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日常からの乖離

その日は少し退屈でとても平和な――つまり、いつもと変わらない一日だった。

「おはよー!クオリちゃん!!今日も相変わらずクールだねえ!もう冬なんだからさ、そんな全身から冷気だしまくりってどーなのよ。大学始まって憂鬱だけど折角の年初めなんだからさもっとこ~あるでしょ?見てるこっちが寒くなってくるっつーか、冬なんだから逆に夏っぽくサンバにいこうぜ!」

「ユキ……朝っぱらからほんっと元気だね、あんたは……」

絶句する私に奇声を上げながら飛びついてくる女は桂木雪那、私がこの大学に入学する前からの腐れ縁、つまり幼馴染だ。

飛びついてくる彼女の頭をぽんぽんと撫でながらヒールを鳴らして校内を歩く。

「で、たしか休み中に課題出てたけど」

「もちろんやってないよ? 」

私の問いに短い茶髪を元気に揺らしながらユキは答えた。

そこは笑顔で言うところではないと思うのだが。

こめかみを押さえながらため息をつく。

「つまり?」

「クオリちゃん、ありがとー!いつも感謝してるよ」

「もう、たまにはちゃんとやりなさい」

なんで私がこんなどこぞのオカンのようなことを言わなければならないのか。

もう少し苦言を呈したかったが、楽しそうに笑うユキを見ているとその気もなくなってくる。

「ユキ、もうすぐ授業始まるよ。私は教授の研究室に行くから先に行っててちょうだい」

「うい~す!」

元気に教室へ向かうユキを見送って私はエレベーターに乗り込んだ。

―――おまたせ、しました。

機械的な音がして扉が閉まる。

と、同時に照明が消え、エレベーターの中から光が消えた。

光のない闇の中、心なしか空気も一段と下がった気がする。

「故障……?」

思わず呟いて携帯を取り出して辺りを照らしてみても先が見えなかった。

緊急スイッチを押そうと手を前に突き出しながら歩いた。

しかし、歩けども歩けども一向に扉に突き当たらない。

いったん足を止めたが、状況は変わらず、周りを見渡してみても暗闇と耳が痛いほどの静寂しかなかった。

えもいわれぬ不安に突き動かされて私は夢中で前へと進み続ける。

「嘘、こんなの……おかしい」

小走りになりながら歩き続けると何かにぶつかった。

ざらざらとした硬い手触り。

よくよく見てみるとそれは煉瓦のようだった。

予想外の感触に仰け反るようにして私は後ずさろうとして――無様に転んだ。

新品のワンピースとコートが台無しだ。

服についた土を払いながら反射的に空を見上げるとそこには満天の星空が……。

「は?……え、ええええええ!ちょ、はぁ!? 」

慌てて周りを見回すと視界は開けており、周りには茶色い煉瓦でできたような建物とさらさらとした細かい砂に覆われた道が見えた。

それはまるで映画で見た砂漠の国、アラビアン・ナイトの街の風景に似ていた。

暫く呆然とその光景にみとれていたが、私は漸く立ち上がり、砂を払った。

一体これはどういうことなのか。

ふらふらと奇妙な感覚に突き動かされて細い路地を歩いていくとやがて大きな道に突き当たった。

四方が黄土色の煉瓦に覆われた闇の中に黄金色の月が糖蜜色の砂地に降り注ぎで輝いている。

まるで絵画を見ているような気分。

冷たい風と乾いた砂の香りが鼻腔を満たしても、全く現実感がなかった。

私は夢を見ているのだろうか?

試しに頬をつねってみたら、かなり痛くてなんだか泣きたくなった。

そのまま大きな道をとぼとぼと歩いているとやがて人影が見えてきた。

「あ……!」

逆光でよく見えなかったが私は嬉しくなって声を弾ませる。

―――直後、不安になった。

折角ヒトに会えたのに何で不安になるんだろう?

ごくりと喉を鳴らしながら前を見据え、一歩一歩足を進める。

やがて不安の理由がわかった。

のこり10m強、現れたのは男、それも半裸かつ筋肉粒々で半月刀と呼ばれるような湾曲した刀をもっている。

どう好意的に見ても善人だとは思えない面構え。

月光に照らされた彼らの表情は、爽やかとはとても言い難い。

例えるなら、腹ペコの虎が子連れの野ウサギを見つけた時のような、

獰猛で理性を感じさせない獣の表情。

逃げろッ!!

私の本能が指令を下し、体は弾かれたようにその命令に従って先ほどの路地へと走り出した。

雄たけびの様な声が背後から迫る。

冷や汗が背筋を伝うけれど、非現実的な状況に頭が追い付いていないのか、不思議と恐怖はなかった。

何が何だかわからない。でも、捕まったら絶対にまずい。

ぐるぐると考えながら走り続ける私の足は不意に止まった。

追ってくるものを巻いたからではない、その逆だ。

行き止まりの袋小路、追い詰められた私は絶望から足を止めた。

反射的に左右に視線を送ると左の壁に扉らしきものが見えて急いでそこに飛び込む。

扉の中に入り込んで私は思わず息を呑んだ。

そのお店は控えめに見ても私のような砂と埃にまみれた人間が入っていい場所ではなかったからだ。

金剛石のようにきらきらと輝くシャンデリアの光が降り注ぐ店内には、大粒の宝石がちりばめられたネックレスに黄金の壷、細かい細工の施された白金の指輪、繊細なタッチで描かれた絵画……目が眩むような芸術品達がこれまた立派な絨毯の上に鎮座している。

「……いらっしゃいませ」

店に並べられたもの達に目を奪われていると低くしっとりとした男性の声が耳を打った。

驚いて振り向くと、カウンターと思しきところに男が一人腰掛けていた。

髪も瞳も着ている服でさえ漆黒の、闇を思わせるすらりとした長身の男。

男性にしてはやや長い前髪から覗く切れ長の瞳に見つめられて、心臓がどくりと脈打った。

肌は白く、顔は整っているが男性的で女性に何かを期待させてしまうような艶がある、そんな男性だった。

彼は優雅な動作で地を滑るように私の元へくると自然の造作で手を取って口付けた。

「貴女様の来訪を歓迎いたします」

―――ほう、と魅入る私に彼は涼やかな笑みを浮かべる。

と、そこで私は我に返った。

いらっしゃいませ?来訪を歓迎いたします?

ちょっと待て!私はこんな高級そうなお店で買い物できるほどの金は持ってないぞ!?

「え、えーと……その、私はですね。ちょっと入ってみただけというか」

これだけ歓迎されておいてお金持ってませんなんて、言えない……。

「入ってみただけ、ですか。では、貴女は当店のお客様ではないと?」

早くも貴女様から貴女へと格下げされましたー。

あーうん、これはまずいかもしれない。

さっさと本当のことを言ってしまおう。

私は覚悟を決めた。

こんな綺麗な人の不況を買うのは避けたいが、致し方ない。人間正直が一番だ!

「ごめんなさい!このお店は素敵なお店だと思うんですが……!思うのですけれど。私、お金を……持って、ないんです……」

財布には幾らか入っているがそんなものでは全然足りないだろう。

顔が燃えるように熱い。この人の前でこんな自己申告するなんて恥ずかしすぎて目を合わせられない。

たたずむ私の耳を打ったのは失笑でも嘲笑でもなく、いっそ清々しいほどの笑い声だった。

「―――は!ははははっ!!くくくっ……ああ、こんなに笑ったのは久しぶりだ。別に、代金はお金じゃなくてもいいのですよ。追われてこの店に入ってきたのも知っております。まさか、こうも正直にお答えいただけるとは思いませんでしたが。逃げるために入ってきたとは言え、貴女様は確かにこの店に入ってきた俺の大切な……お客様です」

短い黒髪をさらりと揺らして優雅に一礼する男に戸惑う私。

男は私の動揺にも構わず、私の首筋をするりと撫でるとそこからネックレスを外した。

近すぎる距離、独特の香の香りにくらりと意識が揺らぐ。

なんという早業だろう。

絶句する私の目線の先には小粒のダイヤをあしらったシンプルなネックレス。

小ぶりながらも質のいい石を使用しているのだが、この部屋の豪奢な宝飾品の中では見劣りしてしまう。

「これがいいですね」

そのネックレスをそっと両手で包み込むようにして仕舞うと男は部屋の隅に視線を移し、一冊の本を私に渡した。

漆黒の硬質な石出てきた本、材質は黒曜石だろうか?

重みを感じない、羽のように軽いそれに首を傾げると、

「―――ありがとうございました。また、貴女様に会える日を心待ちにしております」

背筋が震えるほど艶やかな声で男の囁きが聞こえた。

闇に溶けるような声は耳に心地よく、思わずうっとりと瞳を閉じる。

「え―――?」

次に目を開けたときには、そこには何もなくなっていた。

土ぼこりにまみれ、がらんとした室内。

先刻の夢のように豪奢な部屋はいつの間にか消え去っていた。

慌てて室内を隅から隅まで見渡すも、それらしき痕跡は見られなかった。

ただ、私の腕の中にある黒い本とネックレスのなくなった首もとの寂しさが、先ほどの出来事が夢でなかったことを伝えていた。

「一体、なんだったの……」

何だか益々現実感がなくなってきた。

実はこれ夢なんじゃないだろうか?

そう思うも手元の本から香るあの人の独特な香の香りが私の現実感を引き戻す。

見たことのないほど綺麗な人、洗練された優雅な動作と私をじっと見つめる瞳、そして耳朶を擽る心地よい声―――思い返すだけでも、鼓動か騒がしくなる。

「もう、何やっているんだか」

自分の状況も把握できていないのに美形を目にして浮かれ騒ぐだなんて。

まぁ、"美形"の前に"絶世の"とつけてもおかしくない位綺麗な男の人だったので、少しは仕方ない気はするけれど。

頭を振って店だった場所から元の暗い路地裏へ出る。

するとそこは袋小路だったはずなのに壁はなくなっており、代わりに先ほど私を追ってきた人達とそっくりな数人の男達が転がっていた。

死屍累々と言った中で立っているのは二人のみ。

自然と息がつまり、私の視線はしたから上へと上がる。

「なんだ、今度は女か?この国は死にたがりが多いらしい」

金の瞳で一瞥して嘲笑するのは瞳と同じく金色の髪を持つ男の子……?

高慢な態度と物言いにそぐわず、身長は私よりも低いし顔も整ってはいるがどちらかというと可愛い系だ。

「ですがアルデンシア様、この者はとても戦うもののようには見えませんが」

その傍に控えた青年が青年に進言する。

月の光を受けて輝く白髪に柔らかな蒼色の瞳、物言いも優しいが瞳は決して笑っていない。

話し合う二人を見つめながら佇んでいると不意に二人が動いた。

その手には輝く剣と凶悪そうな漆黒の鎌が―――!

「っ!!」

ぎゃあああああ!あぶなっ!!

声にならない声を上げながら立ち尽くす私を通り過ぎて二人は剣を閃かせる。

「へ……?」

振り向くと、二人は体格のいい男達と「シャア――!」とか「ハッ――!」とか言いながらやりあっていた。

少年が身の丈と変わらぬ黒鎌を凪いだと思えば屈強な男達が吹き飛び、白髪の男が細身の剣を抜いた直後に数人の男達が倒れ伏す。

流麗して鮮烈、華麗にして苛烈な剣舞、二人の動きは素早く、容赦がなくて目で追うのも大変なほどだった。

「ち――!多すぎてラチがあかない。相手にしてられんな」

金髪の少年が言えば白髪の男が答える。

「戦略的撤退をなさるのがよろしいかと」

「……戦略的撤退……?ああ、逃げるってコトね」

「五月蝿いぞ、女!」

私の呟きにも律儀に答えてくれる金髪の少年。

ううん、随分物騒な少年ではあるがちょっと可愛いかもしれない。

私は襲い掛かってくる男達を漫画かゲームのように景気よく吹き飛ばしながら逃げる二人を眺めていたが、むくりとゾンビのように起き上がった筋肉男達がこちらに殺到してくるのを確認し、急いで彼らの後を追った。



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