたが、りすの夫婦は全然息を切らしていませんでした。王子さまはりすの平然とした様子に驚きながらも、どうにか息を整え前を見ます。そこには、質素だけど清潔そうな、手作りらしい木の小屋がありました。小屋のまわりには田んぼもあるようです。ドアの横には 「 うさぎのもち屋 」 と書かれた、やっぱり木の板の看板があります。

「 うさぎさん、起きているかしら 」

「 なに、寝ているようだったら別の所に先に案内すればいいさ 」

  この国は、夜の国。朝の立ち入ることのできない国。それなら、この国の民はいつ眠っていつ起きるんだろう?王子さまは、ふとそんなことを考えました。

「 ……あの。もしかして今は、普通ならみんな寝ている時間なの? 」

「 みんなは寝ていないわ。誰かが眠っていて誰かが起きている 」

「 朝のない国だからね、ここは 」

「 誰もみな、好きな時間に眠り、好きな時間に目を覚ますの 」

  そんなんで体がおかしくならないのかしらん、と王子さまは思いました。

「 ああでも、明かりがついているから起きているだろう 」

「 よかったわダーリン」

  めすのリスはにっこり笑ってそう言うと、その小さな前足でとんとん、とドアをノックしました。

「 『 善き人にこそ幸いあれ 』 うさぎさん、イワンさん、いらっしゃる? 」

  善き人にこそ幸いあれ。

  まるで挨拶のようにさらりと発せられたその言葉。この国に来てからまた新しい発見です。

  さて、めすのリスのノックの音は体が小さいだけあってそのノックの音もとても控えめでしたが小屋の中の人にはちゃんと届いたらしく中から人が出てくる気配がしました。

「 善き人にこそ幸いあれ。りすの奥さん、いらっしゃい。おや、後ろにいるひとはだれ? 」

  そう言ってドアを開けたのは ーーー 一瞬、王子さまはそこにとても大きなうさぎが二本足で立っているのだと思いましたが ーーー うさぎの着ぐるみをすっぽりと着た少年でした。

  どうして着ぐるみなんか着ているのだろう? 王子さまはちょっとだけそんな風に考えましたが、誰が何を着ようと本来自由なはずだと思い直しました。とにかく今はきちんと尋ねられたことに答えなくてはなりません。

「 はじめまして。僕、旅をしながらお話を集めている者です。女王さまにお許しをいただき、今日この国にやってきました 」

  すると、めすのリスが続けて説明を加えます。

「 夜の国に住むいろんな人からお話を聞きたいみたいなの。この国は、本当に色々なものを背負った人のための国だから。ここでお話を集めたら素敵な本ができるんじゃないかって思っているみたいなのよ 」

  わかりやすい、優しい説明です。リスにありがちな浮かれたところはあるにせよ、根っこのところは世話焼きの善いリスなのでしょう。王子さまは、なんとなく自分のお城の年取った乳母を思い出しました。

「 それはそれは。遠いところよくいらっしゃいました。まずは中にお入りください。おもちとお茶をお出ししましょう 」

  そう言うと王子さまとリスたちを中に招き入れてくれました。

「 どうぞ、その椅子におかけください 」

  そう言って、これもやはり手作りらしい丸太を磨いたような椅子を王子様に勧めてくれました。体の小さなリスの夫婦のためには、テーブルの上に二人にちょうどいいようなサイズのクッションを二つ置いてやります。夫婦も慣れた様子でそのクッションに腰掛けました。椅子とテーブルの側にはずん胴なストーブに火が入っています。うさぎの着ぐるみを着た少年はまだ子どものようでしたが、実にちゃんとしたおもてなしだと王子さまは思いました。そうして三人を座らせた後、お餅屋さんは台所へと向かいました。

  そういえばさっき、リスの奥さんが 「 うさぎさんとイワンさん 」 って言ってたけど、あのうさぎくんのほかにも誰か住んでいるのかしらん。そう思って王子さまが部屋の中を見渡してみましたが、誰の姿も見当たりませんでした。やがてお餅屋さんがポットとお皿を持って現れ、人数分に切り分けたお餅をストーブの上に置き、空いている場所にポットも置きました。それからすぐにまた台所に戻ると、今度は大きな丸いものを抱きかかえるようにして持ってきました。

  あれは―――お城の図書館の本で見たことがあるぞ。

  王子さまはそう思いながら一生懸命記憶を辿ります。どうも真鍮か何かでできているような、ぴかぴかした金属の球。大きさは一抱えほどもあります。その球に、同じ金属でできているらしい先のとがった長い脚が四本付いています。その脚で床に立つと、背丈は、うさぎの少年よりもちょっと高いぐらいでした。

「 僕ら、まだ小説家さんにご挨拶をしていなかったですね。僕はうさぎ餅屋。そしてこっちが僕の友だちの、イワンです 」

  そう言ってうさぎ餅屋の少年は、さっき抱いて持ってきた金属の球を優しい手つきで王子さまたちの前に押し出しました。

「 あの、イワンさんはもしかして…… 」

「 あっ、小説家さんもイワンのことを知ってるんですか?そうです、あの人工衛星のイワンです 」

  そう言われて王子さまはすっかり驚いてしまいました。お城の図書館で読んだ本には、その人工衛星はずいぶん昔、遠い国でその国の希望を背負って作られたものだと書かれていました。それがどうして夜の国で、たった一人の少年と一緒にいるのでしょう。

「 よかったねイワン。君のこと知ってくれているようだよ 」

  王子さまの疑問には構わず、お餅屋さんは愛おしそうに隣に立つ人工衛星を撫でます。そのときちょうど、ストーブの網の上に置かれたおもちがぷく、とふくらみました。お茶を入れたポットもことこと音を立てています。おもち屋さんはまずみんなのカップにお茶を注ぎました。リスの夫婦にはくるみのからで作った、ちょうどよい大きさのカップも用意してあってそこに注ぎました。お餅もそれぞれのお皿に取り分けます。

「 味はつけてあるので、どうそのまま召し上がってください 」

  おもち屋さんはそう言いました。リスの夫婦が嬉しそうにおもちにかぶりつきます。王子さまもいただきます、といっておもちを一口、口にしました。そのおもちのやわらかいこと、よくのびること!あんまりよく伸びるので、りすの夫婦は口から手元まで伸びて糸のようになった部分をくるくると器用に手元にある方のおもちに巻きつけています。王子さまも夫婦の真似をします。そうやって一口やっと噛み千切り、飲み込んだあと王子さまは思わず 「 おいしい 」と呟きました。するとおもち屋さんの顔がぱっと明るくなります。

「 よかった!常連さん以外に食べてもらうのはずいぶん久しぶりだから、少し心配だったんです 」

  お餅にはしつこくない程度の甘い味がつけてあって、驚かされたり走らされたりしてきた王子さまの体にその優しい甘さがじっくり浸みていくのでした。中にはクルミが練りこまれてあって、その香ばしさと歯ごたえはリスの夫婦を大変に喜ばせます。

「 おもち屋さんはね、自分で作ったお米でおもちを作るの。住民それぞれにあったおもちをこしらえてくれるのよ。忙しいでしょうけど、イワンさんと二人でよくやってらっしゃるわ 」

  早々と自分の分を食べ終わっためすのリスが、お茶に口を付けながら説明します。お茶は濃く淹れてあって、その苦味がおもちの甘さを引き立てていました。

 やがて、四人 ( 人工衛星のイワンはおもちを食べないので )が出されたおもちを全てお腹に収めると、おもち屋さんが話し始めました。

「 さて。旅の人は、お話を聞きに来たんですよね。僕が話せるお話はたった一つです。退屈じゃないといいんですけど 」

  こう言うと、おもち屋さんは傍らに立つイワンを薄もも色の着ぐるみの手でぽんぽん、と撫でて 「 お話 」 をはじめました。


  ――― 僕とイワンの国は、それはそれは寒い所にありました。あんまり寒いので花もちょっとしか咲きませんでした。その代わり、星がとても綺麗に見られました。寒いので空気がとっても澄んでいたのです。 時々オーロラも見られました。僕、自分の故郷での素敵な思い出といったらこの星空とオーロラ、それにこのイワンと出会えたことぐらいなんです。

  さて、僕の国はそんな寒い国なので、国民たちはもっと暖かい国の人が花を愛でるように星を愛でていました。そうして、どの国の人よりも星が大好きでした。あんまり星が大好きだったので、たくさんのお金を使ってどの国よりも早く 「 人工衛星 」 を完成させました。自分たちが大好きな星のことを、誰よりももっとよく知りたくなったのです。完成された人工衛星は、人間の男の子みたいな名前をつけられて宇宙へと送られました。そうして、人々が自分の目で見ることができない宇宙の様子をずいぶん長い間、見せてあげていました。

  それから何年も経って、人工衛星のイワンはとうとうその役目を終えて地球に戻ってくることになりました。ところが、その数年の間に、彼を送り出した国はなくなってしまっていたのです。いろんなことがうまくいかなくなってしまって、国の財産が底をついてしまったからです。そこへ帰ってきた彼を、人々は冷たくあしらいました。彼を見ると、自分達が豊かだったことと、彼にたくさんのお金を使ったことを両方思い出して、悲しんだり怒ったりしました。やがて誰も彼のことを構わなくりました。そして邪魔者みたいにぶつかられたりどけられたりしている内に、とうとう小川に落とされてしまいました。浅くて小さな川だったので、彼は流されも沈みもせずに川の中に転がっていました。

  何週間か、何ヶ月か、彼はずっとそこに転がっていました。ところが、ある寒い満月の夜、大きなウサギが彼に話しかけたのです。そのウサギは、人間の子供ほどの大きさでした。二本足で立って、彼は言いました。

  「 きみも自分のおうちがわからなくなっちゃったの? 」

  大きなウサギはそう言いました。人工衛星であるイワンは、場所としては一応自分の生まれた場所の近くに帰ってきてはいるのですがウサギは構わず続けました。

「 僕もそうなんだ。ふと気がつくと人間たちの中にいた。だけど、僕はどんなにがんばっても周りのみんなと同じようにできなかった。だから気がついたんだ。僕は人間じゃなかったんだって。人間じゃないのなら、元のおうちに帰らなきゃって 」

大きなウサギは、ぽんぽん、と彼を撫でました。

「 僕と一緒に、おうちを探そう 」

  翌朝、何人かの人が人工衛星を背負って村を出て行くウサギを見ていました。けれど誰も笑いもせず、騒ぎもしませんでした。そのウサギは人々から見ればいつだっておかしなことをしていたのでもう慣れっこでしたし、何より朝から笑う気になれなかったからでした ―――


おもち屋さんの話が終ると、五人はそれぞれの物思いの中に浸りました。やがて、王子さまがカップに残っていたお茶を飲み干すと口を開きました。

「 そういえば、朝から笑う気になれなかったって。君のふるさとでは、朝に笑うとよくないと言われているのかい? 」

 王子がそう問うと、ウサギのもち屋とリスの夫婦とはぱっと顔を見合わせて、それからちょっと笑いました。

「 小説家くん。君は、明け方から一日の始まりに怯えたことはないかい?今日一日を、他の人と同じように上手くやれるか不安になったことは?そうすると、その一日の始まりにはもう疲れきってしまって笑えない。そういうことも、そういう人たちも、世の中にはいるんだ 」

リスの夫は、静かにそう言ったのでした。



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