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猛獣と触れ合うってこんな感じ?

「なんのつもりだ」

眉を寄せる金髪少年に私は紅くて丸い物体を差し出した。

「湖の近くに生っていたの。食べたら美味しかったから、どうぞ」

掌に収まるほどの小ささだったが、その果実は林檎によく似ていた。

少し齧ってみたら味はやはり林檎そのもの。

舌先が痺れることもなかったし、きっと食べても問題ないだろう。

「私に媚でも売るつもりか? 」

嘲るような笑みで言われると背を冷や汗が伝うが、少年のこういう物言いにも随分なれた。

ここに来てからというもの毎日が綱渡りだ。

「まさか。ただ、食べてみたら美味しかったからおすそ分けしようと思っただけ。要らなければ私が食べるからいいけど」

気分はネコに近づこうとするネズミ、あるいはライオンに近寄ろうとする一般人A。

「受け取ったらどうです。その果物は確か、アルデンシア様の好物だったでしょう」

「余計なことを言うな、ソル」

相変わらず柔らかな物腰の従者に憮然と返す少年はそれでも、私の手の中の果物を受け取ってくれた。

もう1つを白髪の従者にも渡すと彼は

「私に、ですか?……ありがとうございます」

まばゆいくらいの笑顔で受け取ってくれた。

これだけで人を得した気分にさせちゃうんだから美形って素晴らしいよなぁ。

頬を緩ませる私を冷ややかに見ながら林檎らしき果物を齧りつつ少年は口を開いた。

「……名がないというのも不便だな。おい、名を名乗ることを許してやる。お前の名を私に告げよ」

それでもって少年のその高慢さは輝く美貌のお陰で華さえあるように見えるから素晴らしすぎて泣けてくる。

詞季(しき) 九折(くおり)。九折が名前」

「クオリ、か。変わった名だな」

「まぁね、よく言われる。それで、あなたは?こちらは名乗ったんだからそちらも名乗るのが礼儀というものでしょう」

「ほう、お前ごときが私に礼節を説くか」

言葉だけを取れば不愉快そうではあるが、声音は割りと弾んでいて謝るべきかどうか判断しかねた。

「よい、無礼を許しやろう。私の名はアルデンシア・ソルヴィニア・トリスカトリアだ」

「主が名乗ったからには私が名乗らぬわけにはいきませんね。私の名前はソルヴィニアです」

少年に続けて名乗る従者。

「長い名前ね。それにソルヴィニアって……」

「ええ、私は光栄にもアルデンシア様に名を頂戴しているのです」

誇らしげに言う彼に私は首を傾げる。

名を頂戴している?名前の一部を貰ったということだろうか。

日本でも有名人や歴史上の故人から名前をもじることはあるが、従者が主から名前を貰うという話はあまり聞いたことがない。

家臣が主に自分の子供の名前を頂戴するとか言う話は聞いたことはあるけど……。

「それって凄いことなの?」

「それはそうでしょうね。王族といえど名を与えられる従者はただ一人ですから」

「王族?」

魔術につづいて、近代では、ほぼ形骸化してしまったファンタジックな名詞に面を食らってしまい、鸚鵡返しにするので精一杯だ。

王族=ロイヤルファミリーである。となると、さっするに目の前の少年が王族と言うことになるのだろうか。

「クオリ、お前は本当に何もしらんのだな。トリスカトリアと言えば大陸一の大国であろうが」

和やかな私とソルさんの会話にアルデンシア少年が入り込んでくる。

ごめんなさい、もう色々容量オーバーです。

こちとらハタチを超えたいい大人なのですよ、余りのファンタジックぶりについていけそうにありません。

額に手を当てて日の昇る白い空を仰ぐ。

ふわりと髪をさらう風は乾いて砂混じり、風1つとっても私がいたところとの違いをまざまざと実感させる。

本当に、一体ココはどこなのだろう。日本ではないと思っていたのだけど、まさか、地球でもない可能性が出てくるなんて。

「知っているわけ、ないじゃない。ソルさんとアルデンチ……アルには事情は話したでしょう」

「待て、私はアルデンチなどと言う名ではないしアルとはなんだアルとは。なれなれしいにも程がある」

低い声で冷静な突込みを入れるアル。

納得がいかない、と眉を寄せる彼が何だか可愛く見えて私はつい笑ってしまった。

「いいじゃない。呼ぶたびに噛みそうになるし、アルとソルさんでわかり易いし」

「なぜ私だけ呼び捨てなのだ」

「仲良くなれるように親しみをこめてみました」

「下らんな」

ちょっと嘘っぽかったか。私的には結構本気だったのだけど。

会話はそれっきり、アルは踵を返して旅支度を始めた。

ソルさんも馬や荷物の確認にかかりきりなため、必然的に私は手持ち無沙汰に。

足のむくみやつぶれたマメを何とかしようかと、手ごろな岩に腰掛けて足を揉んでいると私の隣にはいつの間にかあの黒い本があった。

砂漠を渡っている間に落としたかアルかソルさんに渡したと思っていたのだけど……。

ふとその本を手に取ると、冷たい石出てきたそれは私の手にしっくりと馴染んだ。

誘われるように表紙を開くとそこには絵のような文字様なもので何か書かれていた。

読んでみるとそこには景色の美しさを歌ったような詩や生と死を詩ったもの、優しい詩に嘆きの詩、祝福と呪い

―――さまざまなイメージが鮮やかに脳内を駆け巡る。

この美しいイメージを口に出そうと試みるが、言葉にして発音することができない。

「んー。これは……炎、かな?」

瞬間、閃光が爆ぜ、凄まじい爆音がして20mほど先の砂漠と岸壁の境界線がごっそりと抉れた。

爆音の名残で耳鳴りはするけど、フィルターがかかったように他の音が聞こえない。

私の体よりも大きい岩がまるで紙ふぶきのように宙に放り上がっていく。

アクション映画の爆発シーンを見ているような現実感のなさに、鳥肌が立ち、息が詰まった。

「な……」

まだ炎が燻っている激しい破壊の後を呆然と見つめていると、金色の影がさっと目の前に現れる。

アル、だ。

「何をやっている。―――お前、魔術師だったのか」

小さな手に不似合の漆黒の大鎌がどこからかするりと現れる。

その目はとてもさっき一緒に果物を齧った人物とは思えないくらい冷酷で容赦がなかった。

「違う……この、本を読んだら勝手に爆発したの」

本を差し出しながら言うとアルは本を覗き込んで私を見つめた。

「なぜお前の手にこの本が?いや、そんなことより、本を開くことができたのか。ならばこの魔術書の主は――」

「クオリと言うことになりますね。クオリ、体に異変はありませんか?熱っぽかったり、どこか痛んだり……体の一部を失った、と言うことはなさそうですね」

真剣に恐ろしいことを言うソルさん。

「や、体の一部だなんてそんな……」

「事実ですよ。魔術書に関わってその程度で済めばよいほうですが」

同情たっぷりの視線に私は急に不安になって、コートを脱いで体を確認した。

うん、少なくとも体の一部が欠損していると言うことはないようだ。

「待て」

安心して再び岩にへたり込んだところで、アルがいきなり私の前に膝を着いて黒いワンピースから覗く足を掴んだ。

「っぎゃ!ななな、足!」

「五月蝿い。黙れ」

「……はい」

自分よりも年下の少年に心底うっとうしそうに言われては黙るしかなかろう。

とはいえ、他人に足首をつかまれるのはくすぐったいし、

ワンピースの下にはスパッツとかはいていないので見えてはいけない何かが見えたらどうしようかと気が気ではない。

「ほう、これは……」

もっともらしそうな言葉を呟きつつ少年がするりとワンピースの裾を太ももに向かって押し上げる。

おいおいおいおい、なんですかこのアブノーマルな雰囲気は!

目の前には片足を突いて跪く美貌の少年、節目がちにしているので長い黄金色の睫毛が白い肌に影を落としている。

普通に考えれば美味しい状況なのかもしれないが、状況を楽しむ何処ろではない。

どうしていいかわからないから早く開放してくれ、とか足が臭くなかろうかとかそんなことばかりが頭に浮かぶ。

特に後者は切実だ。

た、耐えられない……!!

「これは何の印かわかるか」

私の我慢の限界が頂点に達し始めたころ、アルが太ももをやんわりと撫でた。

「ちょっ!なにするの!くすぐったいでしょうが!!」

アルのひんやりとしたつめたい指先の妙にリアルでいたたまれない。

「動くなクオリ、よく見えないだろう」

見ないで下さい!

抗議の声を上げるも、あっさり流されてしまう。

身じろきをして足を動かそうとすると、ソルさんが後ろから抱きしめるようにして肩をつかみ、アルはそんなソルさんに見せるように私の足を軽く持ち上げる。

あの、本当に一体これはなんのバツゲームなのでしょうか……。

見上げた青い空は広く、吹き抜ける風と共に逃避してしまいたくなる。

「後ろから失礼しますね」

それどころかソルさんまで人の太ももをまじまじと見みながら呟きだす。

「さて、覚えのない印ですが……それ以前に体に印がでる魔術書というのも聞いたことがございません。いかがいたしましょう?」

さすがに二人の会話が気になって何とか足と体をずらし、自分の太ももを覗き込むと

幾何学的な図形を真っ黒に塗りつぶした刺青のようなものが私の太ももに浮かび上がっていた。

痛みや痺れはない。暫く見つめているとそれは肌に吸い込まれるように消えてしまった。

アルもソルも何かを考え込むかのように一言も声を発しない。

耳が痛いほどの沈黙の中、二人に随分遅れて私は悟った。

どうやらまずいことをやらかしてしまったようだ。

本をぎゅっと握る。

私は、殺されてしまうのだろうか。

そう思っても可笑しくないほどの緊迫感がぎりぎりと私を締め付ける。

「このまま連れて行く。正体不明の魔術書だ、ヘタに主に手をかけると何が起こるかわからん。この書が"失われし書"の可能性があるならなおさら、だ」

ちらりとアルが魔術書を一瞥した視線を落とす。



「廃された魔術教団の魔術書ということも考えられますが。クオリさん、貴女はこの魔術書と契約を交わしてしまったようですね。覚えはありますか?」

気を取り直して尋ねるソルさんには柔らかな態度の中にも強い意思が見て取れ、私は必死で思い返した。

「……契約とかそういうものはしてないと思う。私はただそれを買っただけなので」

それだけを聞くとソルさんとアルは暫くなにやら話していたが、やがて私に向き直った。

「クオリさん、もうすぐ私達は国境付近につきます。貴女とはそこで別れようと思っていたのですが、事情が変わりました」

しれっとした顔で人を放り出そうとしていたと言うことをさらりといってのける白髪の美形、笑顔は爽やかだがこの二人はなんつーか、やっぱり優しさとか思いやりって言葉とはかけ離れていると思う。

確かにココまで連れてきては貰ったが、口にしたのは湖での水と自分で取ってきた果物だけで食事を分けてなんて言えなかったし。

「というと?」

大体先は読めたが一応聞き返す。

「王都まで連れて行く。今のところお前を殺すことは出来ないし、放り出すには余りに危険だからな。これから先、私とソルから離れることは許さん。いいな」

初めはついてくるなと言っていたのに随分な変わりようだ。

これが私にいいことなのか悪いことなのか。

正直今のところ判断がつかない。

判断するには私は余りにここのことを知らなさ過ぎた。

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