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交渉

「ならば私は二人の都合で王都に連れて行かれる、ということですよね?」

凶悪犯と交渉するネゴシエーターってどんな感じだろう。

二人の視線を一身に受けて私は軽く息を飲む。

ネゴシエーターというより、野生の猛獣と睨み合う一般人的な感じで緊張感が半端じゃない。

無言の威圧に今すぐ回れ右をしたくなるが、ココが踏ん張りどころだ詩季九折!

自分を鼓舞して私はしっかりとアルとソルさんを見据えた。

感情の見えない金と銀の視線を正面から受け止めるだけで、ふるりと背筋が震える。

「今までは私が二人に同行させてもらっていたから、空腹も疲労も押し殺してきました。しかし、今度からは二人の都合で同行させられるわけです。これが私にも都合がよいかどうかはこの際、置いておきます。二人の都合で同行させられるからには私にも最低限の権利を認めていただきたいんです」

二人は無言で、視線を交わすこともなく私の話を聞いている。

うう、沈黙が痛い。

「……率直に言うと、食料と待遇の改善を要求する、ということになりますね」

必死でポーカーフェイスを装っているが、内心びくびくである。

黒い鎌が出てきたら首を刈られる前に華麗なジャンピング土下座をキメるしかない。

私の密かな覚悟を余所に、アルは両腕を組んだままこちらをじっと見ている。

ぴくりとも動かない表情から私の要求をどう思っているのかは読み取れない。

また剣を突きつけられることになるかもしれないし、彼らの返答をどきどきしながら待っていると不意に袋のようなものが私に向かって飛んできた。

「ん?これは……肉?」

反射的に受け取って中を見ると干し肉のようなものと木の実のようなものが入っていた。

これは、食べ物なのだろうか?

袋からアルに視線を移すと彼は美貌の上ににんまりと、悪魔のような笑顔を浮かべていった。

「どうした?空腹なのだろう。さっさと食え。ああ、何の肉かは考えるな。食えなくなるらしいぞ」

その言葉を聴いて私の動きがぴたりと止まる。

「まさか……人肉なんていわないよね?そんなホラーな展開じゃないですよね!? 」

呟く私の肩にソルさんが手を置いて瞳を伏せた。

淡雪を連想させるふわふわのまつ毛が白磁の肌にしっとりとした影を作る。

元が素晴らしい美形なだけにそうしていると上面だけは神々しく見えなくもない。

「―――聞きたいですか? 」

「いいえ全く」

即答する私にソルさんは愉快そうに声を上げて笑った。

このやろう。

「冗談ですよ、私がそんなものをアルデンシア様に差し上げるわけないじゃないですか。きちんとした家畜の肉ですよ。ただ、見た目はちょっとグロテスクですが食べる分には申し分ありません」

「そ、そうなんだ……」

目の前の干し肉をまじまじと観察する。

グロテスクってどんな風なんだろう。

脳内にゾ●ビとかホラー映画で御用達しな映像が浮かんできて、私は無理やり思考を中断した。

「いただきます」

思い切って噛み付くと、予想通り硬かった。生ハムが乾燥するとこんな感じなんだろうか。

すでに旅支度を済ませている二人をこれ以上待たせるわけにもいかなかったので、豪快に口の中に押し込んで咀嚼すると……咽た。

ソルさんには笑われるしアルには呆れられるし散々だ。

「飲み込むな、ゆっくりと咀嚼しろ。これから馬で移動するのにもどされては迷惑だ」

「馬で?」

「なんだ、クオリ。まさか馬の横を併走するつもりだったのか?私はそれでも構わないが」

「いや、喜んで乗せていただきますとも。でも私、乗馬の経験ないんだけど」

は、と鼻で笑いながら皮肉る少年に憤りよりも先に乾いた笑いが出てくる。

こいつ本当に性格悪いなぁ。

そんなことをしみじみと実感しながら目の前の二頭の馬を見ると、アルは白いほうの馬にひらりと跨って手をこちらに差し出した。

「お前に乗馬経験があろうとなかろうとどうでもいい。さっさと乗れ」

つまり一緒に乗れと?

言われたとおりに手を差し出すとそのまま馬上へぐいっと引っ張られて驚いた。

「なんだ?」

「凄い怪力だな、と」

私の方が身長は高いし、アルはどう見てもマッチョには見えない。

私の驚いた顔がよっぽどおかしかったのかアルが珍しく悪意の見えない笑顔を見せる。

笑顔を見せるどころか声を立てて笑われた。

そうしていると並外れた美形ではあるが、まるでふつうの少年のようだ。

「おかしなやつだ、お前は。こうも率直に尋ねる命知らずなど今まで目にしたことがないぞ」

命知らずって……一々物騒な少年だなぁ。

出合った時からアルとは一定の距離を置いて接していたが、その直ぐ後ろに回って始めて分かったことがある。

小さい、のだ。

偉そうな態度と並外れた美貌意外は何処にでもいる普通の少年と同じ。

従兄弟に同い年くらいの少年が居るからわかるが、その背中は余りに小さくて戸惑ってしまう。

「アルデンシア様、やはり私が……」

「良い。この方が馬も持つし、いざと言うときも動きやすかろう」

私の戸惑いを他所に、ソルさんの申し出をアルはにべにもなく振り払う。

馬は既に走り出していて私は慌ててアルの腰にしがみついた。

勢いがついてしまったのでアルを突き飛ばしてしまわないか不安だったが、アルはびくともしなかった。

「……動きにくいのは、アルも一緒なんじゃない?」

「いいえ。私もそれなりに剣の腕に覚えはありますが、恥ずかしながらアルデンシア様には遠く及びませんので」

「ええええ!?」

「五月蝿い!耳元でわめくな、鬱陶しい」

「あ、ごめんなさい。でも、どうして?それってこの世界では普通のことなの?」

「普通なわけがないだろう、馬鹿かお前は」

「うぐ……普通ではないのはわかるけど、その理由が気になるというか」

「理由か、おまえはおかしなことを気にする。好奇心は死を招くという言葉を知らぬわけではないだろう?」

や、知りませんけど。好奇心は猫をも殺すみたいな感じだろうか?

表現が率直すぎて怖いんですけど!

「似たような言葉は知ってるけど、そんなんじゃなくて。気になったから教えて貰えたらラッキーってな感じで、ちょっと聞いてみただけなんだけど……」

理由を言語化すると、我ながら情けないくらいに軽薄だ。

「お前の都合など、私には関係ない。特異には特異なりの理由があるものだ。遊び半分だろうと真剣だろうと首を突っ込もうというそぶりを見せること自体が、命がけの行為だとしても、お前は同じ質問をするか?」

振り向いたアルの金色の瞳には色がなく、唇は意地が悪く歪んでいた。

警告か、忠告か、婉曲的だが、いずれにしても馴れ馴れしく踏み込んでくるなという意思が見て取れる。

少しは打ち解けられたかもしれない、と軽々しく踏み込んだ自分が悪いのは分かっていても、伸ばした手を振り払われたような恥ずかしく、惨めな気持ちになった。

「不快な気持ちにさせたのなら謝る。軽い気持ちで図々しく首突っ込んで、ごめんなさい。アルも聞かれたくないならそういえばいいじゃない。命懸けるのなんてそんな簡単にできるわけないし。そりゃ、"元の場所"に帰れるんだったら命でも何でも賭けてやる!って思うけどね」

真っ直ぐに向けられるアルの澄んだ瞳にやけくそな、ふてくされたように唇を噤む私の顔が映っていた。

それを覗き込みながら自分がここに来る前のことを思い出す。

朝起きてご飯を食べて、「実家に忘れ物してたわよ」なんてお母さんからのメールにちょっと恥ずかしくなりながら大学へ向かう――。

教授の物真似をするユキに突っ込みを入れながらご飯を食べたり、バイト疲れで居眠りの多いセージをつついて起こしたり、放課後に仲の良い面子でご飯を食べに行ったりする。そこが、私の居場所だった。

それが……こんなことになるなんて、思っても居なかった。

家族も、友達も、今まで一緒に生きてきた人達が誰一人いない世界に、たった一人で放り出されるなんて、考えたくもない。

こうして馬に揺られている今だって、現実感なんてないし、体の節々が痛むのだってリアルな夢の一部なんじゃないかって思う。

夢だったなら。本当は講義中に居眠りしているだけで、目を覚ますだけで元の場所に戻れるのなら、って。

何度も、何度も、何度も、何度も……繰り返し、考えた。

「泣くな、馬鹿が。そのような顔を見せるな。見ているこちらまで胸糞が悪くなるわ。それは負け犬がする顔だ」

アルは吐き捨てるように言うと、私にタオルのような少し柔らかい布を被せて前を向いた。

私はその小さい背中にしがみつくようにして、仄かに花の香りがする布に顔を押し付ける。

「それに―――戻れないと、決まったわけではないだろうが。戻りたいと思ったのだろう?命でも何でも賭けてやる、とな」

私の後半の台詞をなぞってアルは口端を僅かに持ち上げる。

風に揺れる金紗の髪が陽光を弾いてやけに眩しかった。

「戯れでもいい、一度でも命をかけてもよいと思ったのならばそれを諦めるな。そのときの自分を忘れるな。自分を哀れんで流す涙などに何の意味も無い。折れたこころを腐らせるだけだ」

自分よりも小さい背中に寄りかかって説教を受ける私は他から見たらさぞかし滑稽なことだろう。

けれど、アルの言葉は些か大仰ではあったが、私の中にするりと入ってくる。

状況を受け入れることを拒否して諦め、巻き込まれただけの運が悪い傍観者を気取っていた私に強烈な一撃を与えてくれた。

「ん……そうだね。泣いてる暇があったら、自分で何とかしないと」

ないものを嘆いたって仕方がない。

手を振り払われたのなら、つかんでもらえるまで何度でも伸ばせば良い。

私の小さなプライドなんてかなぐり捨てて、まずは生き残ること!

そして、いつか必ず元の世界に戻って見せる!

あ。でも、馴れ馴れしくし過ぎると「鬱陶しい」とそれはそれで死亡フラグが立ちそうなので、許されるギリギリの見極めが肝要だ。

アルにもらった布で思い切り顔を拭い、きりっと表情を引き締める。

「ねえ、アル。あのさ、もしもの話だけど。私が戻れるとして、アルはそれを手伝ってくれたりなんかは……」

「するわけ無いだろう。甘えるな、馬鹿女。私は今お前のようなものを野放しにするわけには行かない。その手伝いをするわけなかろうが」

あ。ですよねー。うんうん、わかってた!

何となく、予想はしてたが、アルの冷たく突き放すような言葉が心にぐっさり突き刺さる。

それでこそ、アル。

伸ばした手を振り払われるどころか、強烈なビンタまでおまけでついてきたって感じで、元の世界に帰るころにはうっかり別の扉が開いているかもしれない。

そんな話はさておき。私だってまぁそんなに話が上手くいくとは思っておりませんけどね。

会話の流れ的に、もしかして、とちょっと期待をしてしまったわけです。

反省、反省。アルの頭にこつりと額をぶつけて項垂れる。

「―――だが、お前が帰ろうとするのは自由だ」

意外過ぎる言葉に思わず顔を上げると、にやりと瞳を細めた悪魔のような美少年と目が合った。

「帰れるものならば、な」

もちろん私は邪魔をするが、と彼は琥珀の瞳をとろりと揺らし、至極愉快そうに笑ったのだった。

結論、やっぱりアルはアルでした。


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