雪
「セツお兄ちゃん、ねぇ、今日クリスマスなんだって」
5歳くらいの少年は背伸びするようにボロボロなソファで寝ている青年に話しかける。
セツと呼ばれた青年は退屈そうに体に起こしながら目をこする。
「ん~?、もうそんな時期かぁ」
セツはつけっぱなしの腕時計で時間を確認しながら。
「それじゃ、教会行くから皆呼んできてくれるか」
その場で小さく伸びをしながらセツが少年に言うと少年は少し嬉しそうな表情を浮かべて軋む階段を駆け上がっていく。
その家は一軒家としては一般的に豪華だがその環境がいいとは言えなかった。
その家に住むのは6人の少年少女でその全員が10歳未満の幼い子供たちだった。
セツ、そう呼ばれる唯一の保護者的役割の青年もまだ成人を迎えてはいなかった。
彼らは皆親に捨てられた子供たちだった、家は街外れの古い一軒家。
「セツ君?、あらあら、よく来てくれたわね」
教会につくと修道服を来た女性が心よく迎えてくれた、良く知った人物であったがセツは彼女の本名を知らない、もしかしたら忘れてしまったのかもしれない。
「シスター、今日一日、いいかな」
セツが慣れた口調で言うとシスターと呼ばれた女性はもちろんと言った様子で頷く。
子供たちが教会のあちこちで楽しそうに過ごしていることを確認するようにあたりを見渡してからセツは教会の長椅子に寝転がって腕時計を確認する。
それはセツの癖の一つでもあった。ところどころ錆ついて古い銀色の腕時計、防水性はないがセツはいつだってそれをつけていた、それが「セツ」という人間の一部であるようだった。
――――――
「いいかいセツ、この時計には特別な呪いがしてあるから絶対にはずしてはいけないよ」
そこは教会の中、セツと呼ばれた幼い少年は十字架の似合う老父に銀色の腕時計をつけられていた。自分の腕、そこに光る時計を不思議そうに眺めて。
「おまじない?」
「そう、特別なお呪いだよ」
セツは老父の答えを隠すような言葉に大きくうなずいて時計の光る左腕を伸ばして。
「ありがとっ」
散々な人生を歩んできたはずの少年は満面の笑みを浮かべてそう言った。
その夜のことだった。
「おじいさん、あの白いのはなに?」
セツが星の輝く空を指さして言う、その言葉におじいさんと呼ばれた老父は慌ててセツの目を覆った。
「セツ、あれは見てはいけないよ。あれは見るだけでも危ないからね」
「う、うん。わかった」
そう言うと老父の手からすり抜けてセツは窓辺を後にする。
空から降る白、それがなんなんのか老父は知っていたが同時にそれはセツにとってタブーであるとも知っていた。
――――――
その少年を見つけたのは毎日教会を訪れる老父であった。その日はその地域では珍しく雪が降り積もり気温も低かったが少年は薄着で路地に倒れていた、老父が教会まで運び教会で暖をとると少年は特に重傷もなく穏やかであった。 ただ……
「名前、教えてくれるかな」
「なまえ、?」
少年には記憶がなかった。それだけなら捨て子に珍しくはなかった、その少年はあるきっかけで記憶喪失を起こすという極めて稀な体質だった。
それが「雪」
雪につらい記憶があるからそれから逃げるように少年の記憶を消してしまう、それが精神を保つために身につけた少年の体質だろう。ある医者はそう言って治すことができないと言った。
何度も何度も何度も少年が自分を忘れていく。
それを見かねた老父が渡したのが銀の腕時計だった、腕につける時計を見て少年が雪から目をそらしていられるように、とそんな呪いをこめた腕時計。
そして、その呪いが届いたのかそれ以降少年が記憶を失くすことはなく、いつだって楽しそうに笑うようになった。教会を訪れる子供たちと捨てられた家で暮らす毎日を手に入れて少年は幸せだった……
「……はぁ、また寝てたのか」
寝転がったまま居眠りしていたセツが起きるとすっかり外は暗くなっていた、時計を見てからあたりを見渡すと疑問が浮かんだ。
「みんなどこいったんだ?」
こんな時間なのに、とつぶやきながらあたりを見渡すが子供たちをシスターもいない。
教会の隅でつけっぱなしのラジオからクリスマスの話題がザラザラとノイズ混じりに響く。
『クリスマスの聖夜、満天の星空を楽しみにしていた方には残念ですが今日は雲に覆われる天気、ですがみなさん、なんと今年は地方では数年ぶりのホワイトクリスマスとなりました』
セツは教会で聴くラジオが嫌いだった、神聖な場所でノイズのような音声を聴くことが落ち着かず速やかにラジオの電源を切って子供たちを探していると外から聞き覚えのある声が聞こえた。
その声を追うようにセツが扉を開く。
セツが扉を開くとシスターが慌ててセツに駆け寄る。
セツの目の前に広がるのは見たことのない白の世界だった……
そして、セツはその場で立ち止まり声を出すこともせずに、涙を流した。
「せ、セツ君!?」
駆け寄って来たシスターが少し荒れた声をかけるがセツは何を言わず、ただ首を横に振った。
セツと言う少年を知っているシスターは声をかけようとするが言葉が浮かばない様子でセツを見守り、子供たちは不思議そうにその様子を眺める。
そして、セツと呼ばれた少年が口を開く
「心配しないで、少し嫌な思い出を思い出しただけだから」
少年は変わらない調子で穏やかに
「僕は何も忘れてなんかない「セツ」ですから」
その言葉に今度はシスターが涙し、子供たちはまだ不思議そうに眺めていた。
幸せを手に入れたから少年は苦しい過去と向き合えた。
そんな過去も大切なんだと、少年は涙を流しながら思う。
「これが、雪」
真っ白な雪、世界を見て何か思い返すようにセツが呟く。
それでも、真っ白な雪がどれだけ世界を白く染めても、もう少年の記憶は染められない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回はタイトルの「雪」をテーマに書かせていただきました。なんだか「雪」あんまり関係ないんじゃないかな?とか自分でも思っていたり・・・タイトルが「雪」なのに雪をうまく使えておれずがっかりさせてしまったらすみません。これからもがんばります!




