人生そんなに甘くない
「――それで、お前は私の後を追ってきたというわけか?」
冷たい声が緊張と混乱に火照った脳髄に水を差す。
目の前には声と同じくらい底冷えのする金の瞳を持つ少年が一人、従者を携えて私をにらんでいた。
「……すいません、私自身なにが起こっているのか把握できていないんです」
嘘はついていない。
全て事実だ。
因みに彼らが私に剣とど巨大な鎌を突きつけているのは現実だ。
「それで、その本はお前が怪しげな男から買った、と?」
「まぁそういうことになりますね」
なぜ自分よりも小柄な少年に圧倒されねばならないのか。
納得がいかなかったが、答えなかったら私の首が飛ぶのだろう。
流石にそれは遠慮願いたい。
少年は私の答えに満足げに笑う、というより根性の悪さがにじみ出るような仕草で唇を捻じ曲げる。
……嫌な、予感が。
「いいだろう、ならばこの魔術書は私が買おう」
「え?買う?」
頭の回転が鈍っているのか麻痺しているのか、私は言葉の意味を飲み込めず、そのままおうむ返しにつぶやいた。
「女、お前は耳が悪いのか頭が悪いのかそれとも両方か、どちらにしても救えないな。仕方ない、もう一度だけ言うから心して聞くがよい。その魔術書を私に売れ。対価はお前の命だ」
安いものだろう?と冷然と笑う少年。
視線を従者に移すと彼は月光を受けて輝く白髪をさらりと揺らして、微笑んだ。
笑みは麗しいが、視線は氷点下の冷たさだ。
「よかったですね」
「……何が、よかったのでしょうか」
「命が助かって」
爽やかな笑顔と優しい声で思いっきり突き放されて泣きそうになった。
だめだ、ココが踏ん張りどころだ九折!!
私はともすれば頷きそうになる自分を鼓舞して偉そうな少年を真っ直ぐに見据えた。
「この本を渡せは対価として私の命が保障されるんですよね?」
「……そうだ」
大きな金色の瞳が容赦なく私を貫く。
その瞳を力いっぱい見返しながらきつく拳を握る。
「でも、こんな砂漠の中で放り出されたらどのみち私は死んでしまいます」
少年は黙って私を見つめている。
抜かれた剣は未だ私に突きつけられたままだ。
「どちらにしても死ぬというなら今死ぬか?」
すう――、と鎌の刃が動いて冷たい感触が首筋に。
緊張で脳がどくどくと脈を打っているような感覚がし、肩からつま先まで全身が固まる。
「……私は、その魔術書を売った人を知っています。あなた達にとってその魔術書が大事なものならば、本に関する情報は多いほうがいいはずです」
必死の言葉にも少年の瞳は揺らがず、冷たいままだ。
「アルデンシア様、その魔術書がどの教団のものか、または既になき教団のものなのか我々には情報がありません。今はどんなに少ないものでも得ておいたほうが得策ではないかと」
「では、この女を連れてゆけと?」
「服装は奇妙ですが彼女は普通の人間でしょう。体も鍛えられておりませんし、体に染み付く香や刺青など魔術師特有の気配もありません」
「なるほど、そういうことか」
優しい笑顔で物騒な雰囲気をかもし出す白髪の従者と可愛い顔して極悪人な笑顔を浮かべる少年
直訳するとこういうことだろう―――邪魔になったら殺しちゃえっ☆
……わ、笑えない!!
「よし、では同行を許す。行くぞ、女!」
何処までも偉そうに馬上からのたまう少年と
「これから砂漠を越えなくてはなりません。厳しい旅になりますので、生き残れるように頑張ってくださいね」
他人事のように笑顔で言ってのける白髪の男。いや、他人事なんだけどね、実際。
見てくれは見たことないくらい可愛い少年と男前な美丈夫なのに、彼らの腹は黒いどころか悪魔が住んでいるらしかった。