最悪な朝
「ん……?」
蒸すような暑さと肌に張り付く砂の心地悪さで目が覚めた。
呼吸をするとまだ砂が残っているような気がして喉が痛い。
「起きたようだな。
近くに水場がある。喉が渇くようなら今のうちに潤しておけ」
この物言いにも慣れてしまった。
目をこすりながらのろのろと起きるとそこには
見た目は綺麗だけど中身は容赦がない金色の少年が仁王立ちしていた。
口に張り付いた高慢な笑みといい、ギャップはあるはずなのに何故かよく似合う。
「おはようございます。予定は遅れておりますので水場に行くのなら早く行ってきてくださいね」
朝から爽やかかつもの柔らかな挨拶をしてくれた従者殿は私を見下ろしてある方向を指差す。
どうやら送ってくれるつもりはないらしい。
そしてこの言い方は早く行ってこないと置いていくぞ、ということなのだろう。
態度は違うのに中身がそっくりなでこぼこコンビにため息交じりの挨拶を返しながら私は水場に向かった。
きらきらと輝くアクアブルーの水面。
水の香りがこんなにも芳しく素晴らしいものだなんて思ったことがなかった――!
みな底が写るほど透き通った湖面に感激しつつ
喉を潤し、両手を洗って顔を洗うと正に生き返ったような気分になれる。
手や顔はさっぱりしても体のほうはべた付いたまま。
ココで水浴びしなかったら次ぎはいつできるやら……。
躊躇いはあったものの熱さと感じたことのないくらいの不快感が私を後押しした。
周囲の様子を伺いつつ服を脱いで思い切り水の中に飛び込む。
「ああ、きっもちいい~!!幸せ~!」
ばしゃばしゃと湖の中を泳ぎまわりながら全身の汚れを落とす。
髪の毛も丁寧に洗って絞っていると、私は思わぬものを目にした。
このクソ熱いのに白いロングコートを羽織り、服装とは対照的な漆黒の大鎌を手にした少年。
「え……覗き?」
「殺すぞ、クソ女」
間髪いれず入る本気の突っ込み。
お願いだから鎌はしまってください。
「遅いと思ってきてみれば水浴びだと?」
声の中に底冷えのする怒りを感じて私はすかさず謝る。
「ごめんなさい」
「謝るくらいならするな」
じろりと横目でにらまれて、体が竦む。
私は今全裸なのだが、恥ずかしいとか云々の前に本当に少年を怖いと感じている。
何か言わなくてはと思うのだが口をついて出てきた言葉は
「砂がとても気持ち悪かったから、つい……」
情けないいいわけだった。
「言い訳など聞きたくない。――お前は自分の立場をわかっていないようだな」
げ、これはまずい。
突き放すような言い方と黒鎌を携えて近づいてくる少年に私は思わず両手を合わせて頭を下げた。
「もう、二度としないから。
喉が痛くても、髪がばさばさでも、肌がべた付いて気持ち悪くても我慢します!」
「フン」
鼻で笑われてもう駄目かと思ったとき、頭から何かが振ってきた。
「なに……布?」
顔を上げると少年は既に背を向けて去るところだった。
「さっさと上がれ。出発するぞ」
「あ、うん」
頷いてさっさと湖から上がると私は急いでその布で体を拭いた。
私が水浴びをしていることを予測した大きな体を拭くための布を用意し、怒りつつも私の行動を許容する。
色々と容赦ないけど、アルは案外面倒見が良くて優しいのかもしれない。
少し湿った肌に何とか服を着用し、慌ててアルの後姿を追いかけながらそんなことを考えた。